⑥肯定
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「アストが俺の父さんの友人だったって聞いてから、俺はそれまで以上にアストと過ごすことが多くなった。……気を許すようになったんだ」
俺は苦笑して過去の話を締め括った。
「じゃあ、アストと雪吹はやっぱり仲が良いんだね」
「…………まあ、そう……なのかな?」
癒既が笑顔で言って、俺は少し気恥ずかしかった。でも…………。
「────でも、俺はアストを助けられなかった」
俺はアストが捕まるのをただ見ているしか出来なかったのだ。
表情を一変させて呟くと、アストは顔をしかめた。
「雪吹…………」
「俺はアストに精神的に色々と助けられたのに──何も出来なかった」
「────気にするな。お前は何も悪くない。それに俺は死んでいない。生きているのだから良いじゃないか」
アストはそう言ってくれたけど、俺は頷くことが出来ない。
「でも、さっきも怪我してたし……。あれ、俺を追って天界から逃げてきたからでしょ?」
「その怪我はお前が治してくれただろう? 助かったよ」
「……」
「…………はあ」
それでも、と考え込む俺に呆れたようにアストは溜息を吐く。
「おい、癒既。何とか言ってくれないか?」
「何とかって……。僕、雪吹と出会ってそんなに長くないから────」
癒既は困ったように微笑んだ後、リビングの入り口の方を見た。
「……話、聞いてたよね? ……そろそろこっちに来たら?」
「え……?」
まさか、と思う。
そして、やはりゆっくりと扉を開けて入ってきたのは露華だった。
露華は険しい顔をしていて、それには少し悲しそうな表情が混じっているような気がした。
「露華……」
「……気配、消してたつもりなんだけど──癒既、よく分かったな」
露華は険しい顔を崩し、力無く苦笑した。
「……いつから、聞いてたの?」
「お前が癒既に混血だって言った辺り……かな?」
震える声で尋ねると露華は俺たちの方へ歩み寄りながら言った。
「癒既の大声で目が覚めた」
「…………」
「えと……なんか、ごめん」
無言で癒既に視線をやると、癒既は申し訳なさそうに俺から視線を逸らす。
「おい、雪吹。あんまり癒既を責めるなよ? 盗み聞きした俺が悪いんだし。謝るつもりはねーけど」
「……で、露華。盗み聞きしたご感想をどうぞ」
色々と思うところはあるけれど、俺は取り敢えずそれが気になった。
露華はそれまでの表情を変えてにっこりと満面の笑みを浮かべ、俺の問いに対し右拳を自分の胸の前に。
──────拳?
露華の動きに、何となく嫌な予感がする。
「…………うん。取り敢えず一発殴らせろ」
「やっぱり!?」
「ったりめーだろ。何故オレよりも先に癒既に言った!? オレ、軽くショックだっての!」
「え? そこ?」
俺はてっきり「今までよくもオレを騙してやがったなー?」とか言うんだと思ってたから拍子抜けする。
「だって、それ以外に何があるんだよ?」
「だって……俺は魔族との混血だよ?」
「どアホ。んなの関係ねーよ。お前はお前、それでいーじゃん。バカみてーに考えるなよ」
露華は苛立ちを見せながら溜息を吐いた。
「お前、いつもくよくよぐらぐらオロオロし過ぎ。牢獄から逃げる時だって後ろ向き思考爆発させてたし。てめー、いい加減にしろよ?」
「……天界から逃亡するの、露華が無理やり誘ったんじゃん」
「最終的に決めたのは雪吹だろ?」
「うっ…………」
確かに結局は俺の意志で今、現在ここに居るわけだけど。
「お前の心はもう決まってるんだろ!? 不安になるなとかは言わねえよ。……ただな、愚痴ぶちまけたっていいから自分の決めた道は進んでけ! 自分の生き方を貫き通せ! 馬鹿!」
「………………露華にだけは馬鹿って言われたくないよ」
俺はそう口から漏らして、苦笑した。
露華はにやり、と不敵に笑ってから俺の背中を思い切って叩く。
バチンっ! といい音が鳴って、結構な痛みに耐えながら、俺はアストの方を見た。
「……お前は、面白い仲間を持ったな」
何処か安心したように、彼は呟いた。
「初めて会った時の瞳の陰は、今のお前には全くない」
「…………そう、かな?」
そう返したものの、多分それはその通りだと自分でも思う。
アストが天界に捕らわれた時、俺は唯一だった心の拠り所を失った。
自分で歩けなくなって、アストと出会う以前よりも俺は絶望していた。
そんな時に露華と出会い、彼は乱暴だけど心配してくれて──俺は再び希望を見出して生きるようになっていった。
露華の言葉が、いつも俺を助けてくれた。
露華が居たから俺達は今、ここに居るんだと思う。
天界に縛られていた自分を変えていける気がした。
「…………そう、かもね」
俺はようやく混血である自分を認められそうで、微笑んでアストの言葉を肯定した。