新たな存在
「おはよう、城意君、頑張りを見せる日よ」
「おーう、そーだな」
俺たちはこの前のあの日から一緒に登校している。ちなみに美人と歩くというこの状況に俺はマジでラブコメみたいと考えてしまって背中やらなにやらがムズムズしてたり。
「なによ?随分と気のない返事ね。この私が教えたというのにそんなのはやめてほしいわね。私が教えるの下手であなたに自信を与えられなかったのかと心配になるじゃない」
「いや、その逆だ⋯⋯。お前の教えはめっちゃ上手かった」
「ならなんなのよ?」
「洋海の教えが上手すぎて教えられたことが全部頭に入ってんじゃないかと錯覚してテストに相応しくない過剰な自信が出てきてるからそれを今必死に抑え込めてんだよ⋯⋯」
もうほんとにヤバい、そりゃ自信を持つのは良いことだとは思うがいかんせん今俺が持っているのは過剰な自信。
こんなのはテストにおいて不要。いままでこいつに何度泣かされたことか。許さん過剰な自信。
「へえー?」
それを聞くと洋海はニヤニヤしだす。なんだよお前ニヤニヤ顔なんてできたのかなんかかわいいな。
じゃねえ、なに?俺が必死に我慢してることがそんなに面白いか?「そんなのに耐えてるのおこちゃまですねーー?」って笑ってんのか?
「そりゃあなた一人だけで勉強していたらその過剰な自信はほんとに邪魔なものでしょうけど。今回のその自信は信じていいわよ、なんてたってこの学年主席のこの私が教えているのだから」
「ほんと自信すげーな、お前」
いやマジでどんな人生歩んだらそんな自信を得られるのだろうか。
なんかこいつ見てると俺の自信なんてちっぽけなものに見えてきた⋯⋯。
ま、頑張りますかね。
そう、今日はテスト当日。
洋海からご教授を受けた俺の心は「テストなんか怖くねえ!!」と声高に叫んでいるが実際はどうなるか、それは結果が出てからしか分からない。神のみぞ知るといったところだ。
まあ、苦手な教科の数学を初め、テストする教科は完ぺきに教えられたと言っても過言ではない(覚えれたとは言ってない)俺からしたらそんな余裕を持つのは当然と言っちゃ当然だ。許してくれたまえよ、そこで慌てふためく名も知らぬ同級生よ。⋯⋯嗚呼、なんと嘆かわしい。
そんな俺の慢心をよそに時間が刻々と進み、テストが始まる。
いや、早えよ時間進むの⋯⋯もうちと慢心に浸からせてくれ。
一通り解答し終え、見直しする時間に入る。このテストが終わるまでのこの時間が俺はとても長く感じる、まあ人によっては早く感じるかもしれんが。
しかし、不思議なものだ。こんなに時間の流れが体感で変わるなんて、これは人間が時間を操作していると言っても良いのではなかろうか。そのうち時間を止めたり、過去に遡ったりできるかもしれん、そうなったらテスト勉強なんてガチにならなくていいのに。
そんなことを見直しながら考えていると一つ目のテストが終わる。
ああー長かった。あの長さは苦痛だな、もっと時間をうまく操作しなければ⋯⋯。
そして、休憩時間なんて体感時間で一瞬で過ぎ去り二つ目のテストが始まる。
⋯⋯いや、分かんねー⋯⋯。
それは、俺がちょうど洋海に教えてもらった記憶があるのに分からない問題に手を止めていた時だった。
──ふと、世界に違和感を覚えた。それは、少し思考しにくいような、動きにくいような、そんな感じ。
先生が監視している手前、少し躊躇ったが周りを見渡してみる。
⋯⋯ふむ、パッと見、おかしいところはないような。
気のせいだったかと、分からない問題に向きなおろうとした時、やっと違和感に気づいた。
「手が、動いてねぇ⋯⋯」
なんで、みんな手止まってるの?そんなにみんな問題分からない?ははは、やっぱみんな俺が分からない問題で手が止まってんのかな?そうなんなら俺が分かんねえのもしょうがねえな!しゃーないしゃーない!
⋯⋯いやホントに動かねえな、てかこんなに首動かしてたら怒ってくるにきまってんのに先生も全く動いてない。
これはまるで──
「時間が、止まってる⋯⋯のか?」
こういうときに真っ先に見なきゃいけないのは時計、だよな。⋯⋯信じたくねえけど。
「はは⋯⋯止まってやがる」
本当に、止まっていた。時計の針が動いてない。意味が分からん、笑うしかないだろうがよ、こんなんヤバすぎる。
────⋯⋯パキンッ。
戸惑う俺に追い打ちをかけるように、時が止まっているこの世界において聞こえることがありえない音が聞こえた。
「おいおい、なんで時間止まってんのに音が聞こえんだよ。てかなんで俺動けんだよ」
どうやら俺は時間という一般には逆らうことが出来ない、概念、理が機能していなくとも大丈夫らしい。
これが異能からくる恩恵なのかは全く分からんがどうせ今から碌なことが起きないだろうから考える暇もないだろう。
「さて、これから何が起こるのかね⋯⋯」
これまで感じたことが無い嫌な予感を感じつつ、とりあえず学校を覆うくらいの範囲の索敵の効果を強くする。
問題の原因は特に苦労もなく見つかった。
「グラウンド⋯⋯まーこりゃ都合良く戦いやすいところに現れてくれたな」
さすがにテスト中の教室とかに現れたら戦いにくいったら限りなかったが、空気でも読んでくれたんかね。魔愚のくせに。
しっかし⋯⋯。
「──随分と、多いじゃねえか。パッと見30ってところか」
さすがにこんなに一か所に集まった魔愚を見たことはない。姿は今まで散々見てきたモンスター(モンハンの小型モンスみたいな)型だったり、人型の出来損ない、完全な人型と十人十色。実に多様性豊かでよろしい。ちなみに総じて色が紺や紫、灰色だったりと黒系。
「メンドイな、でかいやつで一気に蹴散らすか⋯⋯」
そう思って教室から一瞬でグラウンド上空まで移動して、光を固めたような、例えるとするならドラゴンボールの元気玉のような光弾を『想造』する。その時もちろんグラウンドが抉れないように地面がとてつもなく硬くなっていることも『想造』する。
「じゃあ、なっ!」
そして放つ。
しかし、事は「これですぐに倒し終わってテストに戻れる」と俺が予想していたようにはならなかった。
「──は?」
てっきりこれで一網打尽にできたと思ったのだが、どうやら魔愚達は僅かたりとも喰らってないらしく、無傷でその場に立っている。
「まさか、この世界に止めた時空間の中に侵入できるニンゲンがいるなんてね」
一瞬、この状況に理解が追い付かず思考が止まって呆然としていた俺だが、少しずつ事態を理解できるようになると、新たな存在がいることを認識する。
その存在とは、魔愚の集団の一番手前のさっきまで何もいなかったはずのところに立っている、肌が深紫で、肌とは対照的に髪が白く縦ロールがかったツインテールの、黒いドレスを着ている女。
その女は片腕をこちらに突き出して、開いた手の周りは蜃気楼のように空間が揺らめいている。
確信できる、こいつは人間じゃない。人外の存在であり、何らかの異能でもって俺の攻撃を防いだのだろう。
──そして、言葉が話せる。
「おい、お前。俺の攻撃を防いだな?何者だ?」
女は突き出していた腕を下ろして、口を開く。
「なるほどねぇ。ワタシたちがどれだけこの世界にコイツらを送っても成果が無かったのはアンタが原因だったってわけね」
話しかけても口は開いてくれるものの、期待する返答ではない。
聞こえてないのか、あるいは答える気が無いのか。答えようが答えなかろうが敵であることは変わらなさそうだが、意思疎通ができる可能性があるとなれば目的を聞き出す必要が出てくる。
「質問の答えろ。お前は何者だ?」
「⋯⋯ソレって答える必要ある?」
「何?」
俺に対しての返答はしてくれたものの、やはり期待した返答ではない。
「だって⋯⋯殺す相手の質問に答えても仕方ない──じゃないっ!」
────⋯⋯パキンッ。
また、そう聞こえたかと思うと、俺にとてつもない痛さが襲ってきた。
苦痛の中、その痛みが起こる腹部を触って確かめようとすると、触れない。おかしいと思い視線をそこに向けると──
──俺の下半身が無くなっていた。