12.モルダーガイスト
「犯人は私たちじゃありませんわ」
皆、高木夫人に注目した。
「だから、それは」と言いかけた高木は、「あなたは黙ってて」と、ぴしゃりと言われた。
「いいですこと。工藤先生は、昨晩、女性の喘ぎ声を聞いたと、おっしゃいましたわ」
「あ、ええ、まあ、そんな気が」
「それは、どこですの?」
「ええと、蓮見さんの部屋と私の部屋の間です」
夫人は、やはり、と言った顔をした。
「実は、私、お話ししてなかった事がございますの」
「お前、なんで言わなかった」
「あなたは引っ込んでてください!」
夫人は一瞬でお淑やかになって、先を続けた。
「信じてもらえない、というか、馬鹿にされると思って、話さなかったのですけど」
「大丈夫ですわ。誰も馬鹿にしませんから、おっしゃってください」
蓮見は真剣な眼差しで夫人を見た。
「ええ、実は、昨晩、私、金縛りに遭いましたの。夜中、目が急に覚めた時には、何か、身体の上に誰か乗っているようで、息苦しくて、身体がまったく動きませんでしたの。私、とても怖かったですわ」
高木は「馬鹿馬鹿しい」と言って、夫人と蓮見にひどく睨まれた。
「私、何が乗ってるか、見ようとしましたの。でも、真っ暗で、良く見えませんでした。ただ、ぼんやりとですが、髪の長い、女性だった気がします。その時は、誰なのか、ぜんぜん分かりませんでしたけど、今なら分かります。あれは清野さんです。あ、今はもう、お名前違うのでしたね。私、あの子の霊を見たのです」
「興味深いお話でございます」
氷室が言うと、夫人は、救われたような顔つきになった。
「私、彼女の声は聞きませんでしたが、工藤先生は、きっと、それをお聞きになったのですわ。そうに違いありません」
「あの、それで、犯人というのは」工藤が言う。
「そうですわ。私が見たのが、あの子の生霊か死霊か、分かりませんけど、このお屋敷が、幽霊現象の起こりやすい場所で、私たちの中に、あの子を殺した犯人がいないのなら、決まっていますわ。犯人は、ポルターガイストです。そうに違いありませんわ」
高木はため息をつく。
「散々話して、結論がそれか。お前、皆さんの貴重な時間をお返ししなさい」
と言うと、氷室が「いえ、高木様、ありがとうございます。とても参考になりました」と夫人に微笑んだ。
「あのう」
食堂の扉が開き、鑑識の制服をきた男が中をのぞき込んだ。
「終わりましたけど、遺体、搬送していいですかね」
「ありがとう。いいわ」早乙女は答える。
男は、「ちょっと」と言って早乙女を呼び出すと、「ミルフィーユからルミノールが出ました」と耳打ちした。
半澤が「お別れして来ていいですか」と言う。
「私も」と工藤が席を立った。
彼らはホールに立ち、玄関から運び出される遺体袋を見送った。
「さて、私たちも、そろそろ、お仕舞にしましょうか」
早乙女が言うと、高木は、
「ちょ、ちょっと待ってください。刑事さん、何を血迷った事を言ってるんです。なんで終わりなんですか、まだ何も解決してませんよ。犯人はどうするんです。刑事さん、まさか、本気でポルターガイストが犯人だなんて思ってないですな。こんな馬鹿な戯言を、いてて!」
高木は妻に腕を抓られた。
「そうですよ。犯人は誰なのか、彼女はなぜ殺されたのか、分からないまま終われません」
半澤も工藤もそう言い張った。
早乙女は「すみません。誤解させてしまって」と言った。
「実は、犯人はもう分かっているのです」
皆は「ええっ!」と驚いた。
「皆さんからお聞きしたお話と、この家から発見した物から、犯人は特定できています。お時間をいただいたのは、物的証拠を鑑定するためと、動機の裏付けが必要だったからです」
「で、そ、それは誰ですかな」
皆、ごくりと喉を鳴らすと、氷室が口を開いた。
「はい。犯人は聡明な方でした。犯行の後、上手に立ち回ろうとしましたが、あるミスを犯してしまいました。些細なミスでございます。しかし、たとえ大きな緞帳でも一本の解れ糸によって裂けてしまう事があるのでございます。犯行自体は単純なものでございました。大がかりなトリックなどございません。宜しければ、お部屋でゆっくり、と言うのはいかがでございましょう」
そう言って、彼は客室の扉を開けた。