11.お茶会
「はい、あります」半澤が答えた。
「僕も、知りたいです。何が真実かを。僕は、もう死んだっていいと思っていました。逮捕されたって、今更どうってことありません。ただ、彼女はいったい誰に、なぜ殺されたのか、最後にそれだけは知っておきたい」
彼の真剣なまなざしに、高木は生き生きして、
「これは爽やかに否認しましたな。いいですか、皆さん。事件はまだ終わってませんぞ。さあ、真犯人は誰か! 謎解きの再開ですな」と言った。
蓮見は「いい加減にしてください!」と机を叩いた。
「凶器に指紋が付いていたんですよ。それなら、飲酒による心神喪失状態だった、それだけですわ。あとは、警察に任せればいいじゃありませんか。早乙女さんや氷室さんを信じましょう。必ず、事件を解決してくれますわ」
「飲酒による心神喪失! 飲酒による心神喪失! なんという呪わしい言葉だ。美しさの欠片もない。論理の欠片もない。もし、こんな結末の小説があったら、破って燃やしてやる。ああ、忌々しい」
苛立つ高木に、蓮見は「忌々しいのは、あなたですわ!」と言った。
「先ほどから頓珍漢な推理ばかり。ヘボ探偵の口から、論理だなんて言葉が聞けるとは、まったく、思ってもみませんでしたわ。この事件だって、そもそも、あなたが半澤さんに強いお酒ばかり飲ませ過ぎたから、起こったのをお忘れかしら」
「皆様」
氷室が静かに、それでいて良く通る声で言った。
皆は、何事かと注目した。
「実は私、キッチンで上等なコーヒー豆を見つけまして、冷蔵庫には、ケーキが、まだ人数分残っております」
「もし工藤様が良いとおっしゃるのなら」
「もちろん結構です」
工藤が即答すると、氷室は彼に会釈した。
「皆様でお茶会をしませんか」
高木夫人は「それなら」と、すぐさま乗り気になる。
「異論のある方、いらっしゃいますか? 蓮見様、いかがでしょう?」
「先生が良いとおっしゃるなら、私は反対しませんわ」と仕方なさそうに言った。
「早乙女様、宜しいですか?」
「ええ」と答えた早乙女は、どこか楽し気だった。氷室は彼女に「調べていただきたいことが」と耳打ちした。
「もしかして、ですけれど」高木夫人が言った。
「犯人は私たち以外に、いるんじゃないかしら。どこかに隠れているとか、もう、ここから逃げたとか」
食堂の長テーブルの上には、昨日の残りのフルーツケーキやモンブランなどが並べられ、テーブルの端では氷室がコーヒーをドリップしていた。
「それはない」と伸一郎。
山田は「昨晩、屋敷のすみずみまで探索しましたけど、ここには私たち以外いませんよ」と自信ありげに言った。
彼は縛られたまま、また、介護ロボットに抱っこで運ばれて来た。今は、やはり縛られたまま椅子に座って、ロボットにケーキを食べさせてもらっている。顔を動かしたり、しゃべったりすると、時々、彼の口に運ばれるケーキが鼻に入る。ロボットは、ピザソースのついたナプキンを使って、丁寧にそれを拭いた。
工藤は、「防犯カメラにも、誰かが外へ逃げた映像はありません」と言った。
「では、秘密の通路とか、隠し部屋とか、ありませんこと?」
「お前は小説の読みすぎなんだよ」と高木。
「あなたに言われたくありませんわ」
「数年前、改装工事をした時に調査しましたが、そのようなものはありませんでした」
氷室が「お代わりはいりませんか」とコーヒーを勧めた時、蓮見が、
「仕事の電話がたまっていまして」と、申し訳なさそうに入って来た。
「すみません、最年長の氷室さんに給仕のような真似をさせるなんて、本来なら、私がすべきなのに」と言って席についた。
「いえいえ、私が好きでしている事でございます」
何人かはコーヒーのお代わりを頼んだ。
「半澤さんの指紋はどこから見つかったのですかな」
早乙女は、至福の顔つきでチョコレートケーキを口にしていたが、高木に呼ばれると、一瞬で刑事の顔に戻った。
皆が興味深そうに早乙女を見る。
「凶器の包丁、椅子のひじ掛け、外側のドアノブです」と答えた。
高木が言う。
「半澤さん、あなた昨日はフィアンセの部屋に入りましたかな?」
「いいえ、入ったのは今朝だけです。昨日は彼女が僕の部屋に来ました」
「それでは、今朝、死体を発見した時、凶器に触りましたかな」
半澤はしばらく思案してから、「触ってない、と思います。怖くて触れませんでした」と答えた。
「ほら!」と高木は得意げに言った。
「何が、ほら、です。指紋が付いているのなら、触った記憶を失っただけですわ」と蓮見。
「おかしいとは思いませんかな?」
工藤が「確かに、おかしいですね。刑事さん、あと、彼女は眠っていた可能性はありますか?」
と聞くと、早乙女は少し間をおいて、
「いいえ、ソファーで転寝をしていたとすると、姿勢が不自然すぎますし、薬物反応はありませんでしたので、眠らされていたとも考え難いと思います」と答えた。
「グラスから指紋は出てきたんですよね」
「グラスの一つには被害者の指紋はありましたが、もう一つには何もありませんでした」
「ほら!」と高木は嬉しそうな顔をする
「半澤さんはグラスを触ってないですな」
「拭き取ったんじゃありません?」と蓮見。
「だったら、普通、先に包丁の指紋を拭き取るでしょう。あなた、ちょっとは頭を使いなさい」と高木に言われ、蓮見は高木を睨みつけた。
「いいですかな? 仮に、半澤さんが犯人だったとしましょう。とすると、彼は昨晩、酩酊状態で包丁を持ち出し、彼女の部屋に入り、一緒に一杯飲んだあと、彼女を刺殺し、グラスの指紋を拭き取り、さらに内側のドアノブの指紋を拭き取って、自分の部屋に戻って寝た、こういう事になりますな」
「奇妙な行動ですね、というか不可能ですね。たとえ婚約者でも、酔っ払って包丁を持って入ってきたら、普通なら、そこで大騒ぎでしょう。起きていたんですから」と工藤。
「彼女は覚醒した状態で、ソファーに座ったまま殺された。犯人が入って来て、包丁で刺されても、為すがままにされていた。半澤さんの部屋に血痕はなかったんですよね」
工藤が聞くと、早乙女は、
「ええ、部屋、服、布団にもありません。被害者の部屋の床からもです。ちなみに他の方の部屋にもありません。トイレや洗面所、風呂からもルミノール反応は検出されませんでした」と答えた。
「犯人なら返り血を浴びてるでしょうな」
「たとえ血が噴き出すのを、ある程度、服が防いだとしても、包丁の柄に血が付いていたのなら、多少なりとも返り血はあるはずです。どんなに痛みに強い人でも、刺されたら暴れようとするでしょう」
「分かりましたわ!」
突然、高木夫人が叫んだ。
「私、犯人が分かりました!」