Vol.1 トマツナそうめん
どうも、星野紗奈です。
先日、素敵なシリーズものの動画を見つけて、小説を書きたい衝動にかられました。
そしてなんと!! 公式様から作品投稿の許可をいただきました!!
衝動で連載しないって言ったのは誰だっっけ()
とりあえず、毎週投稿できるよう頑張ってみます。
よろしくお願いします!
「……暑い」
夏だ。夜なのにまだ暑い。ありえない。帰宅して、とりあえずエアコンをつける。
「もう九時じゃん」
時計を見て、思わずそう呟く。残業ってほんと憎い。でも、私よりきつい人なんてごまんといるはずだ。サービス残業にならないだけまだましなのかも。いや、でもやっぱり憎いものは憎い。
「……ご飯食べよ」
明日は土曜日、休日だ。ご飯を食べて、シャワーを浴びて、ぐっすり寝て、ぐうたらしてしまおう。うん、そうしよう。
夏、といえば。やっぱり、そうめんだろう。食欲がなくても食べやすい。……というのは建前で、実家から送られて来たそうめんを夏のうちに食べきってしまいたい。夏を過ぎたら、お役御免でそのままさよなら、になってしまう気がする。それはもったいないから避けたい。そう考えながら、そうめんを台所に置く。
「でも、めんつゆでそうめん食べるの、正直飽きたしなー」
疲れているのか、独り言をつぶやきながら、今度は冷蔵庫を開ける。
「トマト最後の一個だ。あとはー……あ、大葉あるじゃん」
うん、相性は悪くなさそうだ。料理は得意じゃないけど、多分どうにかなる、はず。大葉は……四枚くらいで足りるかな。「大葉育ててるんだけど、私あんまり食べなくてー」と隣のおばさんから貰っていたものが、まさかこんなところで役に立つとは。それにしても、なんで食べないものを育てているんだろう……?
「んー、まだ足りない気がする。あと一個ぐらい、何かないかなー」
悩みながら棚を漁っていると、奥からツナ缶が出て来た。……いつ買ったっけ? 存在を完全に忘れていたらしい。賞味期限は、平気か。これも使っちゃおう。
大葉を軽く水で洗う。水気はしっかりきること。お母さんによく言われた。私もぐちょぐちょはいやだ。お弁当に冷凍食品を入れて自然解凍させたときのあの野菜のぐちょぐちょ感、本当に許せなかった。お母さんが大変なのもわかるから我慢して食べていたら、あっさりばれたんだよな。「お母さんもあれ嫌いなのよねー」って、じゃあなんで娘の弁当に入れるのさ。自分が嫌なことは人にしちゃいけないんでしょ。
トマトも軽く水で流して、水を切る。ミニトマトも好きだけど、大きいトマトはなんか贅沢な感じがしてもっと好きだ。安くなっているとつい買いたくなっちゃう。
大葉をまな板にのせ、最初に軸を切る。それからぐるぐる巻いて、千切りにする。これも、昔お母さんに教えてもらった。巻く方向にはいつも迷うけど、まあ、多分こっちでしょ。
「あー、良い匂い」
大葉を切っているときの香りって、素敵だ。げんなりしていても、食欲が湧いてくる気がする。
今度はトマト。へたを取って、芯をくりぬく。包丁の使い方が下手糞すぎて、よく「危なっかしいから離れてて」って言われたな。今は、……少しはましになっているはず。大丈夫、大丈夫……と自分に言い聞かせながら、一センチ角ぐらいに切っていく。「適当でいいよ」とはよく言われるけど、料理の適当って加減がわからない。お母さんに教えてもらっていた時は、それでよく困らせちゃったな。
「あ、お湯」
沸かしていなかった。鍋に水を入れて、火にかける。コンロの火をつける音を聞くと、料理が始まったような感じがする。試合のゴングみたいな。
お湯を沸かしている間に、ツナ缶の汁を切ってしまおう。缶詰とか、缶ジュースとか、缶を開けるのは苦手で、家族に任せきりだったな。だって、不器用すぎて、加減がわからないんだもん。破裂させたらいやだ。……今はもうさすがに大丈夫だけど。
お湯は、……まだ沸騰していないみたい。先にお皿を準備しよう。意気揚々と取り出してきたのは、ごく普通の、どちらかといえば和風よりのお皿。はっきり言って、地味。でも、この地味な感じがたまらないのだ。ものを選ぶとき、よく「ばばくさい」とは言われたけど、このいかにも実家にありそうです、みたいなデザインが私は好きだ。
めんつゆを少しお皿に注ぐ。そこへごま油を投入。ごま油の匂いがまた一段と食欲をそそる。うん、この二つを混ぜれば、間違いないだろう。でも、これだとちょっと濃いかな?
「水……」
水道とお皿の間の絶妙な距離。計量スプーンとかでいけるかな……いや、それだと途中でこぼす? うーん、迷う。……いや、いける。私ならできる。
「あっ」
いけなかった。手前でこぼれてしまい、水はお皿に着地できなかった。悔しい。こぼした水を拭いて、再チャレンジ。「お皿を近づければいいじゃん」とか、そういうのはなしだ。ここでやめたら、なんか負けた気がするから。
「……よし」
今度はちゃんとできた。安心したところで、ぐつぐつという音が耳に入ってきた。お湯が沸いたみたい。いよいよ主役の登場だ。
鍋の蓋を開けると、湯気がぶわっと広がる。
「あつい!!」
思わず大声で叫びそうになって、なんとか小声におしとどめた。あつい。近づきたくない。でもご飯のためには、やるしかないのだ。
そうめんを袋から取り出す。一人前でいいのに、残りをしまおうとしたら全部飛び出してきた。「私たちも食べて」って? 一人暮らしに無茶でしょ。そのうち消費するから、待っててってば。一人前と言いつつ二束出しているのが許せなかったのかな。仕方ないでしょ、これがベストな量なんだから。
苦戦しながらもそうめんの帯をはずし、タイマーも準備完了。そうめんを一気に鍋へとダイブさせる。タイマーのスイッチを忘れずに押して、箸ですぐにほぐす。こうすると、麵同士がくっつかなくなるらしい。あとは放置。
謎に時間が空くと、動くものに目がいってしまいがちだ。そして、意味もなくそうめんを箸でつつく。動いていなければ動かせばいいのだよ。あまりいいことではないけど。しばらくすると、そうめんがイソギンチャクみたいに踊り出してくる。いや、イソギンチャクが動くところなんて見たことないんだけど。
「あ、やば、ざる出してない」
こんなことをしている場合じゃなかった。慌ててざるをシンクにセットする。これを忘れたら、そうめんもぐっちょぐちょ、私も涙でぐっちょぐちょだ。
ちょうど良いタイミングでタイマーがなる。ちょっとうるさい。夜は静かにしなきゃだめでしょ。
鍋を持ち上げ、シンクの方までそーっと運ぶ。もうこぼしたりはしない。ざるにそうめんをあけ、水でしめる。小さい頃は、水を当ててそうめんを冷たくしたいだけなのかと思っていた。ちゃんとぬめりをとるっていう意味があるんだってね。
最後に、水を切る。こういう時の水ってずーっと垂れてくるから、どこで切り上げようか迷っちゃう。あ、こういうの見てると、ゴールデンドロップを思い出すなー。紅茶のティーバッグとかから滴る最後の一滴に旨味が詰まってて、それをゴールデンドロップって呼ぶらしいんだけど……って、なんでこの暑い中アツアツの紅茶の話をしているんだ、私は。
いよいよ最終工程だ。そうめんをお皿に盛りつける。もったいないから、一本もざるに残さない。それから、たれ? 汁? なんかよくわからないスペシャルな液体とそうめんをあえて、いい感じの茶色にする。……「いい感じの茶色」って、何。自分で考えてちょっと困惑したわ。トマトをのせて、ツナをのせて、大葉をのせる。あ、ごまも足しちゃおう。
「でーきた」
お皿を両手で抱え、テーブルへと運ぶ。匂いが既に美味しそう。それから涼し気なグラスと、麦茶も持って来て、と。一度席に着いたら、「あれがなかったー」とか立ち上がりたくないタイプなのだ。……あ、あと箸もか。一番忘れちゃいけないものを忘れていた。
全部揃ったら、椅子に座り、手を合わせる。
「いただきます」
いけない、声がちょっとにやついていた。多分顔もにやにやしている。我ながらちょっと気持ち悪い。まあ、いいか。だって一人暮らしだもの。
そうめんと上にのっている具を豪快に混ぜる。まるで怪獣に荒らされているみたい。だけど、これが一番おいしい食べ方なのだ。外で食べる時は、周りの目を気にしてしまうからあまりやらないけど、一人だと思う存分混ぜられるのが嬉しい。
一口ほおばる。そして目をカッと見開く。
「うまっ」
思わずそんな言葉が跳び出た。やだ、私、天才かもしれない。これを食べたら、誰だってそう思うに違いない。いや、先にやっている人絶対いるだろうけど。
箸が進みすぎる。止まらない。夢中で食べていたら、麺が先に尽きた。こういうの、ありがちだ。でも具だけでも美味しい。多分ツナがいい感じにお腹にたまるんだと思う。
「ごちそうさまでした」
あっという間に完食した。それはもう、今なら早食い選手権で優勝できるんじゃないかって思うくらい。美味しかったの一言に尽きる。
お腹が膨れると、今度は急に眠気が襲ってきた。このまま寝落ちはまずい。
「とりあえずお風呂は入りたい。洗い物は、うーん、……いいや」
洗い物は、そんなに多くないし、明日の朝にやろう。たまには、ほどよく手を抜かないと。今日はお風呂に入って、歯磨きして、寝るだけ。うん、そうしよう。
そうと決まれば、早速お風呂だ。私は椅子から立ち上がり、食器をシンクに置いて、歩き出した。
今回のレシピ→https://youtu.be/p-VH-gxAmPg