②反抗
* * *
「じゃあ、露華。ちゃんとまっすぐ家に帰るんだよ?」
「…………お前はオレの母親か。オレを子供扱いするなっ!」
「でも、天界も動いているから心配なんだよ……」
放課後。オレは雪吹と癒既に心配されまくっていた。
いつもなら三人一緒に下校するけど今日は雪吹と癒既は委員会活動があるらしい。そこでオレは二人を置いて先に帰ることにしたわけだけど……。
「やっぱり一緒に帰った方がいいんじゃない? その方が───…」
「大丈夫だって。見つかったらちゃんと姿を眩ませて逃げるから」
オレには幻影魔法がある。いざとなったらそれで身を隠して逃げればいい。
「……何かあったら合図送って」
「ん?」
癒既にそう言われて手渡されたのは小さな青い石。力を込めることで離れた相手に信号を送る術がかけられている物だ。
「……ん、分かった。もしもの時は使う」
仕方ない……。本当に何かあった時は困るし。そう思って、オレは素直にそれを受け取った。
「んじゃ、先帰る」
「気を付けてね」
「おー」
オレは雑に返事をして学校を出た。
───全く。本当に心配し過ぎだろ。一応気配消してるのに。…………て。
オレはぴたりと足を止めた。
何故なら目の前に立ち塞がる奴がいたから。
「やっと見付けたぞ。露華!」
「げっ……何でお前がここにっ……!?」
そいつはオレがよく知っている奴だった。
特徴は紅い髪に気の強そうな青い瞳。
顔立ちは整っていて、背には髪と同じで紅い翼───。
真紅色の天使がそこにいた。
「さあ、大人しく私と共に来い!」
有無を言わせない強い口調で、そいつはオレへと手を伸ばしてきた。
***
(side 癒既)
「思ったよりも早く終わって良かったね」
意外にもすぐ終わった委員会活動に呆れる雪吹に僕は苦笑した。
「そうだね。これなら露華に待ってて貰えば良かった……」
「まだあいつに追いつけるかも……」
「でも露華、さっさと帰ってそう…………ん?」
僕はふと足を止めた。
「癒既……?」
「……露華と…誰か別の天使の気配がする」
「え!?」
僕は驚く雪吹の隣で集中する。
「……こっち」
気配のする方に少し駆け足で雪吹と向かう。そして辿り着いた場所では、露華が真紅の天使と対峙していた。
「露華!」
「む……」
「雪吹、癒既!」
真紅の天使と露華の視線がこちらを同時に向く。露華は僕らを見た瞬間焦りを露わにした。
「ふむ……。丁度良い。露華、その二人を捕らえろ。そうすれば今なら父上もお許しに……」
「アホかっ! んなことする訳ねーだろ!! いい加減に諦めろよ姉貴っ!」
「あっ……姉っっ!?」
「えっ!?」
僕と雪吹は露華の言葉を受けて、紅い天使を見た。
………うん。やっぱり───。
「……男の人に見える」
「うん」
「驚くところはそこかよ!?」
そう口に出した感想を聞いて、露華は突っ込みを入れた。
「だって……」
髪の毛は短いし、顔は綺麗だけど凛々しいし、口調も一般女性とは違うし……。
「……というか、露華ってお姉さんいたんだ?」
「え? 雪吹も知らなかったの?」
僕は正直驚いた。雪吹は頷く。
「家族の話についてはあまり喋ったことなかったから」
「ふむ……。ならば自己紹介でもしようか?」
紅い天使は少し考えるような素振りをしてから不敵に笑った。
「私の名は紅梨。望月紅梨だ! 由緒正しい騎士の家系である望月家の長女であり、望月露華の姉!」
「…………騎士の家系──の、望月家ってあの!?」
僕は驚いて露華を見た。
望月家と言えば天界ではかなり有名な一族だ。代々神を傍で守るエリート騎士を何人も輩出している名家。
露華はうんざりしたように溜息を吐くと、彼の姉──紅梨さんの方を向いた。
「姉貴、オレは絶対に戻らない。オレは神に飼い殺されるのだけは嫌だ」
「な……露華! 貴様、我らは主の為にあるのだぞ!? 分かって───」
「だから、その考えが嫌いなんだよっ!!」
露華はキッときつく彼女を睨んだ。
「神に仕えるのが天使の運命であり使命? 知ったことか! あいつなんかオレ達の事は道具としか思ってねえじゃないか! オレ達は道具じゃないんだ!!
ただ使われる為だけに生きているわけじゃねえんだよ!」
「な……。露華……貴様……」
紅梨さんの表情が怒りに歪む。彼女にとって神とは大多数の天使と同じく絶対の存在であるという認識が強いのだろう。
「……どうやら少し身をもって分からせてやらねばならぬようだな」
そう呟いた彼女の右手に髪や羽と同じ真紅の剣が出現する。
「姉貴も、親父も……兄貴達も馬鹿じゃねえの? てめえらは頭がおかしいんだよっ!」
露華は怒り叫んでから蒼色の剣を現した。
「露華!」
「っ……雪吹っ! 待って!」
二人を止めようと一歩前へ出た雪吹の左手首を掴み、僕は彼を引き寄せた。
そうしたのにはちゃんと理由がある。
何故なら────。
雪吹が進もうとした場所に、炎の塊が降り注いだ。
「!?」
慌てて僕の隣に移動した雪吹を確かめてから、僕は空を見た。
「…………鑑」
そこにいたのは鑑。そして宝剣さんと光珠さん。
「癒既……。緊急捕縛対象も見つからないし……。まずは君達を捕まえることにするよ」
鑑はそう言って宝剣と光珠に何か指示する。
「──もう、戦うしかなさそう……」
雪吹は戦闘態勢に入っている彼らを見て涙目になっていた。多分あんまり戦いたくないんだと思う。
僕も逃げるのは無理だと諦めて、背中に純白の翼を出した。
「…………でも、今回はちょっと、こっちから仕掛けさせて貰うよ」
僕はらしくなく不敵に笑ってみせると指を鳴らす。
すると僕達のいる場所を包むように景色に灰色がかかった。
「癒既。……何したの?」
「この間はあっちが結界張ったからね。だから今日は僕が張らせて貰っただけ。──おまけ付きでね」
「おまけ?」
「今に分かるよ」
そう雪吹に言って、僕は鑑を見た。
鑑の瞳に迷いはない。なら、僕も迷わない。
「この間みたいには──いかない」
僕は地面を蹴って、飛び立った。
***
(side 露華)
雪吹と癒既が鑑達と戦い始めたようだった。
オレはそっちをすぐ手助け出来ないことを申し訳なく思いながらも目の前の姉貴をまずどうにかすることにした。
蒼い刃の剣──名前は『蒼雅』
しっかりと握り締め、構える。
「剣でお前が私に勝てると思っているのか?」
「…………」
姉貴に尋ねられるが、はっきり言って勝てるとは思えない。
オレは姉貴との手合わせで一度も勝ったことがないから。
────と、いうかオレが一番得意にしてる武器は剣じゃなくて弓なんだよなぁ。
でも弓で剣を使う姉貴と対峙するわけにもいかないし。
「勝てる自信はねーけど無理に弓で戦って、間合いを詰められて弓を叩き折られるよりマシ」
「くくくっ……。よほどあの弓が大事なのだな」
「当然だ。あれは師匠から貰った弓だ! 大事にしないわけねーじゃんか!」
オレは叫んで姉貴に飛びかかった。
姉貴は簡単にオレの蒼雅を剣で受け止めて、忌々しく女子らしくない舌打ちをした。
「お前の師から──な。腹立たしい。お前が変な考えを持つようになったのは、あの男がお前に武芸を教えるようになってからだ!」
反動をつけて押し返され、オレは再び姉貴と距離をとる。
「何故だ露華! 何故……」
必死な姉貴の顔。その表情は辛く、悲しそうに歪んでいて──普通の奴なら躊躇い迷ったりするんだろうけど、オレの心は揺らがない。
「姉貴や親父達が何を言おうが、オレは天界には戻らねぇ。──もう、決めたんだ」
オレは静かに呪文を紡ぎ出す。
「オヨギ・オヤマネ・ラワ・エルメン……」
水色の霧が発生し、姉貴の身体を包んだ。
「っ……これ、は───」
姉貴の身体がぐらりと揺れる。
「悪い。マトモにやり合っても、オレじゃ姉貴に勝てないから───」
「っく……」
姉貴は悔しそうな顔をした後、前のめりに倒れた。
オレはその身体を受け止めて、姉貴を地に横たわらせる。
姉貴に掛けたのは催眠魔法。幻影魔法の基礎にもなる魔法だ。
オレは誰かを──姉貴を無闇に傷付けたいわけじゃないから、これで今は十分だと思う。
「さてと……」
オレは姉貴から空にいる五人に視線を移した。
「加勢しに行きますか……」
呟いて、オレは背に翼を広げた。