プロローグ
その話をしたときの西田沙樹は、朝の挨拶をするようにさわやかな口調だった。
日常の何気ない一コマのようにあまりにもあっさりと話すので、北島ワタルは危うく聞き流すところだった。
手元のマグカップに視線を落とし、沙樹が語った言葉の意味をぼんやりと考える。
事実ならあんなに明るい口調で話せる訳がない。
――話の中身をうまく理解できなかっただけだ。
ワタルはカップの温もりを手に感じながら考える。
だが右隣に座る沙樹からは、口調とは真逆の、儚げで消えてしまいそうな空気が漂ってくる。
表情をどこかに忘れてきたような横顔が、手元のグラスをじっと眺めている。
何か話をしたかった。だが声をかけた途端、一気に崩れるのではないかという不安がワタルの心に芽生える。
沙樹の秘めた気持ちは、今の自分と同じかもしれない。
――今夜はお互い寒い夜になりそうだね。
悲しい予感がワタルの胸をよぎる。
せめてこのマグカップを沙樹に譲り、冷たい手を温めてほしい。そんな気持ちがどこからともなく、ワタルの心に浮かぶ。
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