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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第九話 「ガラスハウスの梅安」
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3.ドストライク


 病院までの車中、河西巡査は花岡について説明した。


「まやちゃんは帰国子女なのであります! 本名は山岡・レメディオス・摩耶であります! 花岡だけ芸名なのであります! 父親がスペイン系のアメリカ人で、高校時代に帰国し、文化祭のダンスで話題となり、スカウトされたのであります!」


 デヴューからの活動について延々と続く話を、猫屋敷は五月蠅そうに聞きながら、あくびをかみ殺した。



 病院に到着し、早乙女は花岡の個室に足を踏み入れた。


 河西は、ドアの外に立つ警備の警官に、ドヤ顔をこれ見よがしに見せて部屋に入る。

 猫屋敷は、うらめしそうに見送る警官と、軽くハイタッチした。


「なぜに、ホンカンが一緒にいる?」警官は猫屋敷に囁く。

「プレゼン、頑張った、から?」

「くそう、あいつめ……」


 警官は悔しがったが、廊下の他の患者やナースの目を忍び、あわてて姿勢を正した。



 花岡摩耶はベッドに横たわり、何本ものチューブやコードに繋がれていた。

 顔は土気色だったが、それでも天使のように整った美しさだった。

 母親がしたのだろうか、長い髪は日本人形のように綺麗に櫛が入れられていた。


 母親やマネージャーには話をつけ、席を外してもらった。

 花岡の目には涙が滲んでいる。


「こんなことは初めてです。今まで病気らしい病気になったこと、ありません……」

「そのようですね。お母様も、何が何だかわからない、そうおっしゃってました」


 早乙女はマリア様のように慈愛に満ちた目を向ける。


「誰かが私を殺そうとしたんですか?」その声は、少し震えていた。


「まだ分かりません。その捜査中です。ただ、脅迫は、たとえSNSでも手紙であっても、立派な犯罪です。何か心当たりはありますか?」


 花岡はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「……あの、前から事務所の社長から言われていました。今は、アイドルの戦国時代だと……。ここは殺すか殺されるかの弱肉強食の世界だと。でも、まさか、本当にそうだとは……、私が消えれば、別のメンバーに光が当たり、私たちのグループが消えれば、別のグループに光が当たる……、一部のファンの方は、自分の推しのためには何でもやるって聞いてます……、私、怖いんです……、ただ、スターになりたかったんです。ただ、皆で楽しく盛り上がって、その中心にいたかったんです……、でも、もう、嫌……」


 他に思い当たる節はないらしい。

 スタッフやメンバーを、疑いたくないようだった。

 涙を流す花岡の震える手に、早乙女は自分の手を重ねた。


「今はゆっくり静養してください。私たちがいます。大丈夫、安全は保障します。安心して力をつけてくださいね」


 そう言って早乙女は病室を出る。

 猫屋敷は、彼女に「またね」と手を振って、早乙女について行った。


 つづく河西巡査は、何処からか淡い色の可愛いブーケを取り出すと、それをサイドテーブルに置いた。

 不思議そうな顔をする花岡に、河西は無邪気な笑顔を見せ、ビシッと敬礼をした。


 警備の警官は廊下で、早乙女と猫屋敷に「彼女の主治医、人を見下す人間のようです」と耳打ちした。




 主治医は黒髪をオールバックにして銀縁眼鏡をかけていた。


 早乙女は、花岡が搬送されてから、何を疑い、どのように診断したか、事細かに聞いた。

 主治医はうんざりしているようだったが、彼女が捜査一課であることを知ると、あからさまに、ため息をついた。


「何度、言ったって無駄だと思いますがね……、運び込まれたのが午前十一時五分ですか。顕著な黄疸と発熱がみられました。黄疸って分かります? 説明は省きますが。既往歴はなく突然の発症なので、急性ウイルス性肝炎、肝不全、胆道閉塞症などを疑いましたが、AST、ALTとも異常はなく、肝炎ウイルス抗体検査は、ABCとも陰性。心電図は大きな異常はなし、画像診断でも内臓、循環器系の異常はなし、腹部の痛みも、腹水もなく、鼻や口から出血もない……、一応言っておきますが、カイザー・フライシャー角膜輪はなく、ウィルソン病でもありませんよ。はあ、こんなこと、警察の方に言っても分からないと思いますがね」


「そうですね、では、その所見なら、バッド・キアリ症候群の蓋然性も低いですね……。ジルベール病の可能性は?」


 早乙女が尋ねると、主治医は眉を顰めた。


「……たしかに……ジルベールなら激しい運動で黄疸が出ますがね……、既往歴がないだけでなく、家族歴にもない。ご家族も、今まで黄疸が出たことが全くなかったから、それは考えなくてもいいでしょう」


「なるほど」と早乙女はメモをとる。


 黒革の椅子にもたれ掛かっていた主治医は、臨床検査結果の紙を机の上を滑らすようにして、早乙女の方に渡した。


「急性なので、アルコールやアセトアミノフェンなどの薬物、毒物中毒も疑いましたがね、いずれも陰性。肝障害を起こすハーブやキノコを摂取したわけでもない。腎不全を起こしたので、細菌感染も疑いましたが、CRPは一貫して正常、菌は検出されず、一応、広域スペクトルの抗菌剤を投与しましたが、無効でしたね。幸い、重篤にはならず、回復しつつありますが……」


 早乙女は聞きながら、検査結果に目を通した。


「……とりあえず、溶血性貧血を起こしたのは確実のようですね……。それでは、今回の原因は?」


 早乙女が聞くと、主治医は露骨に嫌な顔をした。


「目下、検討中です、が……何か?」




 病院を出ると、河西巡査は声を荒げた。


「いけすかない医者なのであります! まやちゃんが死にかけたのに、原因すら分からないなんて、藪医者なのであります!」


 車に向かう早乙女は「いえ」と言った。


「彼は優秀よ」

「どこがでありますか!」

「少なくとも、摩耶ちゃんは命を取りとめたわ」


 ホンカンは不満たらたらだった。





『ガラスハウス』では撮影が続けられた。


 花岡は病気で倒れたこととされたが、いたって健康だった彼女が突然倒れるところを目の当たりにした『ジャンブル・ガールズ』のメンバーは、毒殺を疑って疑心暗鬼に陥っていた。


 レッスンに身は入らず、共同生活は以前と打って変わって活気がなくなった。休憩中の会話は少ない。メンバー同士、すこし距離を置いているようだった。


 モニタールームで、大場プロデューサーだけが一人、ノリにノッている。


「試練がやってきたねエ。そろそろ、ドラマ、いや、ドロマが盛り上がるってか。いいねエ、いいねエ、一触即発だねエ」


「あちらの事務所のほうは大丈夫なんですか。もうセンターを決めるどころじゃないし、まやちゃんの復帰もどうなるか……」


 斎藤ディレクターが大場に目を向ける。


「辞められる訳ないでショ。こんなに視聴率が高いのに、それで、この事件でしょ、下がるわけないヨ。来週は絶対上がる。こんな機会、二度とない。第一、契約がある。あちらさんも生活かかってるからねエ。あとはこっちの腕の見せ所さ。って、ありゃ、誰だい?」


 門の外を映し出すモニターに、警官を後ろにつれた女性が映っている。

 大場は突然叫んだ。


「うおおおおい! 誰だ! 誰だい! この美女は! ズキューン! ドストライクだヨ! ほら、アップ、アップ」


 大場はモニターに食い入るようにして、スタッフに指示を出す。

 モニターの中では、カメラに気づいた早乙女が、警察バッジを広げて見せた。





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