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僕等が求めたモノ  作者: 那泉織
第4章ーそれぞれの戦い
15/29

①記憶

 

(side ?)



 ボクは、どれだけの間この暗闇の中にある牢獄に居るのだろう?

 ここに囚われてから数えていたはずの月日は、いつの間にか分からなくなってしまった。


 ────ボクはいつ、ここから出して貰えるのかな?


 今までに何度も思ったことを今日も心の中で呟く。

 どうせこの命は奪われる。

 ならばさっさとして欲しい。

 長い間、ずっとずっと待たされてこの生活にも飽きてしまった。


「何か楽しいことってないのかなぁ……?」


 ここに居るのは構わないけれど、することも無いし退屈で仕方ない。

 ふと、急に視界の端が明るくなった。


「……?」


 視線を動かすと、そこにはランプを手にして檻の外に立つ青年がいた。

 彼の着けている眼鏡がランプの灯火によって照らされ、反射する。

 その眩しさに一瞬顔をしかめてから、その青年を確認した。


「……聖司?」

「はい。久し振りですね」


 ボクに名を呼ばれた青年──聖司は嬉しそうに微笑する。

 そんな彼の様子はここにボクが来る前と変わらなくて、ボクはそれが可笑しくて笑みを浮かべた。


「────どうしたの? 何か用?」

「……貴方に、頼みごとをしてもいいですか?」


 久しぶりに会った聖司は何処か言いにくそうに、うつむき加減にそう答えた。


「頼み?」

「ええ……。ある堕天使を捕まえて欲しいんです。……殺しても構いません」


 首を傾げて聞き返すと聖司は真剣な声音でその内容をボクに告げる。ボクは疑問に思って再び尋ねた。


「……管理局には四枚羽も色付きもいるよね? ……そんなに強い相手なの?」

「……相手は十六夜癒既です。知っていますよね?」

「……成程ね。多くの天使を殺したあの堕天使か。…………それならボクに頼みに来るのは仕方ないね」


 天界に戦慄をはしらせた同族殺しの大罪人──十六夜癒既。

 今じゃ知らない天使の方が少ないだろう。

 それに…………。


「あいつって“あの”十六夜家最後の生き残りじゃなかったっけ?」

「……やはり、貴方は十六夜家について知っていましたか」

「まあね」


 溜め息を吐く聖司に薄く微笑して答える。割と知られていない天界の事情とか、そういうのはひとより詳しい自信はある。


 ───退屈しのぎには丁度いいかな。


 ずっとこの場所に居るのも飽きたし、久々に外にも出られる。

 そして噂に聞く大罪人と会えるかもしれないことに少しずつ期待で胸が高鳴り、知らず知らずの内に笑みが零れる。


「……いいよ。引き受ける。楽しそう」

「……ありがとうございます」


 ボクの言い方に困ったように微笑む彼に、ボクは確認する。


「何か注意とかある?」

「十六夜癒既の近くにいると思われる二人の天使──望月露華と月夜里雪吹は殺さず捕えて下さい。傷付けるのは構わないそうです。あと、混沌の支配者が牢獄から逃げ出したので気を付けて下さい」

「……ふぅん。混沌の支配者が」


 十六夜癒既が牢獄から逃げたという話は知っていたが、それは知らなかった。

 ボクは少し驚きながら頷く。混沌の支配者に出くわして勝てる自信はあまりない。


「分かった。充分に気を付けるよ。……でもさ、十六夜癒既を捕まえるためとはいえボクを牢獄から出してもいいの?」

「許可は取っています。それに、貴方は死刑囚ではありますが天界を裏切らないでしょう?」


 聖司は檻の鍵を取り出し、扉を開きながら言った。

 その聖司の言葉に、ボクは思わず苦笑する。


「何言ってるの聖司。ボクは天界なんかすぐに裏切れる。……だから罪人としてここに居たんだよ」

「…………」

「……大丈夫。天界はどうでもいいけど、ボクを認めてくれてる君の邪魔はしないから。………これでも君を困らせたことの反省はしてるんだよ?」


 不安そうな表情の聖司に、ボクは言い聞かせた。


「……ボクは君には返しきれない恩がある。だから君の頼みならなんだって引き受けるさ。……あと、ボクの方が年下なんだから丁寧語使わないでよ」

「……ごめん」


 囁くように謝った聖司にボクはまた苦笑して首を横に振った。


 ────彼を裏切らない限り、ボクに自由はきっと訪れないだろう。

 だけど、ボクはそれでもいい。

 ボクの存在を初めて認めてくれた彼がいることがボクにとって今は大切なことだから。


 ────今はただ、それだけがボクの中にあるものだから。




 ***

 

 

(side 癒既)



『…………癒既の家って──どんな家だよ?』


 問われた言葉がずっと脳裏に残っている。


 ────本当に、僕はいったい何者なのだろう?

 記憶を操作され失った一部の過去。

 露華に訊かれてから、何故か「思い出さなければ」と焦っている僕がいる。


 ────本当に、どうして?


『……癒既』


 ────六花(りっか)……?


 何処かで、愛した少女が僕を呼んだ気がした。

 きっとそれは幻。

 彼女はもう、この世に存在しないのだから。


 闇で閉ざされた世界の中で白く輝く一片(ひとひら)の雪が舞い降りる。

 右手を伸ばし、その小さな欠片を受けとめると、それは僕の手のひらの上で温かく光を放った。


『私の役目は、貴方に出会うこと』


 六花の声が、頭に響く。

 ────そう、確かに彼女は言った。


(言ったん……だよね……?)


 何故だろう。今になって気付く。

 彼女と過ごした大切な時間の記憶が、所々抜け落ちているような気がするのだ。


(何故──?)


 その理由が、分からない。

 僕自身に問い掛けても答えは見付からなくて。


(六花……)


 ────僕は、君とどこでどうやって出会ったんだっけ……?


 今は亡き愛しい少女に僕は静かに思い、問い掛けた。





 ***

 

(side 雪吹)



 最近、癒既の様子が変だと思う。


「癒既、おかわりは?」

「あ……ううん。いらない」


 俺が訊くと、遠慮がちに癒既は答えた。

 日常で少し気が弱そうな所は相変わらず(でも結構頑固なところもあることに気付いて、それには驚いたりもした)。

 だけど、明らかにこの数日は食欲がなさそうなのがよく分かる。


 ……実は、俺達の中で露華の次によく食べるのは癒既。

 いつも必ずご飯は一食に三杯食べるのに、ここのところ一杯しか食べていない。 


 ────やっぱりおかしい。


「……ねぇ、癒既。何かあった?」

「え……?」

「だって最近いつもと違うから」


 そう言うと、癒既は困ったように微笑んだ。


「んー? 何か悩みでもあんの?」

「……ちょっと、眠れなくて」


 箸を動かしつつ、露華が間抜けな声で首を傾げる。

 いまいちはっきりとしない感じで癒既は答えた。


「……悪い夢でも見るのか?」


 丁度食事を終えたアストが箸を置き、癒既に視線をやる。


「……悪夢…って訳ではないけれど、夢をね」

「どんな夢か、訊いてもいい?」

「…………六花の夢」


 寂しそうな表情を一瞬だけ癒既が浮かべた気がした。


「…………六花との思い出の記憶が欠けている気がするんだ」

「え……?」

「何となく……だけど、そんな感じがする。……誰かに抜き取られているような……」


 俺がすぐに思い至ったのは天界が何らかの意図で記憶を奪っているのではないかということ。

 きっと癒既もその考えには至っていると思う。

 だけど、いったい何の為に?

 癒既には何かがあるのかな……?


「雪吹……?」

「え……? あ、あぁ……。ごめん」


 考え込んでしまっていたらしく、呼び掛けられてはっとした。


「気にしないで。……とは言いにくいけど、無茶はしないでね?」

「うん……」


 俺の言葉に癒既は小さく頷くと、席を立って先にリビングを後にした。


「…………気になるか?」

「……うん。まあ、ね」


 癒既の姿が見えなくなった後、アストに訊かれ素直に肯定する。


「……癒既の気持ちを想像は出来ても、“分かる”とは言えねぇーからな。オレら」


 露華は先程までの能天気そうな雰囲気を一変させ、真剣に呟いた。


「…………何かあれば支えてやろうぜ」

「言われなくても、それくらい分かってる」


 幾つかの不安を抱きながら、俺は癒既が出ていったリビングの出入口を見詰めていた。

 

 その日の午後。

 リビングでコーヒーを飲んでいた俺は癒既が玄関に向かうのが見えて、声を掛けた。


「出掛けるの?」

「うん。本屋に」

「そっか……。癒既って読書好きだよね」


 何となく玄関までついて行って尋ねると靴を履きながら行き先を答えた癒既に微笑む。

 休みの日は大抵三~四時間くらい彼は部屋に籠もって本を読んでいることが多い。

 その集中力は凄くて、話し掛けても全く気付いてくれなかったりするから少し困ることもある。


「気をつけてね」

「うん。何かあったらちゃんと知らせる」


 癒既は俺に左手を見せた。

 その人差し指には紫色の石が付いた指輪が。それは着けているひとに何かが有った際、離れたひとに異変を知らせる道具。


「………いってらっしゃい」

「行ってきます」


 癒既は微笑むと玄関から外へ出た。

 俺はそれを見送ると、何故か込み上げてきた胸騒ぎに眉を寄せる。


(……保険かけておこう)

「エゾラコ・アエキ」


 小さく呪文を唱えると一筋の風が吹き、玄関のドアの隙間から抜けていく。


 癒既だし、露華より心配はいらないだろうけど……。


 だけど、安心することが出来ない。

 この悪い予感を告げるのは父さん譲りの魔族の血。

 こういうのは滅多なことでは外れなくて、しばらくの間俺は既に閉じられた玄関のドアを見詰めていた。



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