Vol.9 鶏むね肉の照り焼き丼
仕事が終わってぐっと背伸びをする。今日はお友達と女子会だ。うきうきしながら帰り支度を進めていると、携帯の画面がぱっと明るくなり、メッセージが届いたことに気がついた。
「ま、まさかのドタキャンですか……」
メッセージを読んで、私は思わずそうこぼした。この一週間、君との時間だけが救いだったのに……!
「ま、仕方ないかー」
忙しいのはお互い様なのでね。そう思って適当に返事をすると、「必ずこの埋め合わせはしますので……!」とすぐに返事が来た。今回のドタキャンはイレギュラーで、彼女はいたって真面目で律義な人物なのである。スタンプを送ったらもう既読がつかなくなっていた。相変わらず忙しいんだろうなあ。
というわけで、少し寂しく感じながらも、私は一人で帰路を辿った。……のだが。
「……肉」
そう、私は肉を欲しているのだ。今日の女子会という名の愚痴り会の舞台は焼き鳥屋のはずだった。だからもう、焼き鳥の気分が抜けない。でも一人で焼き鳥を食べに突撃する気にもなれない。
「百歩譲って鶏肉だな」
うん、鶏肉縛りならセーフってことにしよう。時には妥協も大事。そう自分に言い聞かせて、家に着くと早速調理に取り掛かった。あ、きちんと片付けとか手洗いはしたからね。
まずは今日のメイン食材の鶏むね肉からお相手しよう。なんでこのチョイスかっていうと、ダイエットの話を少し引きずっているから。……ほんとにちょっとだけね? むね肉は脂質が少ないんだよ。脂質ってワードが出て来るだけでヘルシーな感じがするよね。
まな板の上で対峙した鶏むね肉を一口大に切っていく。まず縦半分に切ってあげると、大きさが揃いやすいらしいよ。自分ではそういうのあんまり気にしたことないけど、お母さんはちょっと気になる人だったかな。確かに、大きさが揃っていると写真とかとる時にはいいかもね。あ、あと、そぐように切るのもおすすめ。何でか知らないけど、焼いても硬くならないらしいよ。まあ、気が向いた時にしかやらないけど。
そうしたら塩とこしょうを……っと、手が。お肉触ると手がベッタベタになるよね。包丁の柄とかがぬるぬるしてるのも気持ち悪くて嫌すぎる。変な所だけ細かいので、ちゃんと手を洗います。
綺麗なおててで大味をつけたら、まな板サイドはひとまず終了。続いてフライパンのターン。真ん中にマヨネーズを絞り出して、火にかける。マヨネーズはまじで人類最強調味料よ。最近はサラダ油の代わりにずっとマヨネーズ使ってるもん。
フライパンが温まってきたら、マヨネーズを広げながら、肉を設置。マヨネーズのお味をしみこませるように、ぐーるぐるしようね。マヨネーズのおかげでお肉がしっとりするのもポイントだよ。
肉を焼いている間に、付け合わせのキャベツを準備。余った分はラップに包んでしまっておこうね。
そういえば、キャベツとレタスの違いって、いつごろから分かるものなんだろう。はっきりとは覚えていないけれど、料理に触れる気配すらなかった高校時代は見分けつかなかっただろうな。なんなら兄弟の方がまともに料理してたし。おかげさまで今でもずぼら飯が大半ですよ。
そんなことを考えながらキャベツをしまっていると、焦げのいい匂いがして来た。完全にキャベツに気を取られて放置してたわ。ごめんね。今行くよ。
肉を一つずつ優しくひっくり返してあげるたびに、素敵な臭いがふわっと香って来る。食べる時間も好きだけど、最近は作っている時間もそれなりに好きになれてる気がする。
うん、良い感じ。全部ひっくりかえしたら、フライパンに蓋をして、またキャベツにバトンタッチ。ほら、野菜があった方が健康的に見えるじゃん。絶賛ダイエット中(仮)だしね。これから肉と野菜のハッピーセットはマイルールにしていきたい所存だ。
最近は、スーパーとかで千切りのキャベツ売ってるんだけどさ。今日は無性に切りたかったんだよね。なんか、単純作業に勤しみたいときってあるじゃん? あと、音も好きだし。こう見えて、音フェチなのだ。だから頭の中ではこんなにしゃべっているけど、実際には料理中はほとんど口を開かないんだぞ。……まあ、一人で話していたら、それはそれでちょっと不気味だけど。
あー、またキャベツに夢中になってた。ちらりとフライパンを覗き込むと、良い焼き色になってきているのが見えた。べっ、別にアンタのことが気になる訳じゃないんだからねっ! ……ごめんなさい。あとちょっとで完成かな、と考えて少しそわそわしてきた。お腹が鳴りそう。
キャベツをさくさくっと切り終えて、フライパンのターン再来。蓋を開けると部屋中に素敵な臭いが広がる。こんなアロマ欲しいなあ。
匂いの余韻に浸りながら、酒、みりん、しょうゆ、おろししょうがを加えていく。おろししょうがはおろしにんにくに変えても美味しいので、お好きな方をどうぞ。私はしょうが派。誰が何と言おうと譲れない戦いがここにあるので。
肉をたれに絡ませたら、今度は電子レンジの方へ移動する。目の前に立った瞬間、軽快な音が鳴り響いた。ふふ、気づかなかっただろう? 実は冷凍ご飯を解凍していたのだ……。
と、茶番はここまでにして、レンジから取り出したラップミイラ状態のご飯をお茶碗に展開する。だって、飲み行くつもりだったからさ、ご飯炊いてなかったんだよ。帰ってから炊いて待つの面倒じゃん。
ごはんの準備ができたところで、再びお肉のもとへ。おお、なんか煮詰まって照り照りになってる。いいじゃん。
総員スタンバイになったところで、いよいよ盛り付けだ。まずはご飯の上に大量のキャベツを。ふさふさしていてちょっとのせづらいけど、切った分は使い切りたいので意地で全部のせた。そうしたら、主役のお肉をクッションキャベツの上へどーん。
さらにだな、余った調味料を上からかけてやるのだ……。ほうら、ご飯とキャベツに素敵なお裾分けだぞう。うーん、とっても罪な味になりそう。
食卓を整えて、いざ実食だ。
照り照りのお肉を……ぱくり。
「んー……肉だ」
語彙力が低下しすぎて、もう「肉」って単語しか出て来ない。そのレベルで美味しいってこと。実はね、のんびりトークしているように見せて、この間にご飯とキャベツをかきこんでるのよ。
しっかり飲み込んだら、二口目。今度はもう少しじっくり観察してみようか。お箸でお肉を持ち上げて、ちょっと動かしてみる。
「つやつやだ……」
アニメの美男子の唇なみのツヤ。わかる人にはわかると思う。本当に、輝いて神々しい。食べるのがもったいないな……嘘ですごめんなさい。
「ごちそうさまでした」
そんな茶番を繰り広げているうちに、完食。今日も満足。
「そういえば、お酒飲まなかったな。お肉引きずってたのにお酒は引きずらないっていう不思議」
そう思って、冷蔵庫を確認してみると、ちょうどビールがなかった。偶然か、はたまた運命なのか……。
最近は忙しくて宅飲みあんまりできてなかったけど、久しぶりにやってみようかな。お酒と、おつまみ揃えなきゃ。そんなふうに一人酒計画を思い描きながら、私は片付けのために腰を上げた。
え、ダイエット? なんのことかな。
今回のレシピ→https://youtu.be/ptMaYjg7RTc