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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第六話 「天城殺人事件」
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9.ダイイング・メッセージ


 氷室と視線が合い、黒原は不敵に笑った。


「ははは! 氷室さん、あなた、殺害時刻をお忘れか。わしは十四時からこの場で、大勢の前に立っていたのですぞ!」


「忘れてはおりません」

「では殺害時刻をどう説明するつもりか!」


「はい、殺害時刻の十四時十五分が導かれたのは、佐伯様のスマートフォンがその時に電話をかけていたからでございます。かけた相手は百瀬様。記録は電話会社に確認した確かなものでございます。お二人の端末を介したもので間違いございません」


「ふん! それなら」

「ですが、発信しただけで会話をしていないのでございます。百瀬様はその電話に出ておりません」


「……かけた時、もう近くにいたから、出ないで直接会ったのではないか」


「はい、その可能性もありました。ただ佐伯様のスマートフォンは、省エネ設定が、わざわざオフにされていました。その一方、音声認識システムがオンになっていたのでございます」


「回りくどい言い方は辞めてもらいたいですな」


「つまり、でございます。佐伯様の胸元に入っていた携帯は、長時間待機状態を維持でき、そして、音声によって電話をかけることが出来たのでございます。たとえ、その場が密室であっても、犯人がその場にいなくても、電話をかけることが出来るのでございます」


 黒原の視線がわずかに揺らいだ。


「お心当たりあるようでございますね。佐伯様はネックスピーカーを身に付けていらっしゃいました。犯人はそれを使い、音声操作で電話をかけたのでございます」


「では……」口を開いた清田は、苦虫を嚙み潰したような顔だった。


「それを使ったのは、黒原ではないですか?」


 氷室は清田に視線を向ける。他の信者たちは、何の話をしているのか分かっていないようだった。


「ご存じでございましたか」


 清田は逡巡していたが、覚悟を決めると、再び口を開いた。


「……霊能力の秘密に気づいたのは、彼女が二代目になってから、しばらく経ってから、ですが、ある日、偶然……」


 黒原は腕を組み、そわそわしている。


「……信頼できるものに相談しましたが、何人かは教団の未来を諦めて脱会しました。わたしは……、彼女の霊能力によって信者が何倍にも増加していくのを見て、教団が大きくなっていくのを見て……、心苦しく思いながらも、これで教義が広がり、幸せになる人が増えるのならと……、先代、御子柴様のためにも、見て見ないふりをしてしまいました……。皆を騙すような行為に加担して……」


 清田が「申し訳ない」と土下座すると、信者たちに動揺がはしった。

 やがて、清田は顔を上げた。

 畳に爪を立て、黒原を睨みつけた。


「黒原……、なぜだ、なぜ、殺した。何があった、なぜ殺す必要があった!」

「知らん! 知らん! 勝手な憶測で物を申すな!」

「黒原ァ……」


 唸る清田に、氷室は声をかけた。


「清田様、お待ちくださいませ。黒原様は犯人ではございません」

「は?」


 黒原は「おい! あんた!」と氷室に顔を向ける。


「電話のトリックがなければ、死亡推定時刻は、十四時十五分から、検視報告による十三時半程度まで時間帯が広がります。しかし、黒原様には犯行は不可能でございます。十三時半から執務室で数人と打ち合わせをし、また見学会の準備をされていました。佐伯様と百瀬様の捜索の指示を多くの信者に出しております。とても、二人を殺害し、その後、返り血の痕跡を消すような時間的余裕はございません」


「わ、わしを目指ししておいて、何を言うか!」

「私、黒原様が犯人だとは、一言も申し上げておりません」


 黒原は目を白黒させ、金魚のように口を動かした。


 黒原は、気抜けしたのか、怒っているのか、思考が空回りしているのか……。

 中野は吹き出しそうになるのを堪え、氷室さんは天然の確信犯か!と心の中で喝采した。


「黒原様……、私が顔を向けたのは、黒原様の後ろにいらっしゃる……」


 黒原は振り返る。


「……江邨様でございます」


 皆の視線が江邨に集まった。




「僕、ですか?」江邨はきょとんとした面持ちだった。


「はい」

「そんなぁ、やめてくださいよ。どうして僕なんです。どうして僕に出来るんです」


「江邨様、すでに貴方のアリバイはございません。これは皆様もご承知のことと存じます」


 氷室は祭壇の周りをゆっくりと歩いた。


「事件のあらましはこうでございます。貴方がコテージで作業中、佐伯様と百瀬様の言い争いを聞いたのではございませんか? ただならぬ気配に部屋を覗くと、百瀬様が殺されていた。貴方はそれに逆上して佐伯様を刺殺された。指紋が残されていなかったので、軍手などをしていたのでしょう。貴方は自分への嫌疑をそらすため、佐伯様の点灯しているスマートフォン、襟元に見えたスピーカーを発見すると、それでアリバイ工作しようと画策された。佐伯様のスマートフォンの設定を変更し、スピーカーをご自身の端末と同期させ、部屋に残る自分の足跡を拭き取られた……。ただし、カーテン裏のダイイング・メッセージには気づかれなかったようでございますね。工事中なので道具には困りませんでした。部屋の外に広げていた養生シートなどを手繰り寄せ、その上で血の付いた服や靴、軍手などを脱ぎ、肌に付着した血液は、タオルやウェットティッシュなどで念入りに拭き取り、それらをシートで包まれた。用意していた白装束に着替えると、滝に向かう途中、血の付いた証拠品はすべて焼却炉で燃やしました。たとえ見られたとしても、工事のゴミだと思って誰も疑わなかったでしょう。滝では、密かに業務用の洗剤を用い、自分の身体を何度も洗い流された、という訳でございます。アリバイ作りの電話は、その間にかけたのでございますね」


 江邨は笑った。


「あはは、ぜんぶ推測じゃないですか。そんなんで犯人にされちゃ、たまったもんじゃありませんよ」


「じゃあ、なんで二時間も滝に打たれてたんだ! 血を洗い流すため、アリバイを作るためだろう!」中野刑事が凄む。


「気分ですよ、気分、そういう時だってあるでしょ、それとも長くやっちゃ駄目だっていう法律でもあるんですか。ないですよねぇ。それに、動機、そう、動機がないですもん、なんで僕が殺さなきゃいけないんです?」


 氷室は江邨に悲しそうな目を向けた。


「実は、つい先ほど、別の捜査官が貴方のご自宅をお調べし、その連絡がございましました。貴方の部屋から、百瀬様の写真や、彼女の私物と思われる物が、多数見つかっております。お菓子の缶に入った紙片の束もありました。おそらく佐伯様が霊能力で使われたものでございましょう」


「ストーキング行為で収集していたのか」中野刑事が言う。


「殺害現場の鍵は、百瀬様が頻繁に出入りするのを知って、清田様から鍵を預かった際に、複製されたのでしょう。貴方なら簡単でございますね。鍵を所持されているか身体検査させてくださいませ。あと、取引先の鍵屋にも尋ねて見ましょうか」


「工事ですよ! 鍵は工事で必要だったからです! 悪いですか! 写真だって撮ったっていいでしょ。誰だってそうでしょ。アイドルの写真だって、みんな持ってるでしょ。私物は貰ったんです。どこが悪いんですか! 悪くないですよねぇ」


 まくし立てる江邨に、氷室は胸元から一枚の紙を取り出して広げた。


「江邨様、こちらは、貴方の電話の記録でございます。二台お持ちのようでございますが、事件当日、一台から、もう一つの端末に電話をおかけですね。時間は、十四時十五分」


「そ、それが何か?」


「佐伯様のネックスピーカーと同期させておいた一台を、コテージのどこかに置いたのではございませんか?」


「あは、な、何を根拠に」


「佐伯様が身に付けていたネックスピーカーには、当日、接続された機器のログが残されていました。貴方のスマートフォンの記録と照合させてもらいましょう。パス・キーが一致すれば、貴方がネックスピーカーを介して、佐伯様の電話をかけたことが確実になります。GPS機能がオンになっていて、その記録も残っていると宜しいのですが……。スマートフォンをお借りして調べさせていただきます」


「お、お断りします! だって、僕は無実ですから……。それに、たとえ、その、何です? パ、パス・キーが一致したって、教主様を殺したとは言えない、ですよねぇ!」


「江邨様……、先ほど、貴方は、部屋の鍵を持っているとお認めになられた。この場にいる全員が証人でございます。佐伯様のネックスピーカーは、午前中まで、百瀬様の端末と同期されていました。午後の見学会でも、そのまま使う予定でした。それでは、一体、どなたが、何時いつ、その設定を変更されたのでございましょう? そして、どなたが、部屋を施錠したのでございましょう? それが出来るのは、どなたでございましょう? 貴方だけでございます。ご遺体の発見を遅らせるため、アリバイを作るため、鍵をかけたのでございますね?」


「違う! 違う!」


 江邨は血走った目で叫んだ。


「江邨様の毛髪が殺害現場から見つかっております。そして、只今、鑑識が小径から滝周辺を調べております。コテージから滝までの、落としきれなかった僅かな血痕、あるいは、もし……、佐伯様の血液の付いた貴方の髪の毛などが、発見されれば……」


 江邨は血相をかえる。

 彼は突然、翻って走り出し、中野が後を追いかけた。

 和室の戸を開き、出ようとすると、江邨は、廊下に立つ二人の男にぶつかって取り押さえられた。


「放せ! やめろ!」


 男の一人は直井刑事だった。暴れる江邨に、もう一人の刑事は権利を読み上げた。

 直井は、江邨を他の刑事に任せると、氷室に歩み寄って来て敬礼をした。


「ご協力、心より感謝します」

「どういたしまして」


 氷室は微笑んで会釈する。


「で、いつから彼奴だって睨んだんだ?」


 氷室は目を細めた。


「はじめに、ダイイング・メッセージの写真を見た時でございます」





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