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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第八話 「殺人者は、未来から……」
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5.科学者


「聞かせてくれ」


 餅柿は身を乗り出す。


「簡単なトリックさ。あまりにも単純すぎて笑ってしまうくらいだ……。ははは……、ぜんぜん笑えないな」


「うん、で?」


「電磁誘導さ。コイルに電流を流して、中間周波電磁界を発生させる。磁場中の金属は渦電流を生じ、電気抵抗で熱が発生するってやつさ。馬鹿でかい加速器なんていらない。数千円の家電一つあればいい」


「それは何だ?」


「なんだよ、いつもは頭の回転が速いのに……、まあいい、IHクッキングヒーターだ。俺の家にもある。カセットコンロより使い勝手が良くて、冬には、よく、そいつで鍋をしたもんだ。一酸化炭素中毒にもならないし、鳥の水炊きなんかする時は……」


「それはいいけど、どうやったんだ?」


「単純な話だ。彼女は、向精神薬や睡眠薬を飲んでいたのなら、朝までぐっすりだろう。旦那はカミさんが寝たあと、枕と、IHヒーターを取り換えたんだ。ひどい話さ。彼女の頭の大きさは知らないが、後頭部表面から脳底動脈まで10cmと仮定しても、家庭用のIHヒーターなら、十分、磁場の範囲内だ。ニチノールは、ニッケルチタン合金だったよな、コイルもステントも金属。電磁力を調節し、まあ、血液中は水分が豊富だから100℃を超える心配は少ないが、熱せられた金属は、血液のタンパク変性を起こして、血栓を作る、という訳さ」


「なるほど……」


 と暗い顔つきで頷く餅柿に、俺は言った。


「しかし、どうする? 物的証拠を探すのは難しいぞ。IHヒーターに指紋があったとしても、自分の家の物だし、旦那が自白でもしない限り、逮捕は難しいんじゃないか? どうやって吐かせる?」


 餅柿はしばらく黙っていたが、頼りない笑顔をつくった。


「そうだね。でも、それが分かっただけで十分だよ。あとはこっちの仕事だ」


 その時、ドアがノックされ、助手が「教授、そろそろお時間です」と顔を出した。


 餅柿が立ち上がる。


「突然すまなかった。君と話が出来て良かった、本当に助かったよ」

「いや、俺の方こそ会えて良かった。また、いつでも訪ねてくれ」


 餅柿は片手を挙げて、部屋を出て行こうとする。


「そうだ、餅柿」

「なんだい?」

「今、本を書いてるんだが、今回の事件について取り上げてもいいか? もちろん個人名などは出さない」


 餅柿は「ああ、構わないよ」と言うと、レインコートのポケットに手を突っ込み、背中を丸めて去って行った。


 その後ろ姿は、どこか寂しげだった。





 助手を連れてリノリウムの廊下を歩く。


 楽しい議論だった。

 本当に友人とは良いものだ。


 そして実に興味深い事件だった。

 彼女の事を思うと心が痛み、悲しく思うが、その一方で、複雑そうに見える謎が、実は単純なものだと分かると、なんとも清々しく、気分が良くなる。


 早速今晩にも、事件についてまとめるとしよう。


 物語として書いても面白いかもしれない。

 介護に疲れ、精神を病んだ犯人の、一人称小説……、悪くないな。


 突如、脳に電気パルスが発生した。


 ……ん? 被害者の名前……


 いかん、いかん、最近、物忘れが酷くなった。

 まったく、年はとりたくないものだ。

 まあいい、そのうち思い出すだろう。



 科学者の仕事は、複雑なものを単純なものに置き換えることではない。

 可知性の低い複雑さを、可知性の高い複雑さに置き換えることだ。


 世界には科学的に解き明かさねばならない重大な謎があるが、その一方、至って、つまらない謎だってある。


 ……


 そう言えば……


 なぜ、俺の助手は、いつもナース服とエプロンを身に付けているんだ?

 なぜ、俺は、毎日、職場で診察を受け、薬を飲まされる?


 なぜ、皆、俺の事を、相川秀樹と呼ぶ?


 ……


 ?


 俺は誰だ?

 今、何をしていた?


 ……


 ……


 まあいい、そんな事よりも……


 俺は助手と一緒に歩を進めながら、今後の執筆について考えを巡らせた。










第八話 了







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