テストってやばい
ぼーっとペンを持ちタンタタンとノート越しに机を叩く。
「こーんなに勉強できないとは思わなかったなあ⋯⋯」
俺は今、自分の部屋で机と対峙⋯⋯することはなくがっつり目をそらしていた。
まあ、勉強するのは学生としては当たり前なんだが今はテスト期間でもなんでもない。まあ、一週間後にはテスト期間なんだが俺はそんなに前もってやる性格は残念ながら持ち合わせていない。
なのになぜやっているかというと、まあ簡単なことで今日学校でよく「テスト」という単語をよく聞いたからだ。具体的にはこんな感じで──
登校の時のことがありなんとなく恥ずかしくてそそくさと教室に入った後、洋海が指定した時間が早かったので必然的に教室に着く時間も早くなりいつもギリギリに登校していた俺は手持ち無沙汰になり、とりあえず頭を伏せ、寝てますよー感を出し平和を謳歌していた俺に、話したこともない名前も知らないやつの聞き捨てならない声が聞こえた。
「お前、勉強してる?」
「は?www勉強とか何言ってんの?wwwしてるわけねーじゃんwww」
「はい馬鹿乙ぅーwwwもう来週テスト期間入るんだからしとけよなーwww」
たしかこんな感じの会話だった気がする。その時の俺はまだ「へえ、まじめなやつもいるんだなー」くらいの認識だったんだが、ホームルームの時に――
「お前ら。勉強してるかー?普段からやってる奴には文句ないんだが、やってないやつはテスト期間の一週間前、つまり今日くらいからやっておかないとキツイ目に合うかもしれないぞー?」
この教師の言葉で俺の中の「テスト」の存在が大きくなり危機感を少し持ち始めていた。
そして追い打ちをかけるように、ホームルームは委員会やらのクラスに連絡があるやつが発表する時間があるんだが――
「ええっと⋯⋯、まったく同じ内容になるんですが⋯⋯。学年議会からの連絡です。
――テスト期間が一週間後に控えていますが、あと一週間あるし、と怠けずに前々から行動を起こしていきましょう。
で、これがテスト期間までの学年目標になります」
と学級委員のやつが発表してきて普段勉強していない俺からすると手痛い追い打ちになっていた。
このテスト勉強やれやれコンボには、ええ⋯⋯学校仕組んでるんじゃね⋯⋯?となってしまった。
あとここまで自分が言ったことが重なっているからなのか、俺が聞き耳を立てていたやつと教師がめっちゃドヤ顔して、うんうん、と頷いていた。ウザかったので心の中でぶん殴っておいた。
まあ、こんな感じにホームルームまでの時間まででもここまで「テスト」という単語が連発されていたから。
しかも、それだけじゃなく不自然なほどに「テスト」が多かったことでそのこと自体が会話のネタになって俺の周りのグループで話してる内容が全部、テストテストテストテスト――、マジで勘弁してくれ。ウザかったので心の中で教室を爆散しておいた。
実際、自分が今家で自主的にテスト勉強をしてるのだから学校側が仕組んでいたのならその計画は大成功だ。クソがッ!
おそらく俺以外にも家で勉強している奴は多いんじゃなかろうか、それほどまでの怒涛のコンボだった。まあ、できてないんですけどね、勉強。
と、ふと着信音が鳴る。
このアプリの着信音を鳴らすのは母親と俺の保護者的な立場の親の知り合いと洋海だけ⋯⋯、そして洋海以外は俺に連絡はよこしてこないと考えていい──
となると、洋海からの連絡らしい。
どれどれ内容は、と。
『今日の学校はめっちゃおかしかったわ。聞いてくれない?みんなテストのこと話してるのよ?』
⋯⋯どうやら、テストのことをおかしいくらい聞いたのは俺らのクラスだけではないらしい。
やばいことも起きるもんだな、世の中って。
『マジで?俺らのクラスもテスト勉強やれとかめっちゃ言われたんだけど』
『そうなの?それはお気の毒様ね。⋯⋯でも私たちのクラスほどじゃないと思うわよ?私たちのクラスなんか授業で来た教科の先生がみんながテスト勉強は今頃から始めたほうがいいって言ってたし、しかもその先生からの話を聞く前からクラスのみんなも今くらいから勉強始めたほうがいいかな⋯⋯ってしゃべってたのよ?』
『うん、それまったく一緒だわ』
『⋯⋯』
さすがの洋海もこの狂気さえ感じる学校でのテスト勉強やれやれデーには言葉をなくしたらしい。たぶん誰も仕組んでないのにこれだからな、仕方ないね。
『と、とにかく!私はそのテスト圧力に負けて予定になかったテスト勉強をしているのだけれど』
『俺もやってるわ、テス勉』
『まあ、あなたもあれくらいテスト圧力を受けていたのなら、しょうがないわよね⋯⋯』
⋯⋯さっきから文面に書かれているが、何さらっと造語混ぜてんですかね⋯⋯この人は。
いや、わかるけどさ⋯⋯。
「テスト圧力」って⋯⋯。なんかの実験の試験でかける圧力みたいになってますけど、ほら耐圧テストみたいな⋯⋯。
『それで、進んでいるのかしら?勉強は』
『⋯⋯いまもペンを置いて多岐にわたる思考を広げている』
『進んでないじゃない⋯⋯』
『しゃあねえだろ、楽しくないんだから』
『ハア、わかってるわよ。楽しくないのも事実なんでしょうけどどうせあなたのことだから分からないんでしょ?』
『⋯⋯』
今度は俺が黙らされちゃいました。てか「どうせあなたのことだから」って偏見だろ。俺お前に「自分勉強苦手です!!」って言った覚えないんだけど?偏見はダメなんだよっ!?
『それで、もしよかったらなんだけど。一緒に勉強しないかしら?』
『え?』
『分からないところあったら教えてあげるわよ?』
一緒に勉強⋯⋯ね、そんなリア充みたいなことができるかあっ!!
あれだろ?一緒ってことは同じ机だろ?……美人との距離が縮まって勉強所の話じゃありませんわ。
ええ……どうしようかなぁ。
「じゃあ、お願いします……」
「任せなさい、手取り足取りきっちり教えてあげるわ」
一緒にお勉強することになりました。わーい。
ちなみに俺の家でね。これに関しては、まあ俺がこの前洋海の家に行ったから当たり前っちゃあ当たり前だ。
今この家には俺しか住んでないから表面上は隠してるがよく見ると至る所に生活臭がある。その証拠にちょっとキッチンまで足を伸ばすと台所に置いたままの食器とか、他にも物の片付けの仕方やらいい加減な所がある。
バレたらマズイ、めっちゃ恥ずかしい思いをするのは不可避。
出来るだけ意識が向かないようにしないと。
「あら?私は出してあげたのにここはお茶の一つも出さないのかしら?」
「……はいはい。何がいい?一応ジュースとかコーヒーとかもあるけど?」
「なら、コーヒーにしようかしら」
「りょーかい」
「ほいコーヒー」
「ありがとう。……インスタント?」
「ああ、スーパーのだぞ?」
「意趣返しのつもりでそう言ってるなら淹れ方を研究してから言いなさい。別にあなたのコーヒーの淹れ方が上手なわけじゃないでしょ」
「うぐ⋯⋯。しゃーねえだろ、俺はそこまでコーヒーにこだわってるわけじゃないし。人に飲ませるなんて考えずに買い物してるから美味いコーヒーなんて知らない」
そうでしょうね。と鼻で少し笑いながら洋海は勉強の用意をする。
早いな、もうちょっとしてからでもいいのに。勉強したくねー。
「何からするんだ?」
「数学よ。難しくて手が止まる教科なんて大体数学でしょ?」
「……よくお分かりで」
全くなんでこいつはこんなに俺の事分かってるんだ。いや全部偏見でものを言ってるんだろうけど。
だとしてもわかりすぎなんだよなぁ。そんなに俺って分かりやすい性格してるの?まじで?
「ほら、早く分からない問題を教えなさい。0から10まで教えてあげるわ」
「いやそれ俺が全く分かってないってことになってるの分かって言ってる?」
「ちがうの?」
こいつっ……さすがに俺でも問題がどーゆーもんなのかとかそこら辺は分かってるわ。舐めんなよ?
「これだ、とうやってやるのか分かんねーんだよ」
「どれどれ……因数分解、ね。これ中学の内容よ?分からなくてどうするの。というか高校の因数分解はどう乗り越えたのよ……」
「そりゃあ、ギリギリでしたよ。はい」
まあ、どんな問題か分かるおかげで自分が中学の問題も解けない高校生ということも分かったけどな。泣いていい?
「これは、本当に手取り足取り教える必要がありそうね」
「お、お手柔らかにお願いします」
厳しくも丁寧で教え方が超うまい洋海の教えの元、勉強は着々と進んでいった。
いや、まじで厳しかった。俺の手が止まったら「フンッ」って鼻を鳴らしてから教え始めるのなんなの?俺が馬鹿すぎてめんどさくなってんの?申し訳なくなってくるんだけど。
と思ったら俺がスラスラ問題解けたらキチンと褒めてくるし、飴と鞭が上手すぎる。マジ惚れてまうやろやめてくれ。
まあ、そんなことは置いておいて今はもう時刻は夕飯時。
洋海の母親も帰っていると思うし、その食卓に置くための料理もきっと作られているだろう。
今日はもうお開きだな。
「さて、いい時間だし今日は終わるか」
「そうね、とても有意義だったわ」
「俺に厳しく教えることがか?なにお前最初にあった時はMだと思ったけど実はSなの?」
うわーー、悪いことはしてないとはいえ人を苦しめておいてその時間を有意義だと申すか。
「違うわよ。私はもともと親睦を深めるために分からないところがあったら教えてあげるって言ったんだから。まあ情けをかけてあげるっていう気持ちがなかったと言ったら嘘になるけど。⋯⋯これはただの助け合いよ、分からない?」
「⋯⋯悪いな」
「なんであなたが謝るのよ?」
「いや、お前は「助け合い」って言ったけどな。俺はお前のためになるような助けができないから、申し訳なくなってきてな」
そう、俺は洋海を助けることができない。俺は勉強ができるわけでもないから、もし洋海が勉強に困っていたとしても教えることができない。
俺は別にスポーツが得意というわけでもないから、洋海が体育で苦手なスポーツに困っていたとしてもルールさえ教えれないなんてこともあるかもしれない。
もちろん、異能を使えばその限りではないかもしれないが、それは、助けではないと思ってしまう。ただの人間は異能なんて使えやしないのだから。言うならば、超越者からのお情け。
「はあ⋯⋯、バカバカしいわね」
「⋯⋯はあ?バカバカしいってお前、俺はお前を助けれないんだぞ。それをバカって言うなら「助け合い」って言ったお前自身の言葉がバカバカしくなるぞ」
「ええ、バカバカしいわよ。だって助けられたのは私で、最初に私を助けたのはあなたじゃない。⋯⋯そもそも前提がおかしいわ」
「え?」
「私が助けて、あなたが恩返しするんじゃないの。あなたに命を助けてもらったから、私がこの返し切れない恩を必死に今返してるの。⋯⋯まったく、自分の偉大さを棚に上げないで頂戴」
そうか、洋海はそんなにも義理を感じていたのか⋯⋯。なら、ここはその恩返しを受けておこう。
それがいつか対等な立場になるための一歩だから。
「⋯⋯そうだな、分かった」
「分かったならいいわ。だから覚悟しておきなさい、私が感じている義理はまだまだたくさんあるんだからいっぱい恩返ししてあげるわ。まずは勉学面、でね」
「うげっ」
こりゃ俺は恩を売る相手を見誤ったらしい。いや助けること自体はしなきゃいけないことだったし、友達になったのが運の尽きだな。
しかしこうなってしまったものはしょうがない。一回の恩でずっと助けてもらうのは申し訳ないし、俺も何かしてやっていかないとな。
ここで一つの着信音が鳴る。
しかし、俺はこの音は聞いたことはない。つまりこれは洋海のスマホへの連絡だろう。
「そうなのね⋯⋯。これは自分で作らないといけないわね」
その連絡を見ると洋海は顔を少しゆがませて思案顔になる。
「どうかしたのか?」
「ママが仕事が立て込んで帰るのが予想以上に遅くなるらしいわ」
「フーン⋯⋯」
となると、作らなければいけない、というのは夕飯のことだろう。
―――ちょうどいいな。
「俺が飯作ってやるよ」
「⋯⋯作れるの?」
「俺がどんだけ一人で暮らしてる思ってんだ。本気で作ればちょちょいのちょいだ」
作って食べさせたら「味が単純ね」と言われたのはそれはまた別の話。⋯⋯くそう。