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あの日ただ一人生き残ってしまった私は、アル村で残された家畜や畑を管理して暮らしていた。
旅人が村から居なくなって、しばらくは夜の無い日が続いていた。
が、ある日を境にまた夜がやって来た。
旅人が村から離れると昼夜は戻るという噂話は本当だったのだ。
あの時みんなで決めた事は正しかった。
村の掟を破ってでも旅人をこの村から離そうとしたのは間違いではなかったのだ。
その決断は失敗に終わったが‥。
私以外の村人が旅人に殺され消えたあの日、村中を駆け回り気付いた事がある。
村に建つ家のベッドが全て消えていた。
もちろん私の家のベッドもだ。
消えたのはベッドだけでは無かった。
村外れの家にあった調理台と竈門も持ち去られ、一部の家のドアも消え去っていた。
きっとあの旅人が、無人の村では宝の持ち腐れと思い全部の家を荒らし回り、ベッドや家具等を持ち去ったのだろう。
いや、正しくは全部の家ではない。
池に囲まれ崖に埋まる様に建っていた副村長宅だけは入り口が分からなかったのか、侵入された形跡が無かった。
確認するとベッドも作業台も無事だった。
私は今、副村長宅を住処として生活している。
一人で野菜を育て家畜を飼い、たまに空き家の掃除をして、いつか村を訪れるだろう新しい住民を待つ事にした。
その日は夕方から雨がザーザーと降り注いでいた。
ゾンビは雨が降ると昼間でも活発に動き出すので、危険を避ける為に雨が降り出すと同時に外での仕事を切り上げて家に帰って来ていた。
夕飯の時間には早すぎると、夕食作りを始める前にゆっくりとお茶でも飲んで一息つこうと準備していた時だ。
窓の向こうに鎧を身に纏った旅人の姿が見えた。
旅人は真っ直ぐに私が住む副村長の家に向かって来る。
なぜこの家に真っ直ぐにやって来るのか、それはこの家にしか灯りがないからだ。
他の家の灯りは街灯も含め旅人に持ち去られてしまっていた。
灯りもドアも無い家にはゾンビが住み着き、平和だったアル村は日中でも安全に歩けない場所と化している。
そんな中で旅人が唯一灯りのある家を目指すのは当たり前だろう。
雨で分かりにくいが、どうやら陽も落ちている様だ。
窓から見ていると旅人は数体のゾンビに襲いかかられていた。
だが、それを難なく剣で薙ぎ払う。
かなりの強者らしい。
まさかあの時の旅人なのではと、段々と不安になる。
とうとう家の前に立った人の気配に、私は足の震えが止まらなかった。
ギシギシと玄関先の木の板を踏む足音がして、ギーッとノックもなくドアが開く。
違う。
あの時の旅人と同じ鉄の鎧で武装してはいたが、現れたのは別人だった。
私は震える体を気力で抑え込み、掟通りに旅人への無関心を貫く。
旅人は視線を合わせず動きもしない私をチラッと一瞥すると、鎧のままブーツも脱がずに村で唯一のベッドにダイブした。
午前中の晴れ間に干してあった布団は、ふかふかでとても気持ちが良いだろう。
今夜はふかふかの布団で気持ちよく眠るつもりだったのに、最悪だ。
細やかな楽しみを奪われた私は、横になると一瞬で眠りについた旅人をただ睨みつけるしかなかった。
突然、旅人がベッドから起き上がった。
あ、まただ。
私は気付いてしまう。
さっきまで降っていた雨が止み、窓の向こうで空が明るくなろうとしているのが見えたのだ。
新たな旅人が現れ夜が消えた。
あの頃の夜がやって来ない日々を思い出して、私の胸はギューっと締め付けられる様だった。
また、始まるのか。
いつ昼夜が逆転するか分からない生活はもう耐えられないと思った。
あの時は村のみんなが居た。
お互いに愚痴ったりしながら旅人が去るのを待つ事が出来た。
旅人を観察するくらいの余裕もあった。
でも、もう誰も居ない。
私は村から去る事を考えていた。