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病院の適当な選び方

 救急車に運ばれる立場でいるのに、希望をどうこう言ってはいけない。

 あの世に行きたくないなら、黙って安心安全な入院生活を送れる病院に搬送してもらうべきだ。

 途中、危ないと評判の施設が候補に挙がったら「まだ死にたくなーい」と、力なく訴えてみよう。

 人間としての感情が少しでも残っている隊員ならば、別の所に運んでくれると思う。

 ただし、急患に馴れっこなのが救急隊員である。

 瀕死の患者が唱えるうわ言を、真に受けてくれるとは限らない。


 このような危機的状況を予防する為には、ドナーカードと一緒に「あの医者にだけは行ってくれるな、もしそれで間に合わなかった時は、脳死状態になっても意義は一切申し立てません」こんな内容の念書を入れておけばいい。

 隊員が「本人がそうしてと言うなら、せめて臓器だけでも」希望どうり手遅れになるまで、受け入れ病院を見つけないまま暇潰しに、救急車で街を流してくれるかもしれない。


 間違って逝っちゃったりしたら、世間様から総好かんを喰らっても尚、己のヤブ度合いに気付けないオタンコナスを、呪って祟って憑りついて、恨んで化け出てから、やりたい放題かましてやればいい。

 きっと、この世に未練なく成仏できる。


 運良く生き延び、持病と末長く御付き合いする余生となってくると、話は少々違って来る。

 ひょっとしたら、一生御世話になるかもしれない病院となれば、限りなく理想に近い所に通院したいと願うのは、本能に順ずる人間の自然な感情であろう。

 原因不明の疾患で困っているなら尚の事、名医の誉れ高き御医者様に、御脈や御検査を御願いして、間違いの無い診断を出してもらうのが精神衛生上好ましい。

 ただし、この場合の名医は、噂だけを頼りに探したりすると逆効果になる場合が多く、厳重なる注意を要する。


 何を隠そう隠しきれないから、包み隠さず正直に申告すれば、自分の眩暈発作が原因不明で苦労した時期があった。

 横になっても地球が回り、縦になると自分が揺れる。

 症状は悪化するばかりで難聴が酷くなり、揚句の果ては平行機能障害まで引き起こし、家中を芋虫と一緒に這いずり回るまでに陥った。

 この症状を診断できる医師を探したが、噂にも聞かなければ、ネットの怪しげな情報でも検索できなかった。


 耳鼻科に始まり脳神経外科から精神科、更には内科を経て神経内科、そして整形外科へ、苦し紛れに歯科から整骨院と、思い当たる科には総て診てもらった。

 多くの病院に行って、悔しい思いも数えきれない程して来た筈なのに、はっきり記憶しているのは数件だけとなっている自分の頭を勘ぐってみるに、若干記憶脳にも問題があるような気がしないでもない。


 対処療法しか手立てがないまま数年過ぎた辺りから、世間の事情が少しばかり変わったのか、隣の県のそのまた山奥まで行った整形外科で、外傷性脳損傷の可能性を疑われ、泌尿器科と神経耳鼻科で検査を受けさせられた。

 色々受診して来たが、泌尿器科までは気付かなかった。

 盲点だ。


 耳鼻科では、これ以上ないってほど苦い筈の液体を、舌の奥に塗られたのに何も感じない。

 味覚障害が発見された。

 泌尿器科では、見るからに恐ろしげな細長い針を、時々厭らしい仕事をする器官のすぐ側に突き刺して、括約筋運動の検査をしてくれた。

 脳から出ている異常なシグナルが、筋肉のふざけた動きを引き起こしているらしい。

 おまけに、前立腺癌まで見つかった。


 薄々危惧していなかったではないが、これらの理不尽な結果からして、脳にも障害があるのではなかろうかと推測された事から、高次脳機能障害の検査もやってみた。

 なんと、遂行機能障害と注意障害と記憶障害がある上に、知能指数は驚けるレベルで低迷し、上昇する気配はないとの結果が出てきた。


 踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂、不幸は忘れる間も無くやってくる。

 そして整形外科医が、外傷性脳障害の確定診断を下し、紹介先の整形外科医が、びまん性軸索損傷として脳神経外科へ回して、ようやくリハビリ科の治療を受けられた。

 たらい回し的で不愉快な順繰りだが、この御かげとすべきだろう、杖をついての歩行が可能となり、不自由があっても気のせいだと自分を誤魔化せば、人並み以下どん底以上の生活が可能になった。

 この時点で、受傷から十二年が経っている。


 しかしながら、複数の医師が脳機能障害を指摘しても、理解力に乏しい一部の医師は「画像所見がないので、脳障害の診断基準に当てはまらない」と相も変わらず、当然のように言い退けてくれる。

 総てが教科書どうりに進まなくては気が済まない族に、この症状を引き起こしている原因が交通事故だと納得できるまで説明するのは、神の力を以てしても不可能だろう。

 異次元的な性格は別の所に置いたにしても、前世紀の医学知識だけで診断を確定してしまう医師がまだゝ大勢いるのだ。

 つまりは、自分の症状と意見の合う医師のいる病院でなければ、見掛けが立派で評判が良く、名医が在籍して検査機器が最先端でも、診察で嫌な思いをするのが病院の現状となっている。


 診断が間違い勘違いでなければ、定期検査と処方箋を書いてもらうだけの通院となる。

 信頼できる医師である必要は全くない。

 こうなってくると、どこへ行っても一緒なのが病院というやつで、あれこれ選ぶ条件をひねくり出すならば、ほぼ一日仕事となる待ち時間の過ごし易さや、職員の接客態度に、付属施設と近くの薬局事情とか。

 入院したならば、看護の嬉し恥ずかし程度は許容範囲を超えていないかと言った事柄になる。


 当然だが、看護状況には看護師さんの気立ても含まれる。

 男に限らず女と言わず、あんな所こんな所、もしかしたらそんな事まで、接近戦が日常となるのだ、絶大なる信頼関係を築けない看護師が担当では、良くなる病も治らない。


 優しい看護師さんに恵まれたと仮定して、次に気になってくるのは、食事制限をされた時に逃げ込む食事処の有無である。

 精神力が尋常一様以上に強く、医師の言い付けをしっかり守れる方には必要なかろうが、そんな禁欲生活に耐えられるくらいなら生活習慣病になったりはしない。

 病院が住まいとなる入院生活では、軽く暴飲暴食して具合が悪くなっても、命に関わる状態となる前に、きっと助けてもらえる。

 したがって、躊躇なく飲み食いに励めるのが入院生活最大のメリットだ。

 入院中だからと、唯一の娯楽とも言える食事を、不味い料理で我慢する必要などない。

 強制退院を迫られるまでは、出来うる限り美食探求に励む事をお勧めする。


 それにはまず、体のいたる所からチューブが出ていて、点滴袋をぶら下げた患者が、刺激物や高カロリー食を注文しても、決して個人情報である病名や症状について深く詮索しない経営方針でなければならない。

 できれば生ビールが欲しい状況だが、未だにこの手の食堂メニューに、アルコール飲料が載っているのを見た事はない。


 病院の待合室にじっとしていられるタイプの人には、婆さん連中が繰り出す不作法な大声が院内に響き渡っていても、アットホーム感溢れる小規模医療施設が良いだろう。

 座る場所もなく、鮨詰め電車と似たり寄ったりの大病院よりは、ストレスが若干穏やかに精神を蝕んでくれる筈だ。


 騒音に耐えられず、かえって入院のリスクが高くなりそうな人は、評判どうりのヤブ医者に行く方がいいかもしれない。

 患者が希にしか来ないだろうから、静かに落ち着いた順番待ちができる。


 しかし、患者のいない病院には、ヤブ医者以外にも何等かの致命的欠陥があるものだ。

 うっかり治療などしてもらい、もっと悲惨な状態で余生を送る結果となっても、医者はもとより役所も警察も助けてはくれない。


 確かなヤブ医者との情報があったにも関わらず、目先にチラついた長閑な待合室の誘惑に負け、自分の疾病に関する知識の獲得と、医師に対する注意義務を怠ってしまった貴方が悪い。


 最先端医療の治療費は、民間の医療保険に入っていなければ自腹で支払わなければならない上に、高額医療費の還付対象外で、支払ったら出しっぱなしの金となる。

 一般家庭で介護しきれない患者にいたっては、半年もすると医療サービス付きの施設に移るか、無理だと分かる状況でも「家族の待つ家で介護サービスを使ってね」とくる。


「病院は治療する所で、介護する施設ではありません」と、言っている事は分かっていても「薄情なのね、世間様は」と思えてしまうのは、何かが足りないからなのだが、その何かが何なのか分からない。


 結果として、どんなに気合を入れて頑張ってみても、二年五年十年と介護が長引けば、金銭的にも困窮し、疲れた頭の中では良からぬ考えが蠢いてくる。

 そんなこんなの切羽詰まった状況を、福祉課に行って相談しても、適当にあしらわれて帰されるのが落ちだ。


 日本の総てがこういった状況ではないが、こんな事情から、悲惨な事件が発生しているのもまた確かな事実だ。

 問題はいっこうに解決しないまま月日は流れ、自棄になって無茶をやったら、それまで窓口をたらい回しにしたどこかの怠慢など問題としないで、彼等の守護神警察が、きっちり働いて逮捕してくれる。

 これで総ての悩みが消えた。もう、明日の米を心配しなくてすむ。

 身寄り頼りがなくなって、病める家族は御役所がようやく保護してくれる。

 願ったり叶ったり、世の中まんざら棄てたものじゃない。


 総ての人が平等だと謳ってはいても、今の医学界に、どんな患者も同じに扱おうなどと言う気風は微塵も感じられない。

 何もかもが患者の金持ち度と正比例しているのみならず、医師の技量次第で簡単に質の変わってしまう医療サービスに、平等などあろう筈がないのである。

 言っている自分達でさえ、あり得ない世界観だと気付いているのに、嘘に敏感な患者が気付かないとでも思っているのか、人間はそんなに単純な生き物ではない。


 努力目標としておけばいいものを、病院の概要には【患者様は、どなたも平等に、良質な医療を受ける権利があります】などと書いてある。

 医療現場の実情さえ把握できていないのに、もっと複雑な疾病に対応できているとは、とてもじゃないが思えない。


 医療の不平等が当たり前と思っている人ならば、病院選びの最重要点を、相談員の充実度で選ぶのが宜しいのではなかろうか。

 かく言う自分が、劇症潰瘍性大腸炎で長期入院していた病院には、尋常でない勤勉家と、相談員より献身的な医師がいた。

 二人の御かげで、今はこうして生きていられる。


 しかし、この病院も御多分に洩れず、当初は本当に医師資格があるのかどうか、それより以前に、脳ミソが氷結したか八割がた溶け出しているとしか思えない診断を連発する、怪しさ満点の爺さんが担当だった。

 頼むから医師を変えてくれと言う前に、体調は急激に悪化して、失血死寸前で緊急入院してから、やっとこさっとこ担当医を替えてもらえた。


 他の医師が仕出かした失態とは言え、延いては病院全体の悪評に繋がりかねない事態も手伝って、入院してから担当となった医師が、親身になって話を聞いてくれて随分と助かったが、どこにでもいる人種ではない。

 今時希少な絶滅危惧種だ。


 兎にも角にも長生きしたいなら、相性の良い病院を探す努力と、自分の疾病について勉強する間を惜しんではいけない。

 御上は、医療費が膨れ上がるのを心配する前に、フザケタ奴に医師資格を与えてはいけない。

 医師が不足しているのなら、医学部を増設して学費を無料にしてやればいい。

 それができないならば、合格者に学費生活費を貸し出してやれ。

 医者になったら必ず返せるだろうし、何といっても利息が付けられる。

 下手な箱物に使うより、余程意義ある金の使い方だと思う。


 国民を、持てる富で医療差別する勇気があるなら、実態のない会社に勤務する異国の民にまで、国民健康保険への加入を義務付けている法を改正するのは容易い筈だ。

 予め、自国では高額な治療費を支払わなければならない患者を社員と偽って登録し、殆ど国保税を支払わないまま治療ツアーを組んで日本に連れて来る。

 高額医療の上限設定をしておけば、治療費の支払いは微々たるもので済むだろう。

 一段落ついたら会社を潰して「はい、さようなら」とやられたのでは、日本国の持出しばかりで、自国民の為の医療費として組んだ予算を、日本以外の国に食い潰されてしまう。


 これは、単なる不法治療なんて生易しい問題ではない。

 明らかに国庫を脅かす戦略だ。

 国難を招く医療テロだと気付けないとなると、日本の防衛も気掛かりだ。


 こんな事ばかり考えているのは、どこか重要な器官に、取り返しのつかない問題が発生しているからだろうか。

 はて……気になって寝られそうにない。

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