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Vol.4 ささみチーズとなすの梅照り焼き

 「最近太った?」と同僚に聞かれて、私はぴしりと体をこわばらせた。


「うーん……そんなに変わったかな」


 風呂場の鏡の前でくるくる回転しながら、自分の体型をまじまじと観察する。確かに、言われてみれば、あご周りのお肉がついてきたような、そうでもないような……?


 いや、現実逃避するのはやめよう。さっき体重計で確認した数値からは、もう逃げることはできないのだ。


「ううー、やっぱり太ってるんだ……」


 何が原因だったんだろう。睡眠不足ではない。食べ過ぎ……は否定できないかも。だって、仕事したらお腹がすくし。個人的に、良い睡眠の秘訣は、夕ご飯だから。振り返ってみれば、最近の夕ご飯の時間は不規則だったから、生活リズムの崩れのせいかもしれない。じゃあ、そもそも会社が悪くない? だって、夕ご飯の時間がずれ込むのは、だいたい残業のせいじゃない。そもそも、その残業のストレスが原因では?


 と、徐々に腹が立ってきた気持ちをなんとか抑え込む。いけない、乱れ切っている。身体だけじゃなくて、心まで乱れているわよ、私。綺麗な女は、心まで綺麗でいないと。


 そういうわけで、今日はちょっとヘルシーなメニューを選んでみようと思う。今日は幸い定時で上がりだったので、スーパーでヘルシー食材を探してきた。そして、出会ってしまった。


「ささみって、あんまり食べてないな」


 ささみを購入することに、戸惑いはなかった。迷いなくかごに入れ、店内の散策を続行する。すると、調味料コーナーで馴染みのないものを見つけた。


「梅ペースト?」


 実家では、あまり見かけなかった気がする。いや、何度か揚げ物で使っていたかもしれないけど、冷蔵庫に常備されていたわけではなかったはずだ。チューブなら一度で使い切らなくても問題ないし、ちょっと挑戦してみようかな。なにより、私の直感がビンビン告げているのだ。これは美味い、とね。


 早速家に帰って調理を始めよう。と、その前に、まずは冷蔵庫の確認だ。


「大葉は絶対合う。間違いない。」


 隣のおばさんから貰った大葉は、まだ備蓄がある。近いうちにまた貰うかもしれないから、早めに消費しておこう。私が大葉大好き人間っていうのもあるけど、おばさん、良い人だしね。


「あ、ささみとチーズって響きがいい。合うな。使おう」


 ささみとチーズは、お惣菜とかでよく見かけるコンビな気がする。なんであんなに相性がいいんだろうってくらい美味しくて困る。名コンビだよ、まったく。


「あとはー、あ、なすも案外いけるかな……?」


 なすも大好きだ。食べると夏って感じがする。焼いても良し、揚げても良し。なんかもう料理名に「なす」って入っているだけでひかれちゃうくらい好き。


「よし、こんなもんでしょ」


 冷蔵庫を物色し、いくつか材料を追加したところで、仕切り直しだ。


 取り出した大葉は、いつも通り、水でさっと洗う。水切りも忘れずに。次になす。手で額を取ってから、水洗いする。額の下に汚れが残っているのが気に食わないので、私はいつもこのやり方だ。洗ったら、へたを切りおとして乱切りに。乱切りって、なんだか剣を使うキャラの技名みたいで、ちょっと面白い。


 それから、ささみも取り出す。筋の取り方を調べるのも面倒だったし、今日は筋なしのささ身を準備した。ささみには筋があるっていうのは、お母さんに教えてもらった、気がする。いや、おばあちゃんだったかな。まあ、どっちでもいいや。まな板の上に並べたら、ささみの上にラップを敷いて、ささみを掌の付け根で叩いていく。合言葉は、優しく、均一に。力加減には気をつけないと、ラップが破けてしまうかもしれないので注意だ。なんで知っているのかって? 聞かないでよ。


 ささみが良い感じに伸び切ったら、大葉を一枚丸々のせる。その上に、スライスチーズを半分にちぎってのせる。そうしたらぐるぐる巻きの刑だ。チーズがはみ出ると、溶け出てもったいないことになるので、きっちり、慎重に巻いていく。


 フライパンにサラダ油を入れ、中火で熱する。……今日はちょっと油を少なめにしておこうかな。いや、でもなすは油多めのほうが味が染みるし、とろーんってしておいしいし。うん、そういう細かい配慮は明日からでいいや。


 あたたまったら、ぐるぐるの刑に処したささみを並べていく。この時、巻き終わりを下にしておくと、ちゃんとくっついていい感じになるのでおすすめだ。空いたスペースになすも投入しておく。


 油のぱちぱちとはじける音が心地いい。料理の油を考え出した人って、本当に天才だと思う。同時に、女子の体型の敵であることも重々承知だけれど。まあ、ささみでちょっとヘルシーになっているし、なすっていうお野菜も食べるわけだし、今日くらいは許されるでしょ。


「ああああ、チーズこぼれてきてる……」


 良い色になってきているなー、と思ってぼんやり眺めていたら、見つけてしまった。くそ、失態だ。巻きが弱かったか? いや、そもそも手でチーズを割いた時のバランスが悪かったのでは? ごめんね、こぼれちゃったチーズ。こんな私を許しておくれ。


 ほどほどに懺悔したところで、味付けをしていく。今日は、酒、みりん、醤油で甘辛く照り焼きだ。家にある調味料だけで出来ちゃうから、本当に便利な味付けだ。そこへスーパーで買ってきた梅ペーストを絞り出していく。初めてまともに使うものの目分量ってちょっと不安だけど、大丈夫かな。


 そんな不安をかき消すように、フライパンの中では素敵な音が奏でられている。じゅくじゅく、ぱちぱち。うん、良い匂いだ。美味しそう。


 しっかり味が染み込んだのを確認して、お皿に盛りつける。今日は、白っぽいお皿にしてみた。特に意味はない。梅おかげで色の鮮やかさが目立つかなーと思ったけど、ほとんど照り焼きの茶色になってしまった。


「でーきたっと」


 我ながら悪くない出来だと思う。ささみはヘルシーなうえに食べ応えがあると聞くし、旬の野菜も入っている。完璧な計画では? これはますます期待できる。


 見ているうちに、なんだか照り焼きの照りも良い感じに思えてきた。思ったより、見栄えがいいかも。


「写真でも撮ってみようかな」


 ふとそう思い立って、スマートフォンをとってきた。ピントを合わせて、パシャリ。


「……センスないわ」


 前から気づいていなかったわけではなかったけれど、私はこういうのはからっきしらしい。うまく撮れたらSNSにでも投稿しようかと思ったけど、これはダメだ。全然この料理の良さが引き出せていない。まあ、SNSに投稿しても料理できる女アピールだと思われちゃうかもしれないし、とりあえず記念撮影くらいにはなったし……案外これでよかったのかもしれない。


 すると突然、ぐうう、とお腹が鳴った。どうやら、私の体はもう待ちきれないらしい。ここには自分しかいないのに、何故か顔を赤らめてしまって、おかしな気分だ。早く食べよう、と急く気持ちと顔のほてりを何とか落ち着かせ、席に着く。まずは、手を合わせて、挨拶だ。


「いただきます」


 豪快に、ささみチーズをガブリ。大葉と梅の風味が口いっぱいに広がって、幸せで満たされる。ささみって、もっとパサパサしているのかと思ったけれど、しっとり柔らかく焼き上がっていて、いい感じだ。しかも、チーズがとろーんと溶け出てくるのは、出来たての特権だ。手作りしてよかった。これはご飯が進む。


 次に、なすに目がいく。こっちもつやつやてりてりの照り焼きで美味しそう。箸でつかんだだけで、なすのじゅわっとやわらかい感触が伝わってくる。そして、念願のそれをパクリ。口の中でとろける。最高。


 にやけながらも、完食。美味しかった。


「ごちそうさまでした」


 食べてみて思ったけど、梅ペーストは自分の好みに合うかも。今度から冷蔵庫に常備しておこうかな。それと、ささみも想像していたよりずっと美味しかった。ポテンシャルが高くて、他にも美味しい料理を探してみたくなるお味だった。あと、やっぱりなすも強かった。旬のお野菜ということも相まって、今の時期のなすの料理は無敵だ。揚げなすに、お浸し、麻婆なす、焼きなす……もっといろいろ食べたくなってきた。


 今日の夕ご飯についてあれやこれやと考えを巡らせ、やっぱり美味しかったと感嘆のため息が出たところで、私はピタ、と動きを止めた。


「ダイエット、しなきゃなあ……」


 思い出したようにつぶやかれた一言に、箸がカランと音を立てた。

今回のレシピ→https://youtu.be/Js9BD7cDbK8

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