3.ドストライク
病院までの車中、河西巡査は花岡について説明した。
「まやちゃんは帰国子女なのであります! 本名は山岡・レメディオス・摩耶であります! 花岡だけ芸名なのであります! 父親がスペイン系のアメリカ人で、高校時代に帰国し、文化祭のダンスで話題となり、スカウトされたのであります!」
デヴューからの活動について延々と続く話を、猫屋敷は五月蠅そうに聞きながら、あくびをかみ殺した。
病院に到着し、早乙女は花岡の個室に足を踏み入れた。
河西は、ドアの外に立つ警備の警官に、ドヤ顔をこれ見よがしに見せて部屋に入る。
猫屋敷は、うらめしそうに見送る警官と、軽くハイタッチした。
「なぜに、ホンカンが一緒にいる?」警官は猫屋敷に囁く。
「プレゼン、頑張った、から?」
「くそう、あいつめ……」
警官は悔しがったが、廊下の他の患者やナースの目を忍び、あわてて姿勢を正した。
花岡摩耶はベッドに横たわり、何本ものチューブやコードに繋がれていた。
顔は土気色だったが、それでも天使のように整った美しさだった。
母親がしたのだろうか、長い髪は日本人形のように綺麗に櫛が入れられていた。
母親やマネージャーには話をつけ、席を外してもらった。
花岡の目には涙が滲んでいる。
「こんなことは初めてです。今まで病気らしい病気になったこと、ありません……」
「そのようですね。お母様も、何が何だかわからない、そうおっしゃってました」
早乙女はマリア様のように慈愛に満ちた目を向ける。
「誰かが私を殺そうとしたんですか?」その声は、少し震えていた。
「まだ分かりません。その捜査中です。ただ、脅迫は、たとえSNSでも手紙であっても、立派な犯罪です。何か心当たりはありますか?」
花岡はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……あの、前から事務所の社長から言われていました。今は、アイドルの戦国時代だと……。ここは殺すか殺されるかの弱肉強食の世界だと。でも、まさか、本当にそうだとは……、私が消えれば、別のメンバーに光が当たり、私たちのグループが消えれば、別のグループに光が当たる……、一部のファンの方は、自分の推しのためには何でもやるって聞いてます……、私、怖いんです……、ただ、スターになりたかったんです。ただ、皆で楽しく盛り上がって、その中心にいたかったんです……、でも、もう、嫌……」
他に思い当たる節はないらしい。
スタッフやメンバーを、疑いたくないようだった。
涙を流す花岡の震える手に、早乙女は自分の手を重ねた。
「今はゆっくり静養してください。私たちがいます。大丈夫、安全は保障します。安心して力をつけてくださいね」
そう言って早乙女は病室を出る。
猫屋敷は、彼女に「またね」と手を振って、早乙女について行った。
つづく河西巡査は、何処からか淡い色の可愛いブーケを取り出すと、それをサイドテーブルに置いた。
不思議そうな顔をする花岡に、河西は無邪気な笑顔を見せ、ビシッと敬礼をした。
警備の警官は廊下で、早乙女と猫屋敷に「彼女の主治医、人を見下す人間のようです」と耳打ちした。
主治医は黒髪をオールバックにして銀縁眼鏡をかけていた。
早乙女は、花岡が搬送されてから、何を疑い、どのように診断したか、事細かに聞いた。
主治医はうんざりしているようだったが、彼女が捜査一課であることを知ると、あからさまに、ため息をついた。
「何度、言ったって無駄だと思いますがね……、運び込まれたのが午前十一時五分ですか。顕著な黄疸と発熱がみられました。黄疸って分かります? 説明は省きますが。既往歴はなく突然の発症なので、急性ウイルス性肝炎、肝不全、胆道閉塞症などを疑いましたが、AST、ALTとも異常はなく、肝炎ウイルス抗体検査は、ABCとも陰性。心電図は大きな異常はなし、画像診断でも内臓、循環器系の異常はなし、腹部の痛みも、腹水もなく、鼻や口から出血もない……、一応言っておきますが、カイザー・フライシャー角膜輪はなく、ウィルソン病でもありませんよ。はあ、こんなこと、警察の方に言っても分からないと思いますがね」
「そうですね、では、その所見なら、バッド・キアリ症候群の蓋然性も低いですね……。ジルベール病の可能性は?」
早乙女が尋ねると、主治医は眉を顰めた。
「……たしかに……ジルベールなら激しい運動で黄疸が出ますがね……、既往歴がないだけでなく、家族歴にもない。ご家族も、今まで黄疸が出たことが全くなかったから、それは考えなくてもいいでしょう」
「なるほど」と早乙女はメモをとる。
黒革の椅子にもたれ掛かっていた主治医は、臨床検査結果の紙を机の上を滑らすようにして、早乙女の方に渡した。
「急性なので、アルコールやアセトアミノフェンなどの薬物、毒物中毒も疑いましたがね、いずれも陰性。肝障害を起こすハーブやキノコを摂取したわけでもない。腎不全を起こしたので、細菌感染も疑いましたが、CRPは一貫して正常、菌は検出されず、一応、広域スペクトルの抗菌剤を投与しましたが、無効でしたね。幸い、重篤にはならず、回復しつつありますが……」
早乙女は聞きながら、検査結果に目を通した。
「……とりあえず、溶血性貧血を起こしたのは確実のようですね……。それでは、今回の原因は?」
早乙女が聞くと、主治医は露骨に嫌な顔をした。
「目下、検討中です、が……何か?」
病院を出ると、河西巡査は声を荒げた。
「いけすかない医者なのであります! まやちゃんが死にかけたのに、原因すら分からないなんて、藪医者なのであります!」
車に向かう早乙女は「いえ」と言った。
「彼は優秀よ」
「どこがでありますか!」
「少なくとも、摩耶ちゃんは命を取りとめたわ」
ホンカンは不満たらたらだった。
『ガラスハウス』では撮影が続けられた。
花岡は病気で倒れたこととされたが、いたって健康だった彼女が突然倒れるところを目の当たりにした『ジャンブル・ガールズ』のメンバーは、毒殺を疑って疑心暗鬼に陥っていた。
レッスンに身は入らず、共同生活は以前と打って変わって活気がなくなった。休憩中の会話は少ない。メンバー同士、すこし距離を置いているようだった。
モニタールームで、大場プロデューサーだけが一人、ノリにノッている。
「試練がやってきたねエ。そろそろ、ドラマ、いや、ドロマが盛り上がるってか。いいねエ、いいねエ、一触即発だねエ」
「あちらの事務所のほうは大丈夫なんですか。もうセンターを決めるどころじゃないし、まやちゃんの復帰もどうなるか……」
斎藤ディレクターが大場に目を向ける。
「辞められる訳ないでショ。こんなに視聴率が高いのに、それで、この事件でしょ、下がるわけないヨ。来週は絶対上がる。こんな機会、二度とない。第一、契約がある。あちらさんも生活かかってるからねエ。あとはこっちの腕の見せ所さ。って、ありゃ、誰だい?」
門の外を映し出すモニターに、警官を後ろにつれた女性が映っている。
大場は突然叫んだ。
「うおおおおい! 誰だ! 誰だい! この美女は! ズキューン! ドストライクだヨ! ほら、アップ、アップ」
大場はモニターに食い入るようにして、スタッフに指示を出す。
モニターの中では、カメラに気づいた早乙女が、警察バッジを広げて見せた。




