3.暗闇から出でし宇宙人
足元も天井も、どこを見ても真っ暗。だが、あちらこちらにある星のおかげでまったくなにも見えないというわけではないようだ。
「あそこに地球がある!」
レイエスが指をさす。レイエスの視線の先を追ってみると、たしかにそこには青い地球があった。
「ここは宇宙なのかしら?」
「うん。たぶん、ここは『アビーギャラクシー』、別名『地獄の宇宙』とも呼ばれている宇宙だよ」
マーティンの解説に、三人は納得したようにうなずく。そうして、さっきのように進もうとしたそのときだ。
ピーピーピー!
機械音が聞こえてきたかと思ったら、遠くにUFOを見つけたのだ。そのUFOはものすごい速さでこちらに向かってくる。恐怖を覚え、レイエスはララの後ろへさっと隠れた。
そのUFOが目の前までやってくると、UFOの扉がぱかりと開く。
すると、その中から誰かが出てきた。
出てきた人物はとても奇妙だった。なんと、タコのように足がたくさんあったのだ。たぶん十本くらいあるだろう。肌の色は黄色で、愛嬌のある顔立ちをしている。
「ま、魔物だー! みんな逃げてー!」
玲はおびえきったように大声をあげ、全力疾走をして逃げていく。レベッカが止めようとしたときには、レイエスは遠くまで行ってしまっていた。
「もう。ぼくのことが怖いなんて、あの子は怖がりだなぁ。きみたち、あの子の連れだよね。ちょっと聞いてくれない?」
声は幼い男の子という感じだ。怖い魔物ではないようだったので、ララは安心して、
「うん、いいわよ。それで、あなたは何者なの?」
「あ、名乗るの忘れてたね! ごめんごめん。ぼくは宇宙人のウィリー! UFO操縦士の見習いなんだ」
ウィリーが軽く自己紹介をすると、マーティンは少し眉毛を引き上げて注意する。
「さっきの操縦を警察に見られたら、免許停止になるから注意しなさい。あんな速度でUFOを飛ばしていたら、いつ事故が起こってもおかしくないからね」
自分の操縦を指摘され、ウィリーは気を悪くしたようだ。軽くマーティンをにらみつけ、それから話を続けた。
「魔王と呼ばれてる宇宙人がいるんだ。その宇宙人が大統領みたいな役目を担ってるんだけど、独裁すぎてやばいんだよ!」
「独裁って、例えばなんですの?」
レベッカが興味深そうにたずねると、ウィリーはぶるりと体をふるわせる。
「UFO操縦見習いは魔王の奴隷になるとか、小さなことでも失敗したら火あぶりの刑とか、強制的にデスゲームに参加させられるとかだよ……」
ウィリーの話を聞き、三人はふるえあがった。そんな厳しいルールがあるのなら、ウィリーはさぞつらい生活をしているのだろう。
気の毒になり、レベッカは提案した。
「わたくしたちといっしょにアビーギャラクシーを抜け出しませんの? そうしたら自由に生活できますわよ」
だが、ウィリーは首をぶんぶん横に振って断ってきた。
「一日中ミニUFOが監視してるから、だめだよ。見つかったら魔王に食べられちゃう」
すると、自分の姿を見せつけるようにして、ウィリーの背後からミニUFOが現れた。ミニUFOはねずみくらいの大きさで、真っ黒な窓には黄色く光る目がついている。
ミニUFOは一度も目を逸らすことなくウィリーを見つめている。これでは無理そうだと、レベッカは苦笑した。
「アビーギャラクシーに用事があるのに、ごめん! ぼくも魔王のところに戻らなくちゃ。お料理当番ぼくの番になったんだし、早くしないとぉ!」
UFOに乗りこもうとしたウィリーだが、急に動きを止めてしまったのだ。体を小刻みにふるえさせ、顔を真っ青にしている。
その様子はまるで病人だったため、三人はウィリーに駆け寄ろうとした。
だが、できなかった。
なんと、ウィリーの目の前に大きな石が現れていたのだ。
その石はレイエスの体くらい大きい。全体は灰色だが、あちらこちらにエメラルド色の宝石のようなものがはめこまれている。人為的に作られたものなのか、石はきれいな正方形にカットされていた。
「みんな! 逃げて!」
ウィリーがあたりに声をとどろかせる。その大声に四人はすぐさま回れ右をして逃げ出した。そのあとにウィリーも続いていく。
だが、石は四人を追いかけてきたのだ。最悪なことにとても速く、すぐに追いつかれてしまった。
「マーティン、後ろっ!」
ララが叫ぶ。
だがもう遅い。マーティンは石にぶつかってしまう。その瞬間、マーティンの体が石に吸い込まれていったのだ。それから十秒もしないうちにマーティンはいなくなってしまった。
あまりの衝撃に、ララたちはしばらく動くことができなかった。口をあんぐりと開け、いそいそと去っていく石を見つめるばかり。あの石を追いかけていこうなんて、これっぽっちも思いつかない。
それからしばらくしたあと、ウィリーが恐る恐る話しはじめた。
「……あの石、魔王に仕えている魔物だよ。そ、そういえば、宇宙人の肉はもうあきたから、異国の珍味を味わってみたいとか言っていたような……」
「じゃあ、マーティンは魔王に食べられるってこと⁉」
ララは驚きのあまりウィリーの肩をつかんでしまった。
ララの形相に少しひるみながらも、ウィリーは小さくうなずき、「たぶん」と小声で言う。
すると、恐る恐る戻ってきたレイエスが首をつっこんできた。
「魔物が魔王に仕えているんだったら、きっと魔王のところへ行ったんじゃない?」
レイエスの意見に、ウィリーたちは賛成して深くうなずく。
すると、ウィリーは得意そうにふんぞり返りながら胸をはった。
「ぼくのUFOで魔王の城まで行ってみよう!」
UFOに乗れるとわかり、レイエスたちはウキウキしたように目を輝かせる。そんな三人に応えるようにして、ウィリーは、
「乗っていいよ!」
と元気よく叫ぶ。
そう言われ、三人は少し緊張しながら機内へと足を踏み入れていく。
中は思ったよりも狭く、三人が入るとぎゅうぎゅうづめになるほどだ。壁は派手な黄色に塗られていて、客席とみられるイスがちょうど四つ用意されている。
「狭くてごめんね。でも、徒歩で行くよりは早く着くから、ちょっとがまんして!」
ウィリーは少し申し訳なさそうに手を合わせている。だが、ララたち三人はウィリーのことなどおかまいなしに、
「UFOに乗ったらどんな感じがするのかしらね?」
「UFO酔いしないかなぁ……」
「わたくしは乗ったことがありますわよ」
「そうなんだー!」
とおしゃべりを繰り広げている。
「しゅっぱーつ!」
やたらと大きい声で叫んだウィリーは、すぐに目の前のレバーやハンドルを握りしめた。それから、ハンドルを高速で回転させたり、たくさんのレバーをたくさんの足で同時に動かしたりしはじめたのだ。
「すごいわね! これで操縦見習いなんて、一人前の操縦士はどんな操縦をするのかしら……」
宇宙人の能力に底知れなさを感じ、ララは少し背筋が寒くなった。
そんなララにおかまいなしに、ウィリーはバスガイド気取りで声を張り上げる。
「えー、右手をご覧ください! こちらはアビーギャラクシーで最も小さい恒星と言われている、ドラゴンサンです! ドラゴンが吹く炎のようで美しいですよね! 恒星の平均の大きさは150万5000㎞なのですが、なんとドラゴンサンは3㎞しかありません!」
ウィリーは星についての知識もあるとますます感心していると、前のほうになにかが見えてきた。
それは城だった。宇宙空間に浮かび、ぷかぷかと上下に動いている。ヨーロッパにあるような洋風の城で、城壁は血のような赤に塗られていた。
「前方に見えますのが、魔王が住まっている城『インファキャッスル』になります! UFO着陸いたします! 完全に止まるまでお待ちください!」
今度は遊園地のアトラクションのキャストのようなことを言いだした。ものまねにでもはまっているのかな、と思っていると、UFOはインファキャッスルの前に着陸していた。
目の前で見ると、その大きさがみしみしと伝わってくる。
「まもなく扉が開きます!」
ウィリーが言い終わらないうちに、UFOの扉は自動で開いた。
それから四人はUFOから降り、一直線にインファキャッスルへと向かっていく。ほとんど全力疾走のうようになりながら向かっていくと、転がるようにして中へ滑りこむ。
「わああああ! すごーい!」
四人は声をそろえて歓声をあげてしまった。
インファキャッスルは想像以上に広く、体育館二つ分くらいの広さだった。床は大理石だし、天井からはいくつものシャンデリアが吊り下げられていたが、ありえないくらいの静けさがただよっている。人っ子一人いなさそうだ。
「こんなところに魔王がいるの? 物音すら聞こえないじゃない。魔王っていうからには使用人をたくさん雇ってそうだけれど、まるで廃墟のようね」
あまりの静けさに恐怖を覚えたララは、小刻みにふるえている。
空気を読まないウィリーは、
「魔物が出てきそうだし、早く進んでいこう!」
とさらっと怖いことを言い、先頭に立って歩いていった。ララはびくびく怖がっていたが、そんなことおかまいなしなウィリーだったのである。
恐る恐るウィリーについていったところ、いきなり行き止まりに着いてしまった。こんなところに魔王がいるはずない。引き返そうと回れ右をしたウィリーだったが、
「うわああああ!」
と悲鳴をあげてしまう。
背中を壁につけた瞬間、壁がくるっと回転してウィリーをべつの部屋に運んでしまったのだ。突然だったので、レイエスはびっくりして飛び上がってしまった。
「も、もしかして、ウィリーは隠し部屋に運ばれたんじゃないかしら? なら、あたしたちも行ってみましょうよ!」
ララはわくわくしたようにスキップで壁へ向かっていく。そのまま背中を壁につけた瞬間、回転してララの姿は消え去った。そのあとにレベッカも続いていく。
「まってー!」
大慌てしたレイエスなのであった。
やっとのことで隠し部屋に入ったレイエスは、またもや驚いてしまう。
なんと、そこにはとても不思議な子どもたちが十人くらいいたのだ。見た目は人間と変わらなかったが、摩訶不思議な行動をとっている。たとえば、つぼみの花を一瞬で咲かせたり、目を懐中電灯のように光らせて暗闇を照らしたり、口の中から大量のハチを放ったり。
「あら、見かけない子ねぇ。新人の使用人さん? 隠し部屋に気づくなんて。魔王の使用人にしておくにはもったいないわぁっ!」
中にいた五十代くらいのおばさんは、陽気に話しかけてくる。状況が理解できず、レイエスは目を白黒させた。だが、ウィリーたちはなにがなんだかわかっているらしい。おばさんに親しげに話しかけている。
「ここはね、プルトン伯爵家の襲撃にあったことのある子どもたちを、安全に保護している孤児院なのよ。かく言うあたしも、何回も標的にされたわ。超能力持ちの子どもは珍しいから、よく狙われるの」
プルトン伯爵家。その名がレイエスの中で雷鳴のようにとどろいた。心優しいレベッカを変貌させたプルトン伯爵家を、レイエスはひそかに恨んでいたのである。
レベッカも、プルトン伯爵家と聞いて顔を青くしている。
「でも、なんでインファキャッスルで孤児院をやる必要があるんですか? 魔王にばれたら子どもごと死刑にされてしまいそうです」
すると、おばさんは声をいっきに小さくした。
「あの魔王さまのことだから、死刑は当たり前でしょうね。でも、あたしはこの子たちの血縁だから。自分が犠牲になってでも守りたいのよ」
「おばさん……」
レイエスは心が温かくなるのを感じた。自分が死ぬかもしれないのに、子どもたちをプルトン伯爵家から守っているなんて。なんて心優しい女性なのだろう。
「僕たち、いっしょに旅をしていた魔法使いのマーティンを探しにきたんです。魔王の手下に封印されたって、ウィリーが言っていて……」
「ああ、封印石だね。そいつなら魔王の部屋にいると思うから、あのウィリーとやらに案内してもらうといいよ」
「ありがとうございます!」
レイエスは明るく笑いながら叫ぶと、ウィリーのところに飛んでいく。
ウィリーはまだ超能力を持っていない赤ん坊の世話をしていた。その赤ん坊はありえないほど静かで、かわいく笑いながらすやすやと眠っている。
「そんなことしてる場合じゃないよ! 魔王の部屋にマーティンがいるみたいなんだけど……」
レイエスの言葉は途中で途切れてしまった。
なんと、孤児院の扉が勢いよく開いたのだ。「バーン‼」という耳が痛くなるほどの大きな音が響きわたり、レイエスはウィリーの後ろに隠れてしまう。
そして扉の外から出てきたのは……、巨大な宇宙人だった。