第09話 勇者、究極の選択を迫られる
「どう考えても迂回するべきだ。危険すぎるし無駄な時間を食う」
「直進するべきよ。最短距離だし、危険と言っても噂程度じゃない」
パーティで旅をしていれば、どの道を通るかで意見が割れることもある。
単純に道を知らないから、という場合ももちろんあるだろう。だが迷子でなくても、何を重視するかでルートの選択はがらりと変わる。アルフレッドたち一行は今まさに、そういう議論で険悪な状態になっていた。
今日の喧嘩の当事者は聖女と弓使い。
普段は地理に詳しい道案内の提案に異議はまず出ない。ただ今回の場合、フローラの主張する迂回ルートが直進より三日も多くかかることが問題になった。荒れ地が続くのに、食料も消耗品も底をつきつつあったのだ。
「手持ちが心もとないからこそ、慎重に動くべきだろう」
「底をつく前に余裕を持って街に入るべきだわ」
「この付近は土着の魔物も多い。焦って最短ルートを行けば襲われる確率が高い」
「魔王を倒そうって私たちが、野良の魔物を恐れてどうするの!」
どっちの言うことも間違っていないだけに、余計に判断が難しい。アルフレッドたち残りの三人も、どっちを取るかで頭を悩ませてしまった。
(俺としては安全策の方がと思うんだが……でも姫様の言うことも、一理あるんだよなあ)
この付近は木の実一つ獲れない不毛の土地。マジックアイテムの補充どころか、わずかな食糧さえ手に入らない。物資をギリギリまで使うのは怖い。
(かといって、激しい戦いが続けばメシが無いどころじゃないし……)
戦闘が続けば消耗はあっという間だ。休憩すら取れずに敵中で身動きできなくなるとか……最悪だ。
そんなことをアルフレッドが考えているあいだにも、姫とダークエルフの言い争いはどんどんヒートアップしていく。
となると。
「私は姫の言うとおり、一刻も早く安全圏へたどり着けるよう強行突破すべきだと思う」
姫様命の騎士は積極派ミリアの肩を持ち。
「命あっての物種じゃない? 魔術の触媒だってあと何戦できるか分からないのよ」
姫に含むところがある魔術師は慎重派フローラにつく。
「迂回だ!」
「直進よ!」
言い争う人数が倍になり、余計にやかましくなったところで……メンバー四人が一斉に勇者を見た。
「…………え?」
「え、じゃないわよ。皆もう意見を言ってるじゃない」
「おまえはどっちがいいと思うんだ?」
「アル、あなたはどっちなの⁉」
「呆けている場合か! 今二対二だから、貴様の意見が今後を左右するんだぞ」
「俺の意見が!?」
傍観していたら、いきなり責任重大な立場になってしまった。
「きゅ、急にそんな事を言われても!?」
「は、や、く!」
「ほら、正直に言えアルフレッド」
「早く結論を出せ!」
「どう考えても答えは一つよね⁉」
「えええ!? そんな、俺に決めろって言われても……!」
出遅れたばっかりに、アルフレッドに決断が委ねられてしまった。
さっさとどっちかの味方についておけば、こんな貧乏くじを引く羽目にはならなかったのに……。
どんくさい勇者はミスを悟ったが、後悔してももう後の祭りだ。
「そんなことを言われたって……どっちかなんて、俺には決められないよ!?」
「何を言ってるの!」
一番厄介な役目を押し付けられてうろたえるアルフレッドに、四人の美女の厳しい視線が突き刺さる。
「あなたが」
「おまえが」
「きさまが」
「アルが」
「勇者なんだから!」
◆
「ひどい目に遭った……喧嘩になったのは姫様とフローラなのに、なんで俺が全員から責め立てられる流れになるんだよ……」
疲れ果てているアルフレッドは足を引きずるように、トボトボ歩いていた。あれから数日経ったけど、まだ根に持っているのでどうにも元気が出て来ない。
「せっかくニッポンに来てるんだから、気持ちを切り替えないとなあ……だけど、どうにも意気が上がらん」
このままでは今日の休日を無駄にしてしまう。それだけは避けたいのだけど……だが何か、明るい気持ちになれるきっかけが必要だ。
ああ……。
「この傷つきやすいナイーブな俺の心、慰めてくれるものは無いものか……」
知人が聞いたら全員失笑しそうなセリフを思わず呟いた勇者……の鼻を、非常に芳しい香りがかすめた。
「ん!?」
アルフレッド、思わず香りにつられて鼻をひくつかせる。
この匂い、おぼえがある。あり過ぎる。
甘味と塩味を同時にイメージさせる、複雑で自己主張の強い薫り。
刺々しくもあるけれど、同時にまろやかさも感じさせる。なおかつこれほど激しく訴えかけてくるということは、今このソースは火を通している最中としか思えない。
焼き鳥やテリヤキバーガーを即座に連想させる、激しい熱量を持ったこの芳香と言えば……。
「姿を見る前から食欲を掻き立てて来る、いても立ってもいられなくなるこの匂い……タレソースだ!」
匂いの元を求めてアルフレッドが振り返ると、探すまでもなく一軒の店から煙が吐き出されているのが目に入った。匂いの元は間違いなくあそこだ。
店頭には目立つように看板が置かれ、何人か客も並んでいる。アルフレッドはあの店を知っている。
「あの店は……ランチサービスというヤツだな!」
惜しい。ランチサービスを出す店だ。
アルフレッドの好きなタレソース。
あの素晴らしい天上の美味を使って、この店はどんな料理を提供しているのだろうか。
ちなみにアルフレッドは醬油ベースの甘辛い味付けを、全部タレ味と認識している。
「そう言えば今はもう昼飯時。よし、とにかく美味い物を食べようじゃないか」
すっかり憂さが晴れた……というか悩んでいたこと自体を忘れた満面の笑顔で、勇者アルフレッドはメニューが書かれた看板に駆け寄った。
傷つきやすいナイーブな俺の心は、もう一瞬でどこかに行ってしまったらしい。
◆
「ふむ、この『すたみな定食』とかいう料理かな」
看板には親切に絵も入れてある。
「えーと、これはどうやら肉料理のようだな。うん、タレはやっぱり肉に合う。店主も良く分かっているじゃないか」
当たり前のことを呟くとアルフレッドは盤面の前にしゃがみ込み、しげしげと絵を眺めた。
この“すたみな定食”とやらは、薄く切り落した脂身の多い肉を大量に使うらしい。肉の断面から見て、アルフレッドは豚かイノシシと見当をつけた。
「なるほど、脂肪の多いあの肉にタレをからめて炒めれば、それは美味しくなるだろうな……一緒に混じってる透明なのや緑のは彩りの為か? いや、きっと混ざっているからこそ美味しい何かと見た!」
アルフレッドが注目したのは、その茶色く色がついた肉の小山のてっぺんだ。
「タレをからめた肉に、さらにトロットロの目玉焼きを載せるだと……!」
食べ盛りの青年は想像してみた。
あの甘くてしょっぱいタレに、豚の脂の甘みが合流してさらになめらかに、まろやかになったところで……まだ固まりきっていない白身のドロドロしたヤツと、それだけで一つのソースとしか思えない温まった黄身が混ざり込んで肉の味にさらにコクと深みが加わり……。
「なんてこった!」
アルフレッドは顔を押さえてのけ反り、思わず驚きの一声を叫んでしまう。
行列の客から変な目で見られているのは気にしない。散歩中のジジイと、ついでに連れている犬からも可哀想な目で見られているのにも気がつかない。
「そんな……タレでアブラで半熟の玉子だなんて、絶対美味いヤツじゃないか!」
それが全部載せ……ニッポン経験も長くなったアルフレッドには、それがどれほどのものか想像できる。
「そんな素晴らしいソースが溢れんばかりだなんて、一緒に付いてくるこのコメだけで受け止めきれるのか⁉ あ、そのためにこの山盛りの細かい葉物野菜が付いて来るのか! でもこれでも、俺のタレ愛が勝ったら……おおおい!? ランチタイムはご飯大盛無料だと⁉」
さらにスープと黄色いピクルス、よく分からんデザートが付属して八百八十円というのを理解するに及び……アルフレッドは確信した。
この“すたみな定食”。俺の為に用意されたとしか思えない。
「よし、今日の昼飯はこれに決まり……ん?」
深く頷いて列に並びかけたアルフレッドは立ち上がろうとして、その拍子にチラ見した看板の下半分に……視線が釘付けになった。
「まんぷく定食……だと?」
◆
このランチサービスでは、毎日二種類のメニューを出しているようだ。
今日のAメニューがアルフレッドの足を止めた「すたみな定食」。素晴らしく味を期待させる豪華なコース料理だ。
一方のBメニューがこの「まんぷく定食」らしい。
すたみな定食に惚れこんだアルフレッドは当然注文はAメニューで行くつもり、だったのだが……。
問題は絵に写っているまんぷく定食の内容だ。
「ラーメンに餃子……そして唐揚げだと⁉」
どれもアルフレッドは既に知っている料理だ。単品で比べれば、美味が保証されつつまだ未食の“すたみな”とやらのほうを優先する。
だが、このまんぷく定食は。
「三つ全部付いてくる!? そんな贅沢、許されていいのか⁉」
ラーメンと餃子は分かる。あいつらはコンビだ。
「だが、唐揚げも一緒だなんて……」
ウラガン王国で一番ニッポンの唐揚げに詳しい男、アルフレッドは驚きを禁じ得ない。
「ラーメンランチは分かる。唐揚げ定食も分かる。だがそれを一緒にして、一食のお値段だと?」
ランチとやらが安く提供されるのは知っているけれど、これはサービスしすぎではなかろうか。
「まるで学食じゃないか」
店主が聞いたら褒め言葉と受け取るか微妙なセリフを吐くと、アルフレッドは考え込んだ。
すたみな定食は間違いなく美味い。食べたことがないけど確実に当たりな料理だけに、ぜひとも一度は食ってみたい気持ちは強い。
一方でまんぷく定食の豪華さも見過ごせない。どれもこれもアルフレッドの好物で、まず間違いのない美味さをまとめて味わえる。
「伝説の花形役者か、人気者三人の群像劇か。どちらも見過ごせないのに同時には観られない! 俺は、どちらの舞台を見たいんだ……!」
なんという厳しい選択を迫られるのか。
どちらかしか選べないこのつらさ、姫やエルフのメンツを忖度するのなんかとは比べ物にならない。
「俺は、どちらを選べば……いや! どちらを捨てねばならないんだ……!」
いっそ両方、という考えも頭をかすめるが。
「いやいや、それは悪魔の選択だ。今ここで贅沢過ぎる昼食を取ったら、夕方から楽しく飲む為の腹のスペースと予算が苦しくなってしまう」
いっそそちらを削ればいいのではなかろうか。
優柔不断には定評がある勇者は悩みに悩んだ末……当初の予定通り、すたみな定食で行くことに決めた。
「やはり未見のタレ味というのが気になる。こういう肉の使い方も初めて見るし」
わりと順当な意見に落ち着き、ホッとしたアルフレッドは列に並んだ。既に待っている客の顔ぶれはすっかり変わっている。
「だいぶ出遅れてしまったな。ああ、すっかり腹が減った」
苦笑いしながらアルフレッドは腹をさすり、もう一度決意を固めようと看板を眺めて……うっかり注意書きに気がついてしまった。
「……“まんぷく定食のコメは、プラス百円でチャーハンに替えられる”だと⁉」
ちょっと待て!? 俺はそんなこと、聞いてない!
「すると何か? 俺がまだ食ったことがないチャーハンとやらを、百円足すだけで味わうことができるのか⁉」
チャーハン。
正体は不明ながら、ラーメン屋では定番のメニューだ。ラーメン屋のメニューではラーメン・餃子・チャーハンはパーティを組んでいることも多い。
薄く色づいたコメ料理を美味しそうに食べるニッポン人はたびたび見かけている。なのでアルフレッドも、一度は食べてみたいと思っていたものの……食費をケチって餃子さえ最近になってやっと実食した勇者は、まだ勇気が出なくてチャーハンを食べたことがない。
「Bパーティにチャーハンが加入するとなると、これは話は変わって来るぞ⁉」
主役級が三人じゃなくて四人に、しかも一人はかねてから気になっていた謎の人物とくる。これが百円増しで手に入るとなると、金剛石のように固いアルフレッドの決心も揺るがざるを得ない。
「これはAパーティ、苦しくなったか……!」
未体験の大物料理が一番の売りだったすたみな定食に、強力なライバルが現れた!
よろめくように列を離れたアルフレッドは歩道脇の縁石に座り込む。
「俺は……どうしたら……」
勇者は空腹で痛む胃袋を持て余しながら、延長戦にもつれ込んだ脳内昼食決定戦の審判を務めることになった。
◆
「よし、決めたぞ」
アルフレッドは僅かな時間でやつれ果てた顔を上げた。
「予定通り、すたみな定食でいこう」
オールスターを揃えたまんぷく定食の魅力も凄かった。何度も何度もそちらによろめきかけた。
だが。
「すたみな定食のこの肉料理は、次にどこで出会えるか分からないからな。その点チャーハンは、金さえ出せばたいていのラーメン屋にはあるメニュー」
今ひと時の損得ではなく、希少価値を優先しよう。
さんざん悩み抜いてそう結論付けたアルフレッドは、晴れ晴れした顔で立ち上がった。
「うむ。こんどこそ確信を持って注文でき……ん?」
さあ列に並ぼうと思ったら、さっきまであった入店待ちの列が無い。
というか扉も締まって看板も無くなり、営業している感じが無い。
アルフレッドは水を撒いている隣の花屋に聞いてみた。
「ちょっとすまない。この店、今ランチをやっていたよな?」
「あ? お隣さんのランチタイム? 昼営業なら一時間前に終わったよ」
◆
ここ何日かずっと暗く沈んでいる勇者を見かね、ミリア姫はそっと剣士に話しかけた。
(アルフレッドはどうしたのよ?)
(それが……先日の失態をまだ引きずっているようでして)
(失態? ああ、ルートを決めるのに間抜けな妥協案を言い出して却下されたアレ?)
悩み過ぎて最悪の選択しかしない勇者をもう一度振り返り、こちらも疲れた顔で姫と騎士がボソボソ囁き合う。
(まあ、アルフレッドに重要な判断をさせようとしたのは私も悪かったわ)
(それぐらいの頼りがいくらい、いいかげん身に着けて欲しいところではありますが)
勇者のあまりのやつれた様子に、他のメンバーたちもちょっとバツの悪い想いでそれぞれに眺めた……が、彼女たちにはきっと想像もできないだろう。
アルフレッドの落ち込んでいる主因が実は、その後のやらかしが原因だっただなんて……。




