1.魔法使いとの出会い
ララは心底驚いていた。目をこぼれ落ちんばかりに見開き、口をぽかんと開いている。ララにしがみついていたレイエスも、少し顔を出して目の前の人物をじっと見つめている。
二人はこの町に暮らす、どこにでもいるような姉弟だ。唯一他の人と違うのは、二人が「おしどり姉弟」というあだ名をつけられるほど仲がいいことくらい。実際、ララたちは友達の遊びの誘いを断ってまで二人で遊んでいる。
そのせいで友達からさりげなく避けられていた二人だったが、あまり気にしなかった。二人いっしょにいれば、そんなことも忘れられるほど楽しくなるからだ。
ある春の休日。「遊びに行こう」の声もかけず、二人は当たり前のように遊びに行く準備を始めた。
ボール、なわとび、水筒、ラケット。一通り遊ぶものを集めると、ララはレイエスに声をかけた。
「遊ぶものも準備できたし、公園に行きましょ! 今日はどこの公園に行くのかしら?」
ララが太陽のように輝かしい笑顔を見せると、レイエスも自然と明るく笑いかけていた。
「ぼくはぞうさん公園に行きたいなぁ! ララおねえちゃんは?」
「あたしは新しくできた森林公園に行ってみたいと思ったわ」
「たしかに、ぞうさん公園はいつも行ってるもんね。ぼくも森林公園で遊びたくなってきた! 決まりだね!」
すると、二人は風のように速く玄関へとすっとんでいき、扉を勢いよく開けて駆け出していった。
すぐに家を飛び出したところで、二人は急に止まってしまう。
なんと、家の前にある道に大量の石像が置かれていたのだ。その石像はすべて人の形になっていて、お年寄りも、子供の石像もある。しかもとても多く、少なくとも二〇体はあるだろう。
おまけに、あたりを見回しても人がいる気配はない。この町はなにかとうるさいので、誰かがいれば必ず大声を出しているはずだ。
だが、町にただようのは沈黙だけ。
「な、なにこの石像? 誰がこんなところに石像を置いたのかしら?」
ララは混乱したように目を白黒させている。すると、レイエスはある恐ろしいことに気づいてしまった。
「あの石像、近所のレイチェルさんだ……」
レイエスは指をさす。ララがレイエスの視線の先を追っていくと、顔を真っ青にしてしまった。
その石像は、レイエスの言ったとおり、ご近所のレイチェルさんというおばさんだったのだ。本物そっくりで、レイチェルさんを石で固めてしまったよう。
しかも、付近にはララの友達や、近所に住む男の子の石像まであった。
これではまるで……、町の人が全員石化してしまったようだ。
「うわああああん! みんなが石になっちゃったよぉ! どうしよう! どうしよう!」
レイエスはパニックを起こし、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらララにしがみついてくる。すぐに服が涙で濡れたため、ララは少し乱暴にレイエスを振り払った。
ララも涙目になっていたが、しばらくして正気を取り戻した。何回も深呼吸をして心を落ちつかせ、晴れやかにひとりごとをつぶやく。
「みんなが石になるなんて、現実離れしすぎた話だもの。きっとレイチェルさんのおうちに行けば、いつもどおり優しく出迎えてくれるはず」
「残念ながら、それは違うんだよ」
急に穏やかな声が聞こえてきたため、二人はびっくりして後ろを振り向いた。
そこには、とても風変わりな恰好をした男性が立っていた。年齢は三十代前半くらい。つばの広い紫色のとんがり帽子をかぶっている。服も紫色だったが、黄色に光る星のビーズが縫いつけてあった。
石化していない人がいるというだけで、ララはほっとすることができた。胸をなでおろしながら話しかけた。
「よかった。あなたは石化していないんですね」
「ああ。不甲斐ない僕が、メドゥーサを町の外へ逃がしてしまったから……」
メドゥーサ? ララは困惑する。それはギリシャ神話に登場する怪物だ。現実に存在するわけがない。この男性は、なんてとんちんかんなことを言うのだろう。
幼い玲ですらおかしいということがわかったようで、警戒したように男性をにらみつけている。
「そんなに警戒しないでくれよ。怪しい者ではないから。ああ、名乗るのがまだだったね。すまない。僕の名前はマーティン。異世界からやってきた魔法使いだ。よろしく」
異世界? 魔法使い? 馴染みのない言葉に、二人はますます困惑してしまった。
そんな様子の二人に、マーティンとやらは愛想よく教えてくれた。
「困惑させてしまってすまないね。信じられないかもしれないけれど、聞いてくれ。メドゥーサという、見た人は必ず石化してしまう恐ろしい魔物がいるんだ。メドゥーサは普段異世界の巣穴でおとなしく生活しているんだけど、なんらかの理由で人間界に来てしまったんだよ! おまけに、メドゥーサは町じゅうを歩き回ったもんだから、町の人は、悲しいことに全員石化してしまっただろう」
マーティンの話は信じられないようなことばかりだったが、とても真剣な顔で話をしている。
その顔がうそをついているとはとても思えず、レイエスは話の先をうながした。
「それで、ど、どうなったんですか?」
恐る恐るたずねてみると、マーティンはにっこりと笑った。
「異世界の警察官たちは、あいにく他の仕事が山ほどあるんだ。自分たちの住む異世界の事件や事故を優先的に解決していくから、見向きもしてくれない。ということで、僕たちで人間界を救おうじゃないか!」
「えええええ!」
二人は目を丸くして、口をあんぐりと開け、おまけに大声をあげて驚いてしまった。マーティンの言ったことが、それほど信じられないことだったのだ。
人間界を救うだって? そんなこと、自分たちにできるはずがない。魔法使いのマーティンならなんとかできるかもしれないが、自分たちはただの人間なのだ。足手まといになるだけだろう。
「あの、あたしたちにそんな力はないと思うんですけど……」
断ろうとするララをさえぎり、マーティンはますます笑顔になって教えた。
「君たちからは絶大な魔力を感じるんだよ! 平均的な魔法使いの魔力は五〇〇なんだけど、君たちはたぶん、千以上もの魔力を持っている」
それを聞き、二人は気を失っててしまいそうなほどびっくりしてしまった。
スケールが大きすぎて、マーティンがうそをついているのではないかと思うくらいだ。
「そんな君たちなら、人間界を救えるに違いない! そう思わないかい?」
マーティンにたずねられ、二人はしぶしぶうなずくことしかできなかった。
それを見て、マーティンはほっとしたように息をつく。それから、「手をつないで」と二人に指図した。
レイエスたちが手をつないだのを確認し、マーティンは静かに言い放った。
「光の魔神ルシファーよ。我らに汝の魔力を授けたまえ。時空をゆがませ、速やかに!」
その瞬間、三人は目の前が暗くなってくるのを感じた。一回まばたきをするころには完全に真っ暗になり、なにも見えなくなる。
だが、暗闇が見えたのはほんの一瞬で、すぐに目の前が明るくなっていった。そこに広がっていたのは……、
(つづく)
みなさん、「私たち、今日から異世界で冒険はじめます。」を読んでくださり、ありがとうございます! 楽しんでいただけましたか?
この作品は続きを連載していきたいと思っています。ララたちの冒険がどのように展開していくのか、楽しみに待っていてくださいね! 次回は三人が異世界に行き、ある湖をわたるお話にしたいと思っております。そこで敵キャラに会ったり、敵キャラの壮絶な過去を知ったりして、一喜一憂していくのです。
みなさん、ぜひ次回も読んでくださいね!