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ふるさと

作者: 因幡

「ふるさと」


「それじゃあ、配信はここまでで!また、おでってくてなんしっしぇ~」


僕が隣で座っていた、ヒロインの遠野りんごちゃん役の愛良ちゃんと共に軽く手を振ると、配信が終了する。

内心、最後の挨拶を噛んでいないかと、はらはらした。


コメント欄は「よっしーもあいらも方言可愛すぎ」「ときめく」「よっしーの方言聴けるとか関係各位に感謝」「お疲れさまでした!」

とおそらく女性だろう、配信を見ていた視聴者のコメントがチャット欄に上がっていった。そしてYTubeの方の画面が真っ暗になった。


いま配信していたのは「けっぱれ!いちご煮学園」

という東北を舞台にした学園ラブコメの生配信番組だった。

2022年の1月から始まったアニメで、第2期の第1話が配信されるのと同じ日の夜8時に、キャストへのインタビューや方言クイズコーナー、方言をしゃべってみようというコーナーが盛り込まれた1時間番組が生配信されたのだった。



「吉村さん、すっかり人気者ですね。吉村さんが方言しゃべったら、コメント欄大盛り上がりでしたよ!」


立ち上がった愛良ちゃんはそう言って眩しいほどの笑顔を見せた。


女性声優さんと言うのは美女が多い。みんなキャラクターソングを歌った関係でライブをしたり、舞台に立ったり、タレント業をしたりするから、ビジュアルには気を使っているのだろう。

かくいう僕も、デビューしたての5年前から比べたら、ダイエットやスキンケアに気を使ってだいぶあか抜けた。


愛良ちゃんはセーラー服を着て、おしりが見えそうなほど短いスカートをはいているから、僕は視線のやりどころにずっと困っている。


僕は学生服の第一ボタンを外して、苦しくなっていた呼吸を楽にする。


「いやいや、愛良ちゃんだって、方言可愛かったよ」

「やだー、ありがとうございます。吉村さん、お世辞が上手になりましたね」

「そうかな?ははは」

僕はこういう言葉がすんなりと出ていることに驚く。5年前は女性声優さんとは目を合わせられなかったのに。やはり、年月は人を変えるんだ、と僕は感じる。


確かに、僕が方言を喋ると、コメント欄は大盛り上がりで

運営各位に感謝の嵐、方言の破壊力やばい、などとのコメントが乱立した。


僕はこの「けっぱれ!いちご煮学園」で「方言声優」

としての地位を上昇させた。

作品全体の懐かしい雰囲気、主人公の女性と目を合わせられないほどの純情さ、僕のソフトで高い声質が相まって、方言萌え(萌えって死語か?)が巻き起こり、女性ファンが急増加した。


ファンレターは事務所に抱えきれないほど送られてきたし、イベントでは僕のコールに合わせてみんなが一斉に「けっぱれ!」と叫ぶ。そして愛良ちゃんとともに岩手の観光大使にも選ばれた。


僕の内心の気持ちとは裏腹に、世間だけが僕を騒ぎ立てる。


僕は脱いだ学生服をマネージャーに渡す。スタッフが後片付けをしているすきに愛良ちゃんが耳打ちしてきた。


「ねえ、今夜飲みません?ふたりきりで。いい店知ってますよ」

「…ごめん、明日はゆっくりしたいから。また今度ね」


残念そうに口をアヒルにした愛良ちゃんを横目に僕は帰り支度を始める。


僕はマフラーをより合わせ、白い息を吐いて、駅で電車が来るのをじっと待っている。


東京の夜と言うのは、どうしてこうもヒンヤリとしているのだろう。

それは気温だけではなくて、みんなが電車でスマホを開いていて、目も合わせないからか。それとも、ビルが多いからか。人が多いからか。


僕は東京生まれで、田舎というものを知らない。帰りたい故郷というのは、作品の中にしか存在しない。


神社でかくれんぼをして遊ぶ。

初恋のあの子のことを幼馴染にからかわれる。

電車の中で、おばあちゃんがみかんを分けてくれる。



それは僕が体験したことのない思い出ばかりだ。


僕は主人公を演じる度に、どこかで嘘をついていて、僕はこの世界にひとりぼっちのような気分になっていた。

愛良ちゃんは東北の出身で、方言も普通にしゃべっていたそうだ。だから、スタッフさんとも方言トークで盛り上がって和気あいあいとしている。他の出演者もみんな地方の田舎出身だ。彼らと比べると僕が喋る方言は、どこかで嘘くさいと思ってしまう。


僕が方言を喋る度に、僕には帰る場所がないと思い知らされるようだった。

自分の評価とは裏腹に、世間からは注目される日々に、逃げ場はない。


僕はSNSを開いて、配信のエゴサを始めた。

好評なコメントが並ぶ中、そのなかの2割に、「似非方言」「女受け狙ってる」というコメントが並ぶ。

どちらも嬉しくないのに、なぜかエゴサはやめられない。


「わーってるよ」


僕は呟き、ますます冷えてきた空気に凍えながら、コートの裾を下に降ろす。

そのとき、ポケットから僕のアパートの鍵が落ちた。

隣で立っていたおばあちゃんがカギを拾ってくれる。チェックのトレーナーに水玉のダウンといういかにもな服装で僕は笑った。


「ほろったべ、あんちゃん」

「あ、おちょす。ありがとな」


拾ったおばあちゃんの口から岩手弁が聞こえてきて、僕は思わず方言で返してしまう。

言ってからしばらくして、「やべぇ」と顔が真っ赤になる。


「あれ、あんちゃん。テレビで見る人に似てるね」

「え、そうですか?」

「あんたの声聞いたことあるよ。えーと、よっしーとか孫が言ってたわ」


おばあちゃんはしわくちゃの顔をさらにしわくちゃにさせて笑う。

僕はなんだかアニメの中の主人公の祖母を思い出して笑った。


「一応、声優やってます」

「だんべ?アニメ見たことあるよ。方言のやつ」


「孫が見てるから見てるけどさ、あんた、方言下手だね~」


そうバッサリ斬られ、僕はがっくりきたのではなく、すがすがしさを感じた。

そう、僕方言下手なんです。持ち上げられてるだけなんです。

全然うまくないね、って言ってくれたほうがすっきりします。


嫌味なくそう言ったおばあちゃんは、僕に風呂敷に入ったみかんを渡してくれる。


「これ、け。甘いよ」

「あ…はい」


「孫にやるからサイン書いてよ」

僕がおばあちゃんの取り出したボロボロのノートにサインを書いてあげると、おばあちゃんは欠けた歯を見せてにこにこと笑った。


「ありがとがんす」

「はい」


「けっぱれよ、あんちゃん」


そう言うと、おばあちゃんは、乗る電車間違えたわ!といって歩いていった。

僕はなぜか、おばあちゃんの姿に、行ったこともない故郷を感じた。

どこか懐かしくて、あたたかい感覚。


電車を待ちながら、僕はミカンを剥いて、それをほおばった。

いつか、あのおばあちゃんが僕の方言を聞いて、「あんたの方言懐かしくなったよ」と言ってくれるように。


けっぱれよ、僕。


僕は口がすぼまるようなミカンの甘酸っぱさを感じながら、エゴサのことも忘れていた。そして、ますます冷える東京の真暗な夜空を見上げた。


岩手の空と同じように、これから雪が降りそうだ。


END

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