村娘 in 魔王城
はじめまして、暮々多小鳥「くぼたことり」と申します。初投稿ゆえに拙い部分もあるかと思いますが、少しでも楽しんでいただけたらと思います。
拝啓、お父さんとお母さん。
私は今、魔王城にいます……
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それは遡ること数十分前。
王都からすこぶる遠いど田舎の村で畑を耕している一家の娘である私は、年頃の女の子であるにもかかわらず土まみれになりながら畑の世話をしていました。貧乏だから仕方ありません。
町のかわいらしい女の子やお姫様に憧れたことがないとは言いません。できることなら苦労せずちやほやされながら過ごしたい。でも私は長女ですから、粛々と家業を継いで逞しく働くのです。
大事にちやほやされながら、私とは大違いのツルスベお肌に育ったおナスの収穫を終え、家に置いてこようとした、その時。
一瞬の立ちくらみの後、見知らぬ場所に立っていました。
ど貧乏な庶民の私でも分かるほど手のかかった壮麗で豪華なお部屋です。きっとあの小さな壺一つでも我が家では一生をかけても買えません。
「やった!成功だ!」
あまりのことに固まっていると横から声がしたので恐る恐るそちらを見ますと、まあ端的に言えば、見たこともないほど綺麗なお姉さんが大振りにガッツポーズしていました。
うーん、何でしょうこの、ちゃんとした姿が見たかった感……
それっぽい服を着て、それっぽいポーズでもしていれば女神の如き神々しささえあったでしょうに……
あ、私は女神信仰者ではないですよ。祈ってる暇があったら畑を耕します。
ぐりん、とこちらを振り返ったお姉さんはお目目をカッ開いて鼻息荒く近づいてきます。
うち自慢のツルスベおナスのような深みのある紫の瞳にうちの錆びた銅のバケツとは比べるのも烏滸がましいほど輝く金色の髪、私のこんがり土まみれ肌とは最早同じ肌だと思えないような真っ白でツルスベなお肌。私とは違いすぎて憧れも嫉妬も抱けません。
「よく来てくれたわね!あなたに頼みたいことは山ほどあるのだけれど、とりあえずクソ上司ぶん殴ってきてもらっていいかしら!?」
えー、そうですね、とりあえず一言。
「ただの善良な村娘にはあなたの上司を殴ることなんてできません。」
「あら?……本当、よく見たらあなた女の子だし戦闘力もカスね。おかしいわね、人間の勇者を召喚したはずなのに……」
そう言うとお姉さんはぶつぶつと何事かを呟きながら私の足元に描かれた模様を舐め回すように見つめています。
どうしましょう。私を呼んだらしきお姉さんに完全に無視されている状態になってしまい、挙げ句の果てには帰り方が分からないものですからただぼーっと突っ立っているしかありません。
私の手元にあるのは我が家自慢のおナスだけ。いくら自慢といえどもこの状況では何の役にも立ちません。ああ、おナス。お前に知恵の一つや二つあればこの状況を打破する方法も思いついただろうに。哀れな村娘には小さな頭と近所のおじさんが気まぐれに教えてくれた必要最低限な知恵しかございません。
それよりも、早くこのおナス達を冷暗所に連れていかないと。我が家の貴重な収入源ですからどんな状況においてもおナスが最優先されます。あ、あのベッドの下ならいい感じでしょうか。室温自体は良い具合の適温ですからね。
「……え、あなた、ちょっと待って!」
何か薄い膜を破ったような感触がしました。
振り返ってみても何もありません。お姉さんのあちゃー、と言わんばかりの顔が目に入るだけです。
「何かいけないことをしましたでしょうか」
「そうね。いえ、何も説明しなかった私が悪いわねこれは。えーっとね……」
そう言ってお姉さんは現状と諸々の情報をだばーっと話してくれました。とても理路整然としていてわかりやすい説明だったのですが、いかんせん情報が多かったのでまとめると。
1. ここは魔王城。私の国からはとんでもなく遠いところにあり、私が徒歩で帰るのは実質不可能。
2. お姉さんは大量の魔力なるエネルギーと他様々な物資を消費して私の足元にある魔法陣を用意し私を召喚した。
3. 召喚の一番の目的は上司に対して待遇改善の抗議をするため。そのために上司の方にも劣らぬ戦闘力を持つと言われている人間の勇者なる人物を呼び出そうとしたが、何の手違いか私が召喚されてしまった。
4. 私が魔法陣の中にいるうちは契約確認のための保留状態として魔力は消費されておらず、私が出たことによって契約成立として魔力が消費されてしまった。
5. 帰るにはまた似たような魔法陣を用意しなければならないが、なんせ今回の魔法陣のために大量の魔力と物資を消費してしまったため、すぐに魔法陣を用意することができない。
「……ということなの。ここまではわかった?」
「ええ、大丈夫です」
つまり私は帰れなくてピンチ!というわけですね。
「なんか私も冷静になってきたわ。巻き込んでしまって本当にごめんなさい。もし勇者を呼べていたとしても、急に呼び出すなんて迷惑よね」
「はあ。もし本当に勇者さんを呼べていたらどうするおつもりだったのですか?」
そっとおナス達が入ったカゴを布でくるんでベッドの下へと置きます。数日中に帰れないようだったらダメになる前に私が食べましょう。
「まず魔法陣の中にいる状態で協力してくれるよう説得しようと思っていたの。それで了承が得られたら上司に殴り込みに行って。上司はあまり戦いたがらない平和主義者だから、こちらが戦う意志を示せば待遇改善くらいはしてくれると思ったのよ。相手は勇者だからまともに戦えば互いに相当な消耗は避けられないだろうし。その抗議での要求として一緒に勇者への報酬と勇者返還分の魔力や素材も頂戴しようと思ってたの」
なるほど。勢いで進めていたとはいえ、かなりちゃんとした計画だったみたいです。まあ全てが抗議の成功を前提としている点を除けばですが。
「それで、私はどうすれば帰れるんですかね。その魔力やら物資やらの準備にはどれほど時間がかかるのですか?」
「自分で用意しようと思ったら半年以上はかかるでしょうね……こうなったら、私のクビ前提で全部上司に話してどうにかしてもらうしか……」
おお、想像していた以上の期間ですね。さすがにそれは私も困ります。畑の世話をしなければ、我が家は生活していけませんからね。
ほぼ全てお姉さんの自業自得なので、お姉さんがクビになることで私が帰れるのならすぐに帰してほしいです。このおナス達も売れるなら売りたいですし。美味しさはピカイチですが、自分で食べるより売れた方が嬉しいのです。貧乏ですから。
「ところでどうしても気になったから聞きたいのだけれど、それは何?」
「おナスのことですか?」
このあたりではあまり食べられていないのですかね、おナス。こんなに美味しいお野菜を知らないなんて、と個人的には思ってしまいますが、お口に合うとも限りませんしね。まあ、でも。
「食べてみますか?うちの自慢のおナス」
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やっぱり、おナスの味を知らないなんて人生のほとんどを損してると思うのです。なので今回はトクベツに、うちのおナスを振る舞ってさしあげることにしました。
ところ変わって、魔王城の厨房だという場所にやってきました。おナスは生だとアク抜きが必要なので、だったら焼いた方がいいかなと。
「すっごくいい匂いね……」
本当はこれにショウユなんかを垂らしたかったのですが、置いてある調味料が全部知らない名前だったので致し方ありません。
「どうぞ、お召し上がりください」
「あ、ありがとう。いただくわね」
ところどころ黒い焦げ目のついたおナスは、持ち上げられてしなりと身をくねらせるとおとなしくお姉さんの口へと運ばれます。
とろりとした食感。焦げの苦味と香ばしさ、そして深いおナスの風味。それらに対する感動が、お姉さんの表情から感じ取れます。
「な、何これ……何なのこれは。野菜なの?こんなに美味しいもの、食べたことがないわ……」
「お気に召したようで何よりです」
おナスも美味しく食べてもらって喜んでいることでしょう。大事な収入源ではありますが、おナスの美味しさを伝えるためならば数個程度タダであげるのもやぶさかではありません。
お姉さんは幸せそうな顔でおナスを堪能していたかと思えば、急に顎に手を当ててぶつぶつと何かを言い始めました。
「もしかしたら、これは……これは使えるかもしれないわ。うん、魔王様もきっと……こんなに美味しいんだもの……」
ぱくりと最後のおナスを食べ終えると、お姉さんは私を振り返って叫びました。
「このおナスならできるわ、上司への抗議が!おナス・ストライキが!」
「おナス・ストライキはとりあえず置いておきまして、おナスでどうやって抗議をするですか?」
「ふふふ、上司をおナスで脅すのよ。これが食べたかったら待遇を改善して貴女の報酬と帰還魔法陣を用意しなさいとね!」
「はあ……」
まあ、帰れる可能性が少しでもあるのなら協力しますけれども。いくらうちのおナスがこれほどまでに美味しいといえども、さすがにそれは……
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「な、なんだその匂いは!未知の食材は!」
「食べたいのでしたらこちらの要求をのむことですわ、魔王様!」
以外といけそうですね。
こちらは豪華なひろーい広間です。先程のお姉さんのお部屋よりも豪華です。その中央にある大きな椅子に座っていらっしゃるのが魔王様でしょう。額の目っぽい装飾や黒いツノっぽい髪飾りは「おしゃれ」というやつでしょうか。ど田舎貧乏農家の娘にはおしゃれの何たるかがわかりません。それより、「王」というからにはすごく偉い方なのでは?そんな方にうちのおナスで脅すなんてことをしても良いのでしょうか。不敬罪で捕えられたりしませんかね?
「い、いや、いくら匂いが良いからといって美味とは限らんだろう。そもそもなんだその理不尽な要求は。待遇を改善してもらいたかったのであれば正直に申せばよかったであろう」
「それはまあ冷静さを欠いていましたわ。とにかく、この「おナス」の美味しさは私が保証しましょう。とろとろーの香ばしーいですわ」
「とろとろーの、香ばしーい……!?」
お姉さんが焼きおナスを持って魔王様にずいと差し出します。よだれを拭ってぐぬぬと唸っていた魔王様でしたが、結局根負けして「食べて美味しかったらこちらの要求をのむ」と約束してくださいました。おナスは我が家の救世主になれるのでしょうか。
魔王様が慎重に焼きおナスを口へと運びます。
「こ、これは――!?」
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今日もおナスはツルスベ、他のお野菜達もすくすく元気に育っています。
私は無事家に帰り、せっせと畑で働いています。魔王様はおナスに大変感動してくださり、快く帰還用の魔法陣を用意してくださった挙句、報酬としてキラッキラのバケツと装飾細やかなカゴも渡してくださいました。とても頑丈そうではあるのですが、貧乏性なので使うのが勿体なくて家の棚に飾ってあります。家宝にしましょう。
「あら?」
なんだか馴染みのある感覚がしました。ふと顔を上げれば、あたりは見覚えのある豪華なお部屋。
「えー、何かご用ですか?」
「あぁ、よかった成功して!また呼び出しちゃってごめんなさいね。魔王様と話して、貴女のおナスを魔王城で定期購入させてもらいたいってなったの。あ、輸送に関しては物資輸送用の簡易魔法陣を設置する予定だから安心して。もし貴女が少しでも取引に前向きそうなら、とりあえずここで話を詰めていきたいのだけれど‥‥‥あっ、魔法陣からは出ないで!」
拝啓、お父さんとお母さん。
あなたがたの娘は今、魔王城にいます。我が家のおナスは魔王城の方々にも大人気のようですよ。
ところで、今日もおナスを持ったままなのですが、今度こそ早く帰れますかね。
完
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