Lightning in the blue sky{13・14}
なんにせよ、
青い空に、稲妻は、よく似合う。
稲妻が、走る。
稲妻が、落ちる。
青天から、落ちる。
青天に、走る。
空から地へ。
いや、正確には、宙から地へ。
気象衛星は、観測する。
大気の動き等を観測し、地上に、伝える。
地上では、それを元にして、気象予測を、する。
気象衛星は、落とす。
人工的な稲妻を、地上に、落とす。
地上に、気象予測した結果を元に、気象制御の為の稲妻を、落とす。
未だ、人工的には、微々たる稲妻しか、起こせない。
そんな稲妻では、気象制御に、使えない。
稲妻の威力を、増幅する必要が、ある。
気象制御に使える稲妻にする必要が、ある。
それには、増幅装置が、必要。
増幅装置と云うか、そう云うものが、必需。
色々、試した。
無機物から、有機物まで。
鉱石・薬品から、昆虫・動物まで。
結果、一つのものに、落ち着く。
人間に、落ち着く。
それも、濃い記憶を所有している人間、に。
濃い記憶を持っている人間ほど、役に立つ。
気象制御の為の、稲妻増幅に、役に立つ。
記憶が濃い程、稲妻は、増幅される。
が、身体に、電気(稲妻)が走る訳なので、無事には、済まない。
人間の神経や脳には、電気信号が走っている訳なので、無事には、済まない。
代償として、増幅装置になった人間からは、失われる。
増幅装置として使われる度、記憶は、失われる。
新しい記憶から、最近の記憶から。
法律が、制定される。
その法律の為、気象制御を名目に、人が、強制的に招集される。
体のいい、祭の人身御供、戦時の赤紙招集。
招集する人間は、その資格から、高齢者が、多くなる。
が、『濃い記憶を持っている』資格さえあれば、若年者も、招集される。
表立っては、苦情を、言えない。
災害を防ぐこと、多くの人の利便に関わること。
そうやって、善意の犠牲者を出し、日々は、続いてゆく。
{case 13}
「ふむ、かなり、興味深い」
スーワーは、呟く。
この事例は、かなり、興味深い。
記憶を失くす、のみならず、顔が崩れ、肢体が崩れる。
稲妻増幅に、記憶のみならず、自分の顔や肢体も活用している様、だ。
この事例の当事者は、シーノ。
未だ、気象衛星(主に、ローザ1号)に、乗っている。
シーノの話は、スーワーも、聞き及んでいる。
と云うか、自然に耳に、入って来る。
シーノの一挙手一投足が、世間に、賛意と反意を、巻き起こす。
シーノの一挙手一投足が、世間に、インスピレーションを、与える。
スーワーは、シーノ現象を、遠くに見つめていた。
自分には関係が無いもの、と捉えていた。
が、ここに来て、研究対象となろうとは。
自分の研究対象になってしまえば、かなり興味深い対象。
不安感より、ワクワク感の方が、勝ってしまう。
スーワーは、調べている。
シーノの稲妻増幅度を、調べている。
平均して、高いレベルを、維持している。
それに伴って、記憶は、失くなっているが。
それに伴って、顔と肢体は、崩れているが。
「ん?」
シーノの稲妻増幅度は、平均すれば、高いレベルを、維持している。
維持しているが、ここ数日の増幅度は、頭打ちになっている。
記憶の喪失も、止まっている様、だ。
(尤も、これ以上、失くす記憶が無い、とも云える。)
顔と肢体の崩れも、止まっている様、だ。
(尤も、これ以上、崩れ様が無い、とも云える。)
「なんでや?」
スーワーは、ポツンと、呟く。
呟いて、データを、じっと見つめる。
考えを、頭に、巡らす。
・・
・・
巡らすこと、十数分。
「『頭の中身も、顔も肢体も、フォーム・チェンジが終了した』
ってことか ・・ 」
スーワーは、再び、ポツンと、呟く。
頭の中身が、フォーム・チェンジを、終了した。
つまり、これ以上、記憶を失くせない。
顔と肢体も、フォーム・チェンジを、終了した。
つまり、これ以上、崩れることはできない。
これ以上失くせない以上、
これ以上崩せない以上、
稲妻を増幅する余地は、無い。
稲妻増幅は、できない。
参ったな
スーワーは、額に、手を、やる。
これが表沙汰になれば、手の平返しを喰らう、だろう。
シーノは、手の平返しを喰らう、だろう。
気象センターから、
気象業務を扱う役所から、
身の回りの多くの人から、
引いては、世間全体から、
そっぽを向かれることは、必至。
「直接、会ってみるか」
スーワーは、呟くと、席を、立つ。
スーワーは、対峙する。
シーノと、対峙する。
面と向かって、シーノを見るのは初めて、だ。
確かに、気象衛星に乗る前の写真とは、別人、だ。
記憶を失い、
顔が崩れ、
肢体が崩れ、
それが、身体全体に、影響を、及ぼしている。
最早、人型をした何か。
コミュニケーションを取る気も、失せる。
そんな雰囲気を、醸し出している。
スーワーは、それでもなんとか、シーノとコミュニケーションを取ろう、とする。
が、まともな答えが、返って来ない。
言葉が、通じない。
身振りが、通じない。
思いが、通じない。
人間を相手にしている様に、感じられない。
いや、地球上の生物を相手にしている様に、感じられない。
まるで、地球外生命体を相手にしている様、だ。
そんなシーノを相手にしながら、スーワーは、悟る。
フォーム・チェンジは、そう云うことやったんか
別の人間に生まれ変わる、とか、
別の生物に生まれ変わる、とか、
そんなんやなくて、
別の、地球の法則に左右されない、生命体に生まれ変わる、ってことか
それ以来、シーノの現状・動向は、トップ・シークレットとされる。
顔は、ますます崩れ(人間的には)、
身体も、ますます崩れ(地球人的には)、
半固体のゲル状体、と云ったものになる。
言葉は、全く通じなくなり、
身振りも、全く通じなくなり、
何かしらの音を発生する生き物、と云うものになる。
表情は、ある。
あると云えば、ある。
確かに、ある。
但し、そこら中に。
ゲル状をした物体のそこらかしこに、顔は、浮き出る。
その顔が、表情を、形作る。
喜怒哀楽を、形作る。
ずるずる
ひょこん
にへら
ずるずる
ひょこん
ぷんぷん
ずるずる
ひょこん
しくしく
ずるずる
ひょこん
てへへ
身体の様々なところから、顔が、浮き上がる。
浮き上がった顔は、様々な表情を、浮かべる。
シーノへの対応は、既に、人間へのそれではない。
なにがしかの生命体を、厳重に隔離しているが如き、だ。
シーノとコンタクトを取れるのは、限られた人間のみ。
どころか、シーノの現状映像を見て、観察・分析できるのも、限られた人間のみ。
元々、シーノについては、トップ・シークレット、だった。
それが、何段階も、シークレット・レベルが上がっている。
気象センターレベルのシークレットから、全世界レベルのシークレットになってしまっている。
まるで、
スーワーは、思う。
画面の中のシーノを見て、思う。
NEW TYPEになったみたいやな ・・
・・ いや ・・
スーワーは、かぶりを振る。
・・ もはや、人間の形をしていないから ・・
スーワーは、口の端を、歪める。
・・ ANOTHER TYPEってとこか ・・
スーワーは、少し悲しそうに、画面を、見つめる。
画面の中のシーノを、見つめる。
それ以後も、シーノは、影響を与え続ける。
世間に、影響を、与え続ける。
最早、気象衛星に乗ることは、無い。
もう、紙面であっても画面であっても、世の中に登場することは、無い。
『世間の人々が、正視に耐えられない』姿となっている。
が、報道は、されている。
相変わらず、シーノの一挙手一投足は、報道されている。
シーノの動きを、そのまま伝えても、世間の人々には分からない、だろう。
キョトンとするだけ、だろう。
そこには、通訳が介在することに、なる。
通訳。
シーノの動きを、世間の人々にとって、意味あるものに解釈する人間。
それが、必要になる。
シーノが通訳に選んだ人間。
それは、スーワー、だった。
俺?!
俺は、何の解釈も、できひんで!?
スーワーは、固辞する。
しかし、シーノの要望である以上、断ることは許されない。
スーワーは、画面越しでなしに、直接、シーノと、対峙する。
その瞬間。
その瞬間、スーワーの頭の中に、入り込む。
シーノの言葉が入り込み、語り掛ける。
まあ、仲良くしようや
お前は、俺の言うことそのまま、周りのやつらに、伝えたらええねん
バッ!
思わず、スーワーは、シーノを、強く見つめる。
シーノに動きは、無い。
もぞもぞ
しばらくして、シーノの身体に、顔が浮き上がる。
浮き上がった顔は、表情を、作る。
にやりと、作る。
それから何年も、シーノが死ぬまで、全世界の人々は、シーノの一挙手一投足に、振り回される。
{case 13 終}
{case 14}
「ふむ、かなり、面白い」
シーマーは、呟く。
この事例は、かなり、面白い。
失った記憶が、回復している。
なんでも、走馬灯を見ることで(死の間際や土壇場に見るアレだ)、
記憶を回復した、らしい。
稲妻増幅に、記憶が消費されたはず、なのに。
この事例の当事者は、ドッティ。
記憶が回復してから、気象衛星には、乗っていない。
家族三人で、つつましく朗らかに、暮らしている。
気象センターの管理下に無い以上、今以上の調査・研究は、難しい。
が、逃すには、惜しい事例。
この事例を調査・研究することで、気象衛星に乗ることで記憶を失った人間が、記憶を回復するかもしれない。
稲妻を増幅する過程で、記憶を失った人間の、記憶を回復することが、可能になるかもしれない。
記憶が戻るとなれば、人々の心理的障壁が雲散霧消するかも、しれない。
気象衛星に進んで乗る人間が増えるかも、しれない。
稲妻増幅に従事する人間が増えるかも、しれない。
シーマーは、その線で、国の中枢に、申請を上げる。
申請は、すんなり、了承され、許可される。
あまつさえ、便宜も図ってくれると云う。
国の中枢にとっても、今回のシーマーの案件は、願ったり叶ったりだった様、だ。
ドッティに、出頭命令が、下る。
出頭用紙は、赤地。
気象衛星搭乗を命じる招集令状と、何ら変わりがない赤紙。
拒否は、許されない。
今現在の生活が、営めなくなる。
行政サービスが、一切、受けられなくなる。
まあ、拒否しなくても、今現在の生活とは、異なって来るだろうが。
ドッティは、指定日時に、おとなしく、出頭して来る。
しおらしく、従順に、出頭して来る。
その顔、その佇まいには、諦めが、滲んでいる。
「私が、あなたを担当する、シーマーです」
シーマーは、目論見通り、ドッティの担当と、なる。
ドッティを実験体に、データを取ることに、なる。
気象センター中の、いや、国の中枢全体の、期待を背負うことと、なる。
シーマーは、カウセリングする。
ドッティと、質疑応答する。
要領が、得ない。
ドッティにも、記憶が戻った経緯が分からない様、だ。
記憶が戻った要因とか云ったものが、あやふやな様、だ。
本人的には、『いつの間にか、記憶が戻っていた』らしい。
シーマーは、記憶が戻る前のドッティの動きを、何度も、問いただす。
何のことはない。
気象センター内で暮らし、たまに来る妻と息子に面会する。
それが何回も、規則正しく、繰り返されただけ。
特別なことは、何も無い。
シーマーは、頭を抱える、行き詰まる。
様々なデータが、取れた。
ドッティの証言も、取れた。
ウラも、取れている。
ただ、分析のしようが、ない。
手に入れたデータ群から、望む通りの結論が、導き出せない。
記憶を取り戻す術が、分からない。
繰り返す。
しつこく、繰り返す。
シーマーは、ドッティと、しつこく対話を、繰り返す。
繰り返し、繰り返し、
対話し、対話し、
質疑応答し、質疑応答をする。
いつしか、対話は、片方からのものから、双方向のものへと、変化する。
理想的な対話・Q&Aへと、推移する。
いつしか、シーマーとドッティは、タメ口で話す仲に、なる。
お互い、世代が近いのも、あったろう。
お互い、趣味志向的に近いのも、あったろう。
その関係性は、友人関係、となる。
「ドッティ」
「ん?」
「今日も、話、聞かせてくれ」
「うん」
「毎日、おんなじ様なこと聞いて、すまんな」
「ええって、仕事やねんから」
ドッティは、笑って、答える。
シーマーは、繰り返す。
繰り返し、訊く。
ドッティも、繰り返す。
繰り返し、答える。
主に、記憶を取り戻した時の状況、心情、そう云ったもの。
それを、突き詰めて、質疑応答する。
「それで、そこで、走馬灯が廻ったわけやな」
「そうそう」
もう何回も、何十回も、繰り返されて来た会話、だ。
違ったのは、次の言葉、だ。
「 ・・ そう云や」
ドッティが、口を、開く。
「そう云や?」
シーマーが、キョトンと、訊き直す。
不意を衝かれて、素で、訊き直している。
「何か、速かった様な ・・ 」
「速かった ・・ 何が?」
「何や、走馬灯自体と云うか走馬灯の回転と云うか、そんなもん」
「走馬灯 ・・ って、回転数とか速さとか違って来るもんなんか?」
「いや、知らんけど、『前に見た走馬灯は、もっと遅かった』って云うか
・・ 」
「そうなんか」
シーマーは、驚く。
走馬灯の回転数(速さ)に違いがあるとは、初めて聞いた。
続けて、訊く。
「記憶戻って来た時の前にも、走馬灯、見てたんか?」
「うん」
「いつ」
「地球に戻って来た時かな」
気象衛星から降りた時、だ。
六ヶ月の稲妻増幅に従事した後、だ。
「その時は、どういう状況やってん?」
「戻って来て、妻と息子に会ったんやけど、妻と息子って、
全然分からんかってん」
「ほお」
「周りに、「この人らが、奥さんと息子さんですよ」って説明受けても、
全然分からへんかったから、『ああ、俺、ホンマに記憶失くしたんや』
って思たら、俺だけが登場する走馬灯、廻り出した」
「そん時は、普通の速さやったんか?」
「普通かどうかは、初めての経験やったから分からんかってんけど、
じっくりゆったりと思い出を回顧する感じ、やった」
多分、『人が死ぬ間際とか土壇場に見る、走馬灯』の様な感じ、なのだろう。
「それから、俺は、気象センター預かり、になって」
「うん」
「気象センター内で、過ごしててん」
「うん」
「妻と息子は、定期的に、会いに来てくれてた」
「そやな。
で、ある日、妻と息子のことを思い出して」
「うん」
「そのキッカケが、走馬灯が廻ったことで」
「そうそう」
「その際の走馬灯は、以前の走馬灯より、『廻転が速かった』と」
「そんな感じ」
と、云うことは ・・
「と、云うことは、やな」
「うん」
「走馬灯の廻転する速さとか廻転率とかが、記憶を取り戻すのに、
『何らかの関係がある』、と?」
ドッティは、キッパリ、断定する。
「それは、分からん」
「分からん、か ・・ 」
本人に、『実感的なものは、無い』か ・・
シーマーは、残念そうに、呟く。
「分からんけど ・・ 」
おや?
ドッティの紡いだ言葉に、シーマーは、反応する。
シーマーの問う様な視線受けて、ドッティは、続ける。
「なんや、それが、記憶を取り戻す一因になった様な気が、する」
ドッティは、再び、断定する。
根拠は、無い。
証拠も、無い。
だが、本人は体感として、それを、そう受け止めている。
それは、実感と、言い直してもいい。
シーマーは、ここぞとばかり、ツッコむ。
「何でや?」
「う~ん。
上手く言えん ・・ 」
ここで、ドッティは、シーマーを、言葉とは裏腹に、キッパリと力強く見つめる。
見つめて、続ける。
「 ・・ なんとなく、や」
シーマーは、ドッティの眼差しに、確信する。
理由は分からねど、ドッティには、確信があるんやな
走馬灯の廻転速度が、記憶の回復に、関わっていることに
それから、シーマーとドッティは、取り組む。
走馬灯の廻転速度の確認に、取り組む。
記憶回復に関わる走馬灯の廻転速度を、探る。
まずは、ドッティに、遷移画像を見せることから、始める。
正確には、走馬灯は、連続した動画ではない。
数瞬流れる動画が、幾つも、移り変わってゆく。
一つの、まとまった動画では、無い。
その意味では、切れ目がハッキリしているハイライト・シーンの連続と、捉えていい。
人生のハイライト・シーンのまとめ集、だ。
シーマーは、ドッティに、数瞬流れる動画の遷移を、見せる。
その動画の遷移速度を、体感してもらう。
その上で、遷移速度から、走馬灯の廻転速度を探る。
繰り返す。
シーマーとドッティは、繰り返す。
動画の再生を、動画の遷移を、繰り返す。
何回も何回も、何十回も何十回も、繰り返す。
繰り返し回数が、百の大台に上る頃、光る。
ドッティの眼が、光る。
そのドッティの眼を見て、シーマーは、頷く。
微かに、力強く、頷く。
そして、二人は、アイ・コンタクト。
動画の遷移速度は、探ることが、できる。
つまり、走馬灯の廻転速度を、導き出すことが、できる。
二人して頷き、朗らかに、笑い合う。
シーマーは、発表する。
記憶を取り戻す、走馬灯の廻転速度を、発表する。
それは、TPS(Turns Par Second)で、表される。
ある一定速度で走馬灯が廻ると、記憶を取り戻すことが、できる。
その速度も、突き止めている。
その速度は、ピンポイント。
それ以下では、効力は、発揮しない。
シーマーは、意気揚々と、発表する。
が、疑問点が、あらゆるところから、あらゆる手段で、寄せられる。
曰く、「走馬灯自体は、どうやって、廻すのか?」
盲点、だった。
『走馬灯は、廻る』前提で、研究・分析を、進めていた。
シーマー及びドッティは、呆気にとられる。
・・ そう云や、そやな ・・
二人は、どちらともなく、納得する。
シーマーは、考えが、及ばなかった。
ドッティが走馬灯を廻せるので、【走馬灯の廻し方】については、考えが、及ばなかった。
ドッティは、思いも、しなかった。
自身が走馬灯を自由に廻せるので、他の人が【走馬灯の廻し方】にこだわるなんて、思いも、しなかった。
記憶を取り戻せる走馬灯の廻転速度は、突き止められている。
が、そもそも、走馬灯の廻し方が、分からない。
死ぬ間際に、自分を、置くのか?
土壇場に、自分を、置くのか?
修羅場を、わざわざ、作るのか?
シーマーの研究は、尻つぼみに、なる。
耳目を、集めなくなる。
「片手落ち」と云うことで、国の中枢からの援助も、断ち切られる。
シーマーは、途方に暮れる。
ドッティは、変わりない。
元の生活に戻れば住む話、だ。
が、それでは済まないくらい、二人の絆は、強固になっている。
「シーマー」
「 ・・ ん?」
シーマーは、ドッティに、虚ろな眼を、向ける。
最近は、いつも、そうだ。
シーマーの眼には、生気が、無い。
いや、身体全体、佇まい全体から、生気が、漂って来ない。
発表後、研究・分析が、否定気味に指摘された時から、生気が無い。
ドッティは、そんなシーマーを、見ていられない。
『何か、力になりたい』と、思っている。
そして、予てから考えていたことを、シーマーに、伝える。
「シーマー」
「 ・・ ん?」
「俺を実験体にして、もう一度、実験してくれ」
「はい?」
えっ?
さすがに、シーマーは驚いて、眼を、見開く。
シーマーには、ドッティを実験体にすることは、頭に、無い。
そうすることは、もはや、二人の絆が、許さない。
シーマーは、そう、思い定めている。
ドライに対応するには、絆が強固に、成り過ぎている。
そやのに ・・
シーマーは、ドッティの真意を図りかねて、怪訝に、顔を歪める。
「俺自身は、走馬灯を廻すコツみたいなもんを、掴んでいる」
「そうやな」
「だから、自分を死の間際とか土壇場に追い込まんでも、
走馬灯は、廻せる」
「うん」
「それを上手く活用したら」
「活用したら?」
「走馬灯の廻転速度の上げ下げも、『自在にできる』と思う」
「うん」
「その過程で ・・ 」
「その過程で?」
「万人が走馬灯を廻せる手段が ・・ 」
「おお?」
「見つかるかもしれん」
「それはいい!」
シーマーは、眼を、輝かす。
「 ・・ けど ・・ ?」
シーマーは、すぐに、顔を、曇らす。
曇らして、続ける。
「 ・・ 一抹の不安が ・・ 」
煮え切らないシーマーを、ドッティは、問う様に、見つめる。
シーマーは、そのまま、続ける。
「俺ら、記憶の取り戻せる走馬灯の廻転速度、突き止めたやんか」
「そやな」
「それは、TPS1000やんか」
「そやな」
「それ以下なら、何も起こらんし、記憶も取り戻せへんのは、
判明している」
「そやな」
「けど ・・ 」
「けど?」
「それ以上の廻転速度では、何が起こるか、判明してへん」
『だから、それをドッティにさせるには、ためらいがある』
と、シーマーは、言いたいのだろう。
ドッティは、シーマーの意を汲み取り、答える。
「それは、やってみな分からへんやん」
「そら、そやけど ・・ 」
煮え切らないシーマーに、ドッティは、言葉を重ねる。
「『それ以上は、分からん』て言うけど」
「うん」
「それ以下では、何も起こらへんかったんやから」
「うん」
「それ以上でも、何も起こらへん可能性、高いやん。
TPS1000だけがピンポイントで、記憶取り戻す値の可能性、
高いやん」
「そう云う言い方をすれば、そうやけど ・・ 」
「よしんば、何か起こっても」
「うん」
「記憶取り戻すだけの可能性、高いやん」
「そやな」
「だから ・・ 」
「だから ・・ ?」
「心配すること、無いんとちゃうか」
ドッティは、断言する。
あくまで、シーマーに協力したい、らしい。
ここまで、実験対象に、強く協力を懇願されては。
懇願されては、断る術は、シーマーには、無い。
シーマーは、腹を、括る。
研究・実験・分析を、再開する。
思った以上に、シーマーとドッティの絆は、強固になっている。
とは云え、
何かあれば、被害を被るのは、ドッティ。
そこはわきまえ、慎重に、事を進めなくては、ならない。
ドッティに、万一のことがあっては、ならない。
シーマーとドッティは、探る。
走馬灯の廻し方を、探る。
走馬灯の廻転速度の違いは、分かる。
そこから、走馬灯の廻転速度の上げ方を、探る。
その結果から、走馬灯の廻し方も、探ろうと、する。
判明する。
走馬灯の廻転速度の上げ方が、判明する。
それは、偶然から、判明した。
走馬灯の廻している最中、ドッティに、しゃっくりが、始まる。
呑み込んだ唾が、変なところに入ってしまった、らしい。
ひっく ・・
ひっく ・・
ひっく ・・
ひっく ・・
ひっく ・・
ギュン ・・
ひっく ・・
ギュン ・・
ひっく ・・
ギュン ・・
ひっく ・・
ギュン ・・
え?
ドッティは、(頭の中の)眼を、疑う。
しゃっくりをする度に、走馬灯の廻転速度が、増している。
明らかに、速くなっている。
ドッティは、すぐに、シーマーに、告げる。
シーマーは、一瞬止まった後、にんまりと、頷く。
頷いて、言う。
「論理的に説明できるし、再現性も高そうやな」
「論理的に説明できる」とは、こう云うことだ。
走馬灯は、死の間際や土壇場に、廻り出す。
廻り出したら、加速度を増す。
それは、体験した人々の説明から、明らか。
しゃっくりは、一時的に、呼吸が止まる。
つまり、一瞬にせよ、仮死状態に陥っていると、云える。
死の間際になっている、と云える。
ならば、走馬灯の速度が、『その一瞬、増している』としても、おかしくない。
「再現性が高い」とは、こう云うことだ。
しゃっくりは、人為的に、引き起こせる。
充分な水分を、取らない。
その上で、口の中の水分をゴソッと持って行かれるものを食べれば、可能性は高い。
しゃっくりを起こせる可能性は、高い。
早い話、こうだ。
ドッティが、走馬灯を見ている最中に、何も飲まずに、パサパサしたものを、食べる。
それだけで、いけそうだ。
シーマーとドッティは、顔を、見合す。
お互い、笑みが、こぼれる。
笑みを、隠し切れない。
溢れる笑みを元に、グータッチを、交わす。
シーマーとドッティは、試行錯誤する。
何度も何度も、試行錯誤する。
その結果、突き止める。
走馬灯の廻転速度を増すタイミングを、突き止める。
他にも、突き止める。
適正な水分量、と云うか、口の中がカラカラになる水分量。
適正な食物量、と云うか、口の中がパサパサになる食物量。
タイミングは、捉えた。
ツールも、揃った。
後は、試すだけ。
ドッティは、廻し出す。
走馬灯を、廻し出す。
・・
・・ 100
・・
・・ 200
・・
・・ 300
・・
・・ 500
・・
・・ 700
TPSの表示は、グングン、上昇する。
が、ここまで、だ。
ここまでは、ドッティの力のみで、廻転速度を増すことが、できる。
これ以上は、何らかの補助が必要、だ。
TPS1000を達成した時は(記憶を取り戻した時は)、心技体+環境+その他諸々のことが、上手く揃った僥倖だった。
確かに、『TPS1000で、記憶を取り戻せる』ことは、研究・実験・分析から、判明している。
が、実際には、実験的には、一度も、成功していない。
現実的には、理論上の話の域を、出ていない。
今回は、違う。
ここから、違う。
ドッティとシーマーには、しゃっくりが、ある。
パサパサの食物も、ある。
水分は、無い。
さあ、ドッティ、見せてくれ
シーマーは、ドッティに向けて、親指を、立てる。
ドッティは、頷く。
頷いて、口に、放り込む。
パサパサ食物を、放り込む。
むせそうになる。
涙腺を緩ませて、歯を食いしばって、それを、耐える。
・・
ひっく ・・
・・
ひっく ・・
・・
ひっく ・・
・・
ギュン ・・
来た!
ひっく ・・
・・
ギュン ・・
・・
ひっく ・・
ギュン ・・
ひっく ・・
ギュン ・・
ひっく ・・
ひっく ・・
ギュン ・・
ギュン ・・
ひっく ・・
ひっく ・・
ひっく ・・
ギュン ・・
ギュン ・・
ギュン ・・
思った通り、廻転速度を、増す。
走馬灯は、しゃっくりに合わせ、廻転速度を、増し続ける。
・・ 750
・・ 800
・・ 850
・・ 900
・・ 950
TPSの値もグングン上昇し、早くも、1000目前と、なる。
・・ 1000
・・ 1050
・・ 1100
ついに、1000を、超える。
ここから、だ。
ここからが、次なる成果、だ。
次なるドア、だ。
シーマーは、1500を目途に、実験を切り上げることに、する。
現在までの成果は、上々、だ。
しゃっくりで、走馬灯の廻転速度が増すことは、分かった。
増す以上、走馬灯を廻すにも、しゃっくりが使えそう、だ。
そして、しゃっくりは、人為的に、ある程度自由に、引き起こせる。
パサパサの食物が、あれば。
水分が、不足していれば。
シーマーは、赤い薔薇色の展開を、思い描く。
学会では発表して、権威ある雑誌に、論文が載る。
一躍、時代の寵児となり、TV・新聞・ネット等で、もてはやされる。
出演依頼や講演依頼等が、引きも切らず、舞い込む。
それに伴い、金は、ウハウハ手に入る。
シーマーが妄想に浸っている内、迫る。
1500の値が、迫る。
1400 ・・
1450 ・・
1500 ・・
1550 ・・
ついに、1500を、超える。
シーマーは、いささか慌て、実験を、止める。
ドッティを、実験から、解放する。
少しでも遅れたら、TPSが、上がり過ぎかねない。
「やったで、ドッティ!
1000を超えて、1500も超えた」
シーマーは、ドッティに、喜びを、伝える。
聞いていないのか、まだこちらの世界に戻って来ていないのか、ドッティの眼は、虚ろなままだ。
シーマーは、再び、言う。
「やったで、ドッティ!
成功したで!」
・・
一瞬の間。
ギギギと音がする様に、ドッティは、シーマーに、首を廻す。
シーマーの方を向き、眼を見つめて、言う。
「我が名は、小林三和守重八。
そなたは、誰じゃ?
ここは、何処じゃ?」
ドッティは、記憶を取り戻した、らしい。
確かに、取り戻した、らしい。
が、走馬灯を廻し過ぎて、取り戻し過ぎた、らしい。
過去の記憶でよかったのに、前世の記憶まで、取り戻してしまった、らしい。
ドッティは、確かに、記憶を、取り戻した。
前世の記憶を、取り戻した。
取り戻してしまった。
つまり、過去の記憶は、前世の記憶に、上書きされてしまった。
過去の記憶は、失われてしまった。
妻と息子との思い出も、忘れ去られてしまった。
ドッティは、再び、妻と息子と、生活が営めなくなる。
気象センター預かり、となる。
シーマーは、一縷の望みを託して、この成果を、論文にして発表する。
『走馬灯の廻し方と廻転速度の増し方のノウハウは、需要がある』と思ったからだ。
が、世間には、そっぽを向かれる。
論文は、トンデモ論文扱いを、受ける。
幾ら走馬灯の扱い方が分かっても、TPS1000ピンポイントの微細な調整が必要ならば、役に立たない。
過去の記憶を取り戻す為には、現実的に、役に立たない。
シーマーの、赤い薔薇色の人生は、絵に描いた餅、となる。
でも薔薇は、黒くは、あった。
今日も、シーマーに、連絡が、入る。
「シーマー、か?」
「はい」
「また、走馬灯、廻して欲しいんやけど」
「はい。
今度は、誰にすれば、いいですか?」
シーマーの成果には、需要が、あった。
ある人の過去の記憶を消し去りたい連中は、数限りなくいた。
ブラック・マーケット内では、シーマーの名は、鳴り響いている。
想定とは違う形ではあるが、シーマーは、ウハウハ金を得ている。
そして、その金の一部を、気象センターに、寄付している。
{case 14 終}
{了}