Vol.6 パラパラ炒飯
「ねー、炒飯パラパラにするにはどうしたらいい?」
木曜日の夜、突然そんな電話がかかって来て、私は困惑した。
「炒飯? なんで?」
「彼氏がもっとパラパラのやつが美味しそうって」
「あー、察した」
つまるところ、どうやら友人は、炒飯の出来を彼氏さんに軽くけなされたらしい。なるほど。……なぜその人選が私なのかはわからないが。
「私に? 教えてって?」
「うん」
「私、そんなに得意じゃないんだけど」
「でも最近スーパーでよく見かけるらしいじゃん」
「え? ……あー」
そういえば、最近友人の母とスーパーで遭遇したっけな。相変わらずお元気そうでよかった。……って、そうじゃなくて。
「自炊してるって話聞いたから、聞けばなんかわかるかなって思って」
「そういうことか……」
「ねー、教えてよー」
「別にいいけど……そんなに特別なものでもないよ」
「やった! じゃあ明日の夜泊まりに行ってもいい?」
「えっ」
友人の発言に耳を疑った。
「泊まりって、そんな、学生じゃあるまいし」
「えー、だめ? ひさびさに二人で夜更かししてお話したーい」
友人があまりにも楽しそうに語るものだから、私までそわそわしてきてしまった。あー、ちょっと楽しそうかも……。
「……あー、やっぱり図々しいよね、ごめん」
「いや、いいよ。明日、泊まりにおいで。」
「え! いいの!?」
「私も誰かとご飯食べたい気分にだったし。うち、狭くて申し訳ないけど」
「いやいや、え、本当にいいの……?」
子どもみたいに電話の向こうではしゃぐ友人が、ちょっとほほえましいくらいだった。
「うん。一緒に炒飯作って、おしゃべりしよ」
「するする! やったー! じゃあ明日ね!」
「はーい」
電話が切れると、急に静かに感じられて、なんだかちょっと寂しい。でも、明日のにぎやかさを思えば、それまでの辛抱だ。明日の夕ご飯のことを考えて、興奮する気持ちを押さえながら、その日はなんとか眠ったのだった。
「待った?」
「ううん、全然。久しぶりー!」
「久しぶり。元気そうだね」
「元気だよー。今日はありがとね」
「ううん、こっちこそ久々に会えてうれしいし」
翌日、仕事を終えて駅へ向かうと、友人はもう待ち合わせ場所に来ていた。行動力があるところは、前と変わらないらしい。
談笑しながら歩いていると、すぐに到着。楽しい時間があっという間に過ぎていくのは何だか久しぶりの感覚で、ちょっと心が若返ったみたい。
「どうぞ」
「おじゃましまーす」
友人は旅館にでも来たみたいにはしゃぎながら進んでいく。楽しそうで何よりだ。
「炒飯作るんでしょ。荷物置いたら戻っておいで」
「はーい」
友人は元気、というかちょっと幼い雰囲気をまとっていて、まるで子供の世話をしているみたいだ。この住処も、友人の存在だけで随分にぎやかに感じられる。
「ていうか、なんで炒飯にこだわってるの? 他のもので勝負すればいいじゃん」
「んー、なんか逃げたら負けな気がして嫌だったから」
「あー、なるほど」
わかるわ。ここで諦めたら負けた気がする、みたいな。前に私がお水と格闘した時みたいな気持ちなんだろうな。
「じゃあ、作っていきましょう」
「はい、先生!」
ノリノリな友人の姿に笑みをこぼしたところで、私はスンと表情を消した。
「ご飯……」
そうだ、ご飯を炊いていない。朝、家を出る時にバタバタしていたから、炊飯器をセットしておくのを忘れてしまったのだろう。
「ごめーん、冷凍ご飯でもいい?」
「全然気にしないから大丈夫。むしろ急に押しかけてごめんね」
「いやいや、そこは私も楽しいからいいの」
お互いにペコペコ頭を下げて、なんか変な気分だ。私たちは赤べこだったのか。
冷凍ご飯を電子レンジに入れてチン。電子レンジって本当に偉大な文明だ。
「ご飯を温めている間に、具材の準備をします」
そう言いながら取り出してきたのは、ネギ。
「小口切りわかる?」
「家庭科満点の人間だから問題なし」
「炒飯に馴染むようにお祈りしながら、うすーく、うすーく切ってね」
「何それー、おもしろすぎでしょ。おっけー、了解した」
友人は笑いながらも、慣れた手つきでネギを切っていく。危なっかしいと言われた私の包丁さばきとは正反対だ。……あれ、もしかして私より料理ができるのでは。
友人が包丁でリズムを奏でていると、レンジがピーと鳴る。そうしたらご飯を裏返して、もう一度温める。ムラがあるとよくないから。
それが終わると、次の材料の準備に取り掛かる。……はずだった。
「……待って、お肉もないんだけど」
「まじ? あー、なんでさっき買い物してこなかったんだろ」
「私も完全に忘れてたわ……」
冷蔵庫の中に、まさか肉がいないなんて。このままでは肉無し炒飯だ。それは困る。必死に冷蔵庫の中を漁っていると、そこに救世主がいるのを見つけた。
「お肉ないから、ハムでもいい?」
「ハムは肉だよ?」
「そうだった」
代打、ハム。君がいてくれて本当に助かった。パッケージを開けて、ネギを切り終えたまな板の上にスタンバイさせる。
「切り方、適当でいいよね?」
「うん。ハムは引きながら切ると切りやすいらしいよ」
「へー、さすが先生」
「お母さんの受け売りだけどね」
教える側らしく、ちょっとした情報を挟んでいくスタイル。……これでさっきまでのミスを挽回できたりしないかな。なんて考えていると、友人がふとこんな風に話し出した。
「なんか、迷惑かけといてこんなこと言うのおかしいけどさ、もっと計画的な人かと思ってたわ」
「あー、確かに。前はもっと念入りに準備してたな。最近は仕事とかでバタバタしてたから、色々と、ちょっと手抜きになってるかも」
「もう暢気に暮らしてたあの頃の学生じゃないってことね」
「そういうことにしといて」
友人は、ちょっと嬉しそうに微笑んでいる。知らない自分を知られるというのは、なんだか照れるな。
ちょうど友人が包丁を置いたところで、電子レンジが再びなった。うん、良い感じに温まっているようだ。ご飯を電子レンジから取り出したら、コンロにフライパンをセットする。
「火をつける前に、ご飯を入れます」
「はーい」
「その上に、マヨネーズをのせます」
「ご飯にマヨネーズ……」
私の指示に、友人はちょっと嫌そうな顔をしている。
「はい、やって」
「うわ……。マヨラーでもない限り見ないと思っていた光景を目の当たりにして困惑しております」
「大丈夫、大丈夫。もっと入れて」
「えっ、あ、ああああ」
友人の手に重ねてマヨネーズを絞り出していく。残念ながら、ここは少女漫画の世界ではないので、キュンとかはない。聞こえるのは友人の慌てた声と私の笑い声だけだ。
「け、結構入れたね」
「これがね、いい仕事してくれるのよ。パラパラの秘訣」
「こ、これが、パラパラの秘訣……」
友人は相変わらず変な顔をしていて、気を緩めたらまた吹き出してしまいそうだ。戸惑っている友人に菜箸を渡し、ご飯をほぐしながら混ぜていくよう指示する。
「あー、混ぜたら、ちょっとはまし? いや、そんなこと……」
「はい、気にしない、気にしなーい」
「ううううう」
「頑張れ、頑張れ」
私が背中から応援の声をかける。友人の菜箸を持つ手は、心なしかちょっと震えてきている気がする。とてもおもしろい。
「ご飯を一粒一粒コーティングする感じね」
「できた、はず」
「うん、良い感じじゃん」
地味だけど大事な仕事を友人に任せ、私は後ろで待機。とっても順調そうだ。そうしたら、ここでやっと火をつけ、ご飯を炒めてもらう。
「おー。既にちょっとパラパラ感?」
「ね、いい仕事するでしょ」
友人は思わぬ効果に目を輝かせているようだ。その間に、私は卵を取って来ておく。
「そろそろネギとハム入れようか」
「はーい」
ネギとハムを加えて、さっと炒め合わせる。友人は、米粒を潰さないように、うまく混ぜているみたいだ。お母さんは木べらで炒めていることもあったけど、私がそれをやったら大変なことになったので、それから木べらは使わなくなった。まったく、菜箸様様だ。
「そうしたら、フライパンの上半分に寄せてー」
「こう?」
「そうそう。で、ここに卵を割ります」
「よっと」
準備しておいた卵を渡すと、友人はいたって自然な流れでそれを片手で割った。
「わー、器用だね」
「えへへ。両手洗うの面倒だから極めたの」
「あー、そういうところ変わんないね」
そう言う友人は、今回全く手が汚れなかったらしい。本当に器用な人だ。……やっぱり、私に教わる必要なかったのでは。
フライパンに割り入れた卵の黄身を崩していく。本当は半熟くらいの方がいいんだろうけど、今日のお題は「パラパラ炒飯」とのことなので、パラパラ度優先で調整していく。
「そろそろご飯と混ぜていいかな?」
「いいと思う。あ、鶏がらスープの素と塩コショウ、ここ置いとくね。最後に入れてー」
「あいあいさー」
こういう共同作業は、ちょっとどきどきするけど、わくわくだ。友人も、今にも鼻歌を歌い出しそうなくらいご機嫌な様子。新婚夫婦じゃあるまいしね。
「出来た?」
「うん、完成だね」
「やったー!」
友人の歓喜の声に、思わず笑みがこぼれる。誰かと一緒に手料理を食べるなんて、いつぶりかな、と慣れない感覚でお皿を二枚出す。最後の工程、盛り付けだ。
「おお、パラパラだ……」
フライパンからお皿へ零れ落ちていく米粒が、まるで黄金のように輝いている……というのは言い過ぎかもしれないが、お手軽な工夫にしてはとってもいいパラパラ具合だ。これなら、友人の彼氏さんも満足してくれるのではないだろうか。
炒飯が盛り付けられたお皿が、るんるんな気分の友人によって運ばれていく。私って、いつもあんな感じなのかな。他の食器を二つずつ揃えて、私もその背中を追う。
「いただきます」
「いただきまーす!」
二人でしっかりと挨拶をして、レンゲを握る。いつもだったら適当なスプーンで食べてしまうのだけど、今日はゲストがいるので、眠っていたレンゲのお出ましだ。これを機に、今度からちゃんと使ってあげよう。
「んー! おいしー!」
美味しそうな表情で声を上げる友人を見て、私も満足だ。
さて、私も味に集中しよう。うーん、ご飯がとってもパラパラ。口の中でほぐれていく。これぞ炒飯って感じだ。シンプルな味付けだけど、私的にはこれが最高なんだよね。マヨネーズのおかげでコクがあるのも、とってもいいと思う。
「ごちそうさま!」
「ごちそうさまでした」
友人も、私に負けないくらいのスピードで完食していたらしい。その満足げな表情を見る限り、私のやり方はご期待にそえたようだ。
「いける。これなら間違いなく落とせるわ」
「それならよかった」
「うん。絶対虜にしてくるね」
そんな会話をした後は、もうただの女子会だった。二人とも翌日が休みだということで、調子に乗って夜通し喋り明かしたら、次の日、二人してへとへとだった。それにはもう、本当に笑ってしまった。私たちはもう、あの頃みたいな元気な学生じゃないってことだ。
そして後日、友人から彼氏と炒飯を食べている写真が送られて来た。うんうん、二人とも美味しく食べてくれたようで、よかった。でもさ。
「新婚夫婦じゃあるまいし」
そう突っ込みながらも、久しぶりに友人と一緒に食べたご飯を思い出して、私は胸が再び温まる思いだった。
今回のレシピ→https://youtu.be/04-60yesTlo