5.いつか王子様が
まだまだ寒いけど、一時期積もった雪は完全に溶けていた。
あれからしばらく学校を休んだ。
それからまた学校に行くようになっても、わたしの心は曇ったまま。
みんな心配してくれる。
日曜日。
香織は、いつもうわの空のわたしを心配して、遊びに行こうと誘ってくれた。
ショッピングモールの広場でイベント。
クレープやホットドックの屋台とかあって賑わってる。
ステージが作られてコンサートやトークショーがやっていた。
マジックショーを見たあと、香織は「ちょっと待ってて」と言って何か買いに行った。わたしはひとり観客席のベンチにすわって休む。
香織は、わたしをはげまそうと頑張ってくれた。でも、はしゃぐ気にはなれないの。
ごめんね。香織。
雄二と厳太が死んだのはわたしのせい。
わたし。わたしのせいだ。
「死んじゃえ」ってお願いしたから、二人は死んだ。
生き返るようにお願いしたから、二人は生き返った。
お願いをなかったことにしてってお願いしたから、生き返った二人はまた死んじゃった。
病院の先生もパパやのり子おばちゃんも「エリちゃんは悪くない」って優しく言ってくれる。ぜんぶコンペイトウに入っていた薬のせいだって。
だけど……
あんなリアルな幻覚なんてない。もう何が現実かわからない。
いま目の前のステージだって幻覚かもしれないもん。
ぼーっとしていたら、誰かが「おい」って言った。
気づかなかったら、また「おい!」ってわたしに声をかけた。
ベンチの横を見上げた。
黒っぽい服を着たヤクザがわたしを睨んでる!
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
ヤヤヤヤ、ヤクザだ!
どどどど、どうしよう! なななな、なんで!
冷や汗が流れる。目がおよぐ。
だ、だれか、助けて、か、香織、お、お巡りさん……
狼狽えていると、ヤクザの隣にいた茶髪のお兄さんが、ヤクザをわたしから遠ざけた。
「ちょっと、先輩、女の子、怖がらせてどうすんすか」
ヤクザはムッとした顔で押されていく。「ちっ」って舌打ちの音が微かに聞こえてきた。
茶髪のお兄さんは戻って来ると、しゃがんで両手を合わせて微笑んだ。
「あ、ごめんね、あの人、恐いの顔だけだから、心配しないで」
「ええと?」
「坂東エリちゃん、だよね? 覚えてる? 俺、ほら」
そう言ってお兄さんは警察バッジをみせた。
前に魔法のコンペイトウの事を聞きに来たお巡りさん、猫屋敷さんだった。
その時は小柄なおじさんと一緒だったかも。
「ちょうど見かけたから、横、いい?」
おそるおそる頷くと、刑事さんはわたしの横に、ちょこんと腰をかけた。
まさか……。
わたし、殺人犯で逮捕されちゃう……。
で、でも、いまさら……、未成年だし、そんなことないよね……。
びくびくしていると、刑事さんは勢いよく両手を振った。
「あ、ちがうちがう! 安心して! 大丈夫!」
刑事さんは、言い訳するように、コンペイトウを作った犯人が捕まったことを話してくれた。
なんでも、2-CBみたいな合成麻薬を改良していた人がいたんだって。
それも研究所とかじゃなくて、普通の民家で!
じぇじぇじぇ!
できた薬をカプセルとか錠剤とか飴とか、いろんな形にして実験していたら、一緒に住んでいた何にも知らないお婆ちゃんが蔵の整理をしていた時、なんかの拍子で、その薬入りのコンペイトウが混ざっちゃって、一緒にフリマで売っちゃったという……。
何と言うか、不運と言うか、ずさんというか……。
やるなら一人でひっそりとやってください。てか、やらないでよ。
違法薬物反対!
ダメ! 絶対!
「病院の先生から、エリちゃんが元気ないって聞いてさ」
刑事さんが心配そうな顔でわたしをのぞき込んだ。顔が火照る。
「はあぅ」
ステージでは次の出し物の準備で、ドラムセットなどが運び込まれている。
それに目を向けた刑事さんは、ふと、
「同級生の子だろ?」って言った。
ぎくり。
身がこわばった。
わたしの様子がおかしいのを、みんな心配してくれた。でも、薬の後遺症だと思っている人がほとんどだった。
「事故で死んだのを自分のせいだと思ってる。違う?」
何て返事しようかと思ったけど、口がパクパクするだけで言葉が出てこなかったから、首だけで頷いた。
「大丈夫、あれはエリちゃんは関係ない。コンペイトウとも全く無関係、完全な事故だよ」
「で、でも、ね、願いが叶うって、あの、おばあちゃん……」
刑事さんはカラカラと笑った。
「あれはお婆ちゃんの口上だよ」
「こうじょう?」
「蝦蟇の油売りみたいなもんかな? 子供をからかったんじゃない? 悪意はないけど、問題はあるみたいな? まあ昔はよくあったんだって、駄菓子一個売るとき十万円って言って、十円もらうとか?」
なに、その例え。よく分からない。
刑事さんは頭をひねって、効能をうたった薬の販売なら薬機法で取り締まれるけど、願いが叶うっていうのは効能になるのかなぁ……、そうだとすると、神社やお寺で売ってるお札とか、痰きり飴みたいなお菓子とかはどうしよう?とか、真剣に悩んだ。
「難しいことは分からないや! あはははは」
刑事さんはそう言って、楽しそうに笑った。
「はあ、でも……」
と答えた時、異様な気配を感じて、横を見上げた。
きゃあ!
思わずのけぞった。
そこには、鬼の形相のヤクザ――猫屋敷さんのつれ――がわたしを見下ろしていた。




