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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第二話 「自動人形館の殺人」
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2.白羽の矢

 警視総監室。

 水滴の流れる窓の外は、灰色の世界だった。


 捜査一課長の谷垣は警視総監と向かってソファーに腰かけていた。二人は旧知の仲、いわゆる戦友だった。


「それにしても前回の事件の指揮ですが、まったく見事なものでした。総監、お嬢さんを、実に立派に育てられました」

「俺は何もしとらんのだ」


 かつら警視総監は白髪交じりの頭を撫で視線をそらした。


「ははは、ご謙遜を。アメリカの一流大学を首席で合格されて、FBIで働いていたという噂は、伊達じゃありませんでしたな」


 自分は本当に何もしていない、桂はそう思い眉を顰める。


 娘が高校を卒業してからは、教育をしたことはないし、学費や生活費すら出しちゃいない、あいつは、家庭を顧みず、妻の病気すら気づけなかった俺に愛想を尽かして、日本を出て行った。それ以来、家に戻したかったし、それがだめなら金銭的な援助をしたかったが、受け取って貰えなかった。あいつは、名前を母方の早乙女に変え、すべて自分一人の努力でやってきたのだ。


 俺は娘に頼み込んで、無理に帰国させただけ……。


 桂は谷垣に聞く。


「ところで、他の部署の反応はどうだ?」


「ん、ええ、まあ、良い、とは言えませんな。今回の件で、彼ら、不可能犯罪係の実力を認めた人間もいますが、やはり、他の課の事件に自由に介入できる権限を持たせたことに対する反発は少なからずあります。機捜(機動捜査隊)よりも守備範囲を広く、臨機応変に事件に対処するのが目的だと、皆、頭じゃ分かっちゃいるとは思いますが、彼らの力を借りるというのは、自分たちでは、その事件を解決できない、そう認めたことになりますからな」


「それは想定していたことだ」

「特に、総務部の安藤警視監を中心に、新しい係を設置するよりも、既存の部に予算を回すべきだと考えて、それに同調する人間も多いようで」


 桂は手を組んだ。

 予算と人員が足りないのは、どこも一緒だ。


「当初の計画よりも、だいぶ規模が縮小させられましたが、おそらく、今後あの係に何かしらの不手際があった時には、廃止論の声が大きくなるやも知れません」


 そうだろう。だが、それじゃ困るのだ、あの計画のためには……、と桂は思う。


「いずれにせよ、今後、お嬢さんの力次第でしょう」


 谷垣が言った時、扉がノックされ、報告を受けた。


「殺人事件発生です」


 二人の目つきが変わる。


「犯人は銃を持ち、立てこもっている模様です」




 事件は奥多摩の山奥、ひっそりと佇む古い洋館で殺人事件が起こった。猟銃を持った男が人質を取って立てこもった。

 前日からの雨で途中の林道が土砂崩れをしており、その復旧もあって、警官隊が現場に到着するには時間がかかった。


 鉄柵に囲まれた洋館の庭は、パトカーと警官に埋め尽くされ、早乙女たち不可能犯罪係は、少し離れた林道脇、特殊部隊(SAT)車両の後ろに車を停めた。


 交渉人によると、立てこもり犯の婚約者、清野きよの凉乃すずのが殺されたという。男は殺人犯を見つけ出して復讐すると言った。


「自分で殺したんじゃないのか」


 と言った刑事もいたが、詳細は不明である。本当に殺人が起きたのかも、まだ確認できていない。

 男は悲しみと怒りで危険な状態だった。もし、犯人が特定できなければ、全員を射殺して自分も死ぬと言った。


 立てこもり犯は一人のようだった。館外には防犯カメラがある。監視されているかもしれず、また殺人犯が――実際いるのか分からないが――、どのように動くかが不確定要素で、慎重に交渉が続けられた。


 警察が捜査をし、犯人を逮捕して裁判で罰を与える、交渉人は、そう説得を試みたが、男は聞き入れなかった。粘った末、事件の真相を明らかにするために、二人だけ、もちろん武器などはもたず、男性の警官でなければ館に入って良い、と男の許しを得た。


 そこに白羽の矢が立ったのが不可能犯罪係だった。



 小雨の降る中、カッパを羽織った早乙女は、「一人は自分が行くわ」と自分のチームに言った。猫屋敷だけは非番でいない。

 小柄な中年刑事、餅柿はいつもの小さい声で、早乙女を引き止めた。


「あの、係長、館内では組織的な科学捜査ができません。それに殺人事件の犯人が分からなかったら、人質全員が殺されますし、もし犯人が分かったら、その殺人犯が殺されます。どっちに転んでも、最悪、あなたは人質と一緒に殺されるか、責任を取らされるか……」


「もう決定事項よ。上も承認済み」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 餅柿はめずらしく大きな声を出した。


「危険です。犯人は銃を持っています。理性を失っている可能性だってあります。ここは……例えば、そこにいるSATの隊員が女装して中に入って、隙をついて犯人を取り押さえるなど、他にも方法が……」

「餅柿警部補……」


 早乙女は彼の真剣な目を見て嬉しくなった。


「ありがとうございます。私のこと心配して下さるんですよね……。でも、少しでも犯人に怪しいと思われた時点で作戦は失敗するわ。今以上に危うい状況になる。やり直しはできない」

「し、しかし、なんであなたが……」


 早乙女は「そりゃ、刑事ですから」と答えた。


「餅柿さん、仲間を信じましょう」と剣崎。

「信じていない訳じゃ……」餅柿の声はまた小さくなっていった。


「サポートお願いします」と早乙女が言うと、餅柿は、今の天気のような曇った顔つきで、しぶしぶ「分かりました。くれぐれもお気をつけて」と敬礼をした。


「もう一人は、わたくしが参りましょう」


 氷室が言った。彼はダークスーツを着て、黒い蝙蝠傘をさしていた。

 早乙女は、しおらしく「宜しいのでしょうか」と氷室を見る。


「無論でございます」


 早乙女は氷室の手を握って感謝する。そして「剣崎くんもよろしくね」と言うと、鑑識班の方へと歩いて行った。





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