13.氷室の推理
「あの、私、いつまでこのままなんです? そろそろ縄を解いてくれてもいいんじゃありません?」
ロボットにお姫様抱っこされている山田が言った。
「あなた、そうしたら、また逃げるでしょう。殺人の動機はなくなったが、まだ容疑者であることに、変わりありませんからな。と言うか、あなた窃盗犯でしたな」
高木に言われ、山田は、しゅんとなった。
「手錠とどちらが良いですか」と早乙女が言うと、山田は「このままでいいですよ」と不貞腐れた。
各々、客室の椅子やソファーに座ると、暖炉の前で、氷室が口を開いた。
「それでは、皆様、今回の殺人事件ですが、状況を整理してみましょう。このお屋敷には七名の方がいらっしゃいました。そのうちのお一人が殺されましたので、容疑者は六名でございます。死亡推定時刻は二十三時二十分から零時四十分の間。工藤様は、二十三時五十分まで地下の研究室、その後、零時三十分まで蓮見様と客室におられました。部屋に戻られた蓮見様はその後、隣から物音をお聞きになっておられませんでしたので、工藤様にはアリバイがあるとみなし、容疑者から外しても宜しいでしょうか」
蓮見は「もちろんですわ。先生は犯人じゃありませんわ」と言った。
「あの、でも、工藤先生なら、防犯カメラの記録を偽造することだって出来ますよね」
と言った山田は、蓮見からひどく睨まれた。
「調べた結果、そのような痕跡はありませんでした。記録に修正はなく、録画の時刻も正しいと考えられます」と早乙女が言った。
「じゃあ、研究室から客室に移動する間に、例えば、走って二階に行って、急いで殺す、それならできますよね」
山田はそう言ったが、次の瞬間、拳を突き挙げた鬼の形相の蓮見を見て、「ひいっ」と声を漏らした。
「ただ殺すだけなら、あるいは、可能かもしれませんが、犯行前の準備、後処理などを考えると、時間的に厳しいと言わざるをえません。また、なぜ凶器に半澤さんの指紋が付いていたのか、なぜ工藤さんに返り血がなかったのか等、説明が出来ません」
と早乙女が言うと、蓮見は、勝ち誇った顔で山田を見た。
「蓮見さん、客室に入って来た工藤さんの様子はいかがでした?」
「あ、はい、ええと、先生は、ちょっと疲れているようでしたが、いたって普通でしたわ」
「血が付いていたとか、息が上がっていたとかは、ありませんね」
「はい」
それを聞いて、氷室が続ける。
「宜しゅうございますか? はい。それから、高木様は朝まで寝ておられたと、奥様の証言がございますので、これで容疑者は四名に絞られました。ここからはアリバイで絞っていくのは困難でございますので……」
「あ、いや、待ってください」高木は言った。
「家内は、その時間、一緒に寝ていたんですから、アリバイはあると思いますが。なぜです。私を信用していないのですかな。ちゃんと説明して貰えますかな」
「はい、左様でございますか、そう、おっしゃるのなら、お聞きしますが、高木様、奥様と同じベッドで寝られるのが、嫌だなと思われたようですが、それは、なぜでございましょう」
高木は言いよどむ。
「あ、いや、その、実は、恥ずかしい話、家内は、時々、寝言を言ったり、いびきをかいたりして、けっこう五月蠅いのですよ」
それを聞いて高木夫人は顔を赤らめた。
「奥様、申し訳ございません。この点は触れないようにしたかったのですが。では、高木様、それにも関わらす、高木様は、朝までぐっすり、とおっしゃいましたが、つまり、仮に、夜中に奥様が起きて部屋を出て行ったとしても、気づかないほど熟睡されていた、と言う事でございますね」
「え、ええ、まあ、そうかも知れませんな」
「この人、私が金縛りで苦しんでいる間も、のうのうと寝息をたててたんですのよ。ああ、憎たらしい」
「つまり、ご主人は、奥様のアリバイの証人にはなりません。誤解なさらないでいただきたいのですが、アリバイがないだけで、殺人をした、と言っている訳ではございませんので、どうかご容赦くださいませ」
「しかしですな、あの被害者の殺され方なら、犯人は女性ではない。と言うことは、家内は容疑者から除外してもいいんじゃないですかな。無論、蓮見女史もだが」
「はい、では次に、殺害方法について考えたいと思いますが、実は、女性の可能性も捨てることは出来ないのでございます」
皆の目が、高木夫人と蓮見に移った。
早乙女がソファーに座っている半澤に歩み寄った。彼女は、彼に協力を仰ぎ、深く腰かけてもらった。
半澤は背もたれに寄り掛かると、早乙女は「失礼します」と言って、人差し指を彼のみぞおちに当てた。
「立ち上がってくれますか」
早乙女に言われ、半澤は立とうとしたが、なかなか立ち上がれない。頭を振り、ひじ掛けに手をかけて、ようやく腰だけ浮かす事ができた。
早乙女は指を離して、説明する。
「このように重心が後ろにある場合、小さな力で動きを制限することが出来ます。凶器を当てるだけ、それで被害者は立ち上がることはできません。後は、ただ自分の体重をかければ、容易に刃を刺入することが可能です」
「いや、それは理論的にはそうかもしれませんが、実際は、抵抗するし、人を殺す恐怖だってあるでしょう」と高木。
「そうです。人を殺害する時には、得てして、パニックになります。何度も刃を立ててしまいがちです」
「ですな」
「しかし、例外もあります。例えば、訓練を受けた兵士、あるいは精神病質者、犯人は、冷静に、合理的に殺人を行った、そういう可能性があります」
「なぜだ、なぜそんなことができるんだ!」半澤は言う。
「それは」早乙女は答えた。
「明確な殺意をいだいていたからだ、と推測できます」
氷室が話を続ける。
「殺害の動機をお持ちの方ですが、被害者に脅迫されていた工藤様には、アリバイがあると、皆様、お認めになった処でございます。あと、もう一人、動機を持つ可能性のある方がいらっしゃいます」
「いったい、それは誰なんです」
半澤と工藤は言った。
「はい、アリバイがなく、かつ、殺害の動機を持たれた人物、それは」
氷室は、視線を移した。
「蓮見様、貴方でございます」
どよめきが起こる。蓮見は笑って言った。
「ま、嫌ですわ。氷室さん。ご冗談が過ぎます。私が犯人のはず、ありませんわ。ね、皆さん」
「そう言えば、あなた、工藤先生の事をとても慕ってましたな。工藤先生が脅迫されたと知って、あなたが代わりに殺したのでは、ありませんかな」と高木。
すかさず工藤が言う。
「ちょっと待ってください。確かに私は脅迫されましたが、それを皆さんに告白したのは、今日、ついさっき、じゃありませんか。それまで、誰一人として秘密を洩らしてはいません。殺された彼女だってそうです。秘密が漏れれば、私は逮捕され、彼女は金づるを失うのですから。昨晩にそれを知ることは不可能です」
「確かにそうですな」
早乙女が口を開いた。
「実は、研究室や客室から盗聴器を発見しました。犯人はそれで工藤さんが脅迫されたのを知ったのでしょう」
部屋がざわつく。
「だ、だとしても、蓮見さんが仕掛けたとは限らないじゃないですか。もっとやりそうな人と言えば」
「山田さんですな」
「わ、私じゃないですよ!」
「いくら私でも怒りますわ。証拠があるのですか、ありませんよね」
「蓮見様、貴方は、こうおっしゃったのを覚えておいでですか。この事件は、高木様が半澤様に、強い酒ばかり飲ませ過ぎたから起こった、そうでございますね」
「だから何ですの」
「貴方は、なぜ、強い酒ばかり飲ませたと、ご存じだったのですか。客室にはいろいろな種類のお酒がございました。勝手口の外に捨てられていた空き瓶や空き缶も、強いものから、弱いものまでございました。半澤様も高木様も、その時、何を飲まれたのかは話しておられません。それを知ったのは、客室での様子を盗聴していたからではありませんか」
「ち、違いますわ。そ、それは、思い込みか、言い間違いですわ」
「宜しゅうございます。それでは、もし盗聴をした犯人であれば、受信機をお持ちのはずですが、蓮見様、お荷物を調べさせていただいて宜しいですか? 特に、お持ちのスマホと、イヤホンマイクを」
蓮見はギクッとして、膝の上のハンドバックに手を添えた。
「お、お断りします。仕事上の機密がありますので、どうしてもと言うのなら、令状を取ってからにしてください」
「左様でございますか。それでは、他の方にお聞きしますが、手荷物検査を拒否されたい方はいらっしゃいますか……、はい、ありがとうございます。いらっしゃりませんね」
「だから、何ですの? 盗聴なんかしてませんけど、仮にしたとして、どうして、先生のために人殺ししなければなりませんの。私、先生と結婚もしていないし、お付き合いすらしてないですのよ」
「そうですよ。蓮見さんが人殺しをするはずありません。いつも社会や人のためを思って、尽くしている方なんですから」と工藤も言った。
「それに、どうやってあの子を殺したと言うんですの。半澤さんの指紋はどうなりましたの。返り血はどうですの。私には不可能ですわ」
「はい。それではご説明いたしましょう」