当日に間に合わなかったメイドの日SS
時間軸は「他人事」以降です。
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「ねえちーちゃん、アンドレアナム家にいた時のメイド服ってまだ持ってる?」
ある日の事、トキワは命にメイド服の有無を確認してきた。
「メイド服なら村に帰る前に返却したよ」
アンドレアナム家の使用人達の服はオリジナルデザインで、盗難による悪用を防ぐ為に屋敷外に持ち出す事は禁止されている。シンプルだけど洗練されたデザインで命は気に入っていたが、村に帰って着る事も無いし、荷物になるので、特に未練なく返却した。
「そんな…メイド姿のちーちゃんすっごく可愛かったのに…もう見れないの?」
「そう言われても…」
この世の終わりのように愕然とする恋人に命はやや引きながらも、忙しくも充実した学生とメイドの二重生活を懐かしみ口元を緩めた。
「あ、そういえば毎年撮ってる集合写真があるけど…見る?」
「見る!」
毎年アンドレアナム家に写真屋を呼んでホールで伯爵とエミリアと使用人全員で集合写真を撮影して、人数分現像して配られるのだ。
家に入り階段を上り自室に向かう命の後をトキワは鼻息を荒くしてついて行った。
「ちょっと探すから待ってて…て、私の部屋で深呼吸しないで!」
「いやあ、良い匂いだからつい。あ、探すの手伝うよ」
「いいから何もしないで!」
手伝うと言いながらタンスを開けようとするトキワに命は鋭く睨みを効かせ、椅子に座らせてから、記憶を辿り写真の捜索を行う。
「あった!懐かしいなあ」
猫のパッケージが可愛くて気に入っていたお菓子の空箱に当時やり取りした手紙と一緒に写真が入っていた。命は懐かしそうに写真を手にベッドに腰を下ろした。トキワも待ちきれず隣に座った。
「うーん、最強に可愛いけど首から上しか写ってない…」
集合写真だった為、背の高い命は後ろに並んでいたので、首から下は前列の先輩メイドで見えず、メイドキャップを被っているので、辛うじてメイド姿と確認できた。
「話は聞かせてもらったわ!」
メイド服姿は諦めて、折角命が部屋に入れてくれたから押し倒してイチャつこうかとトキワが不埒な事を考えていると、突然祈が部屋に乱入して来た。
「私もちーちゃんのメイド姿が見れなくってとても悲しいと思ってたの。でも大丈夫!メイド服ならあるから!」
「流石祈さん天才!」
祈が差し出したメイド服はフリルたっぷりのエプロンと胸元が白く大きく開いたパフスリーブが可愛らしい、黒いミニワンピースの組み合わせのメイド服だった。命が着ていたアンドレアナム家のメイド服と違い露出度が高く、とても使用人が着るような物ではなかった。
「…何でそんなの持ってるの?」
「そりゃあ…マンネリ防止に時々着るから」
「そんな事に使ったメイド服なんて着たくない」
「大丈夫!これはまだ着てないやつだから!トキワちゃんも見たいよね?ちーちゃんのメイド服姿!」
こくこくと頷くトキワを味方に付ける姉に命は渋い顔をする。こんなに短いスカートなんて着た事なんてないので、絶対着たくなかった。
「じゃあお姉ちゃんと一緒にメイドになろう!一緒に着たら怖くない!」
「…もう、分かった!」
少しでも羞恥心を減らして、メイド服を着て貰おうと必死な姉に押しに負けて、命は渋々メイド服を受け取った。
「やったー!ありがとうちーちゃん!ありがとう祈さん!」
飛び跳ねそうな勢いでトキワは喜びを露わにして、命から着替えるからと部屋を追い出されても、ご機嫌だった。祈も自分用のメイド服に着替えてから、命の着付けを手伝った。
「トキワちゃんに残念なお知らせがあります…」
沈痛な表情で祈がドアから顔だけを出した。残念なお知らせという発言にトキワは真顔になる。
「メイド服にちーちゃんの胸が収まらないので、この度は非公開となります…」
祈も胸は大きい方だが、命の方が幾分大きい。しかもこのメイド服は胸の上半分を露出するタイプなので、彼女には合わなかったようだ。
「そういうのも最高だと思うんだけど…駄目?」
己の欲望を隠さず、トキワは精一杯祈に懇願するも、苦笑されて首を振られた。
「ごめんね、可愛くおねだりしてるつもりみたいだけど、昔ならともかく、今は全然可愛くないから私には効かないよ。残念でしたー!」
まさか伝家の宝刀が使えなくなっているとは思わず、トキワは舌打ちすると、今度こっそり命のサイズに合わせたメイド服を買いに行こうと企てて、今回は大人しく引き下がる事にした。