Vol.3 ミートチーズパスタ
何故かわからないけど、同僚にフラれた、みたいな感じになった。いや、全然そんなことないけど。気にしてなんかないけど。
嘘だ。やっぱり悔しい。これっぽっちもあの男に興味なんてないけど、なんか悔しい。
私の彼氏はね、イタリアンに連れてってくれるの。別に、高級じゃなくていいもん。安くたって、一緒に「美味しいね」って笑い合いながら食事が出来れば、それだけでパーフェクトなの。……まあ、彼氏いないけど。
そういうわけで、今日の夜ごはんはイタリアンにしようと決めた。イタリアンといえばピザ、と言いたいところだけど、さすがにそれは作る気がしないから、パスタにした。
パスタといえば、と考えて一番に思い浮かんだのは、ミートソースだ。
「いや、ミートソースってそのへんのファミレスでも食べれるじゃん……」
おしゃれ感が激減。イタリアンのレストランなら、もっとおしゃれな味付けだろうに。しかし、一度考え始めたら、あの少し幼いトマトの味がよだれを誘う。もう逆らうことは出来ない。
買い物をし、帰宅して時計を確認すると、もう八時半を回っていた。しまった、同僚との雑談もそれなりに長かったのに、今からパスタを作ろうだなんて。そう思いながらも、買って来た材料を買い物袋から取り出し、並べていく。そうしているうちに、またよだれが湧き出て来た。
「……よし、やるか」
フライパンをコンロにセットする頃には、私はすっかりやる気を取り戻していた。私って、本当にちょろいな。いいの、いいの、と自分で言い聞かせ、早速料理に取り掛かる。そう、私は今日、パスタを食べるって決めたんだから。
まずは玉ねぎ。ラップにくるんでしまってあった、使いかけのやつだ。切る……のは面倒だから、すりおろしちゃおう。ほら、すり下ろしたらなんか甘くなる気がするし。フライパンにすりおろした玉ねぎをそのまま入れていく。洗い物も減ってらくちんだ。
続いて、豚挽き肉。本当はスーパーで合いびき肉を買おうとしていたのだけど、ふと冷蔵庫に残っているのを思い出した。先に使って欲しくて、記憶の底からひょっこり顔を出したのかもしれない。よかろう、今晩のお相手は貴君じゃ。肉を玉ねぎの上に投入したら、にんにくチューブをしぼり、油を少し注いで、フライパンを火にかける。チューブってやっぱり便利だ。
今日はトングを使って混ぜていく。トングって、なんだかおしゃれで特別な響きがする。私だけかもしれないけど。箸じゃなくて、トングとか、フライ返しとか、泡だて器とか。子どもが特別な時にだけ出て来るものに目を輝かせるみたいな、多分そんな感じ。
肉の塊を崩しながら、玉ねぎと混ぜつつ炒めていく。うん、良い感じに色が変わって来た。そうしたら、今度はケチャップの出番だ。
本当は生トマトでちょっとおしゃれな雰囲気を醸し出そうと思っていたのだけれど、失念していたことに、我が家にはトマトがなかった。てっきりあるものだと思っていたから、買ってこなかったのに。そういえば、この前全部使っちゃったじゃん、と後から思い出してしまうのはいつものこと。それから棚を覗き込んでみたが、運悪く、いつも使うトマト缶も切らしていた。
「うーん、何か別の物……」
と、そこで白羽の矢が立ったのが、このトマトケチャップというわけだ。原料一緒だし、いける、いける。あ、いつもトマト缶が半分余って困るんだから、そういう点でもちょうど都合がいいか。ケチャップを入れたら、コンソメ、塩コショウを加える。それから、お水を入れる。お水は、ちょっと多めに、がポイントだ。
そしてようやく出番が回って来たパスタ。適量がわからない人間だから、束になっているやつが楽で、いつも買ってしまう。毎回計るのも面倒だしね。とってもおすすめ。パスタは半分に折ってフライパンにどぼん。ここでパスタを全て煮汁に浸すのが重要だ。お水を多めにしたのも、これのため。
一度蓋をして、タイマーをセット。麺がでろんでろんになったらかわいそうなので。
私は、時々パスタをほぐす派だ。初めてパスタを一人で作った時、最後に蓋を開けたら麺がすべてくっついていた。それが随分ショックだったから、この工程だけは欠かせないのだ。
何度かほぐしながら待っていると、タイマーが鳴る。よし、麺はいい感じ。最後に、ちょっとだけ贅沢を。
「チーズとミートソースって、最高だよなー」
そう独り言をつぶやきながら、冷蔵庫にしまってあったとろけるチーズをちぎってフライパンの中で温められているパスタの上に並べていく。一枚だとなんか物足りない気がするから、今日は二枚使っちゃおう。うわー、贅沢だ。
それから、もう一度タイマーをセット。待っている間に、盛り付けのお皿を準備しよう。白い色のお皿も良いけど、今日は濃い色のお皿で食べたい気分だ。女友達とのランチのカフェではなく、デートのイタリアンレストランというのが今日のコンセプトだ。というわけで、落ち着いた色味のブラウンをチョイス。
さっきから、ちらちらフライパンを見るのが止められない。水蒸気でぼんやりしているけれど、良い色合いになっているのは間違いない。楽しみだ。
そしてようやく、タイマーが出来上がりを告げる。待ってました、と言わんばかりに私はすぐに蓋を開けた。とろけたチーズをみて、やっぱり美味しそう、と私の顔もとろけてしまいそうだ。にやける顔を何とか抑えて、盛り付けを進める。最後に黒コショウをかければ、完成だ。
いつものように夕ご飯の支度を終えて、腰掛ける。ちなみに、今日のドリンクはオレンジジュースだ。イタリアンだなんだと散々言っていたくせに、無性に子どもっぽい食事をしたくなって、結局スーパーで買ってしまった。たまには、悪くないはずだ。
「いただきます」
パスタをフォークで巻いて、口へと運ぶ。
「んー!」
もはや言葉にならない。トマトが入っていないと物足りないかと思ったけれど、ケチャップでも十分だ。ケチャップって、思ったより才能があるのかもしれない。追加したチーズも、良い感じにとろけていて美味しい。とっても満足だ。
「ごちそうさまでした」
あっという間に完食した。本当に、大満足の一品だった。これだけ美味しいものが作れれば、良い女を逃したと思わせられるかもしれない。ざまあみろ。……別に同僚と付き合っていたわけじゃないけど。
「……彼氏ができたら、こういうご飯、作らなくなっちゃうのかな」
洗い物をしていると、ふと、そんな言葉が口をついて出た。確かにそうなるのかもしれない、と考えると、少しだけ寂しい気もした。
と、思ったのもつかの間。だって、彼氏なんてそう簡単にできるものでもないし。というか、作る気もないしね。今は、ちょっぴり自堕落な生活をゆるされたい。うん、一人暮らしの間は、私のためのご飯を精一杯楽しもう。そう思い直し、洗い物をしながら明日の食事について私は頭を巡らせるのだった。
今回のレシピ→https://youtu.be/841h8HbotxY