6.捜査
洋館の二階の廊下はH型をしていた。東側、北東の角に階段があり、その横に、洗面所とトイレ、部屋が三つ並んでいる。西側には五つの部屋があり、廊下の北端にはエレベーターがあった。中央の廊下を挟んで、南北に大きめの部屋が一つずつある。
早乙女と氷室は、洋館の二階を見て回った。
宿泊客の各部屋を見たが、血痕などはない。争った形跡は、高木夫妻の部屋だけだった。扉の鍵は銃で撃ち抜かれ、乱れたベッドや倒れた椅子があった。
各部屋の鍵は、中からサムターンで閉めることが出来るが、外側に、前方後円墳の形、ウォード錠がついているので、鍵があれば、外から開けることが出来る。早乙女が工藤に、鍵はどこか聞いたところ、あると思うが使ったことがないので探さないと分からない、との事だった。
西の廊下には壊れたカメラが落ちていたので、早乙女は中からSDカードを回収した。
高木夫妻の部屋の、向かいの扉を開けると、ビリヤード台やダーツなどがあった。娯楽室らしいが、宿泊の部屋を空けるために、いろんな家具や荷物を詰め込み、ごちゃごちゃしていた。異常はない。
一階におりて、書斎、食堂、倉庫、トイレと見ていく。争った形跡や血痕はない。食糧庫やキッチンには、山奥暮らしのせいか、食料や雑貨消耗品などの備蓄が十分すぎるほどあった。シンクの下の扉の内側には、二本の包丁が入っていた。水切りネットや、ポリ袋、ゴミ袋などの在庫がある。どれもティッシュのように一枚づつ引き出せるタイプだった。
窓から外を見ると、勝手口の横、軒下に、二つのゴミ袋が置いてあった。燃えるごみと、酒瓶や空き缶が分けて入れてあった。
客室に戻ると、氷室はしゃがんでガンロッカーを観察した。半澤や人質たちは、彼らの動向に気を配っていた。
「この中に猟銃が入っていたのでございますね」
彼は拡大鏡を取り出して、鍵を確認した。
「これは」
「無理やりこじ開けたのでしょうか?」早乙女が聞く。
「いえ、ロックは壊されたのではなく、解除されてますが、開けたときに部品が破損したようでございます」
「鍵があったのでしょうか?」
「この傷から考えると、ピッキングのようでございます」
と言って、氷室は口ひげを摘まんだ。
風呂は、扉を開けると、脱衣所があり、その奥に浴室があった。ジャグジー付きの大きな丸い浴槽で、ボタン一つでお湯はりしてくれるシステムバスだった。すべての壁面には手すりがついている。
「工藤さんの叔父さんは、少し身体が不自由だったみたいですね」
「そのようでございます」
そう言って、氷室は脱衣所のドアを確かめた。
「ここだけ、他の部屋と異なる鍵に付け替えられています」
早乙女がドアハンドルを確認する。
「本当に。見た目は少し新しいですが、そっくりですね。中のサムターンは同じで、外側はボタンですね」
早乙女は扉を開けたまま鍵をかけ、ボタンを押すと、鍵が開くのを確認した。彼女は、工藤の叔父に家族はいなかったようなので、浴室で倒れた時に、家政婦がすぐに入って来られるように変えたのだろう、と思った。
浴室には特に異常はなかった。
山田は、暖炉前の椅子に座っていた半澤に言った。
「半澤さん。お願いだ。私だけでも開放してくれないか」
半澤は彼を睨み、高木夫人は「あなた、一人だけ逃げようとしているかしら」ときつく言った。
「ひょっとして、あなたが」
高木伸一郎が疑いの目を向けると、山田はあわてて、
「いや、そうじゃない。違うんです。私は人殺しじゃない。神に誓ってもいい。ただ、今日帰らないと、〆切に間に合わなくて、犯人じゃないなら、ここにいる必要もないでしょう。ですよね。もし、刑事さんが、私が犯人だって証明できるのなら、ここに留まりますけど、私が殺したんじゃないから、それは不可能だ。だから、半澤さん、お願いだ。私を帰してくれ」と言った。
「山田さん、分かっておりませんな。あなたがここにいるのは、犯人だって証明できるからじゃなくて、無罪だって証明できないからですよ」
「犯人だって認めたら殺されるかもしれないのに、誰が本当のことを言うかしら。拷問されたって言わないでしょうね」と蓮見は言った。
山田が「しかし……」と言うと、半澤が猟銃でテーブルをゴンと叩き、
「犯人が分かるまで、誰も帰さない。前にも言った通り、一人逃げたら、残っている人質を殺す」と言った。
「実はですな」高木が話しはじめた。
「私、推理小説協会の理事をしていましてな、自慢じゃありませんが、推理は得意なのですよ」
蓮見は「まあ」と言い、高木夫人は「またか」という顔をした。
「ノックスの十戒や、ヴァン・ダインの二十則などがありますが、実は他にもいろいろとパターンと言うか、約束事がありましてな、例えば、このようなロボット屋敷での事件では、犯行の際、あるいは事件の謎を解決する際に、ロボットが重要な役割を担わなければならんのです」
蓮見が「それはどうしてです?」と聞くと、高木は、
「でなければ、その舞台を設定した意味がないからですな」と答えた。
「いい加減にしろ! これは小説じゃないんだ。僕の凉乃は、本当に殺されたんだ」
半澤は声を荒げた。
「いやいや、お悔やみ申し上げるが、これは結構重要なことで……」
その時、山田が「ちょっとトイレいいですか?」と言った。
高木の話を聞いていた半澤は、すぐ戻ってくるように言うと、山田は「すいません」と言って席を立った。
「話は戻りますが、すべてを疑ってかからなければならんのですな。つまり、彼女は自分の部屋で殺されたのではない、そういう可能性もあるのです。つまり、別の場所で殺されて、ロボットが彼女を椅子ごと移動させて……」
半澤が興味深げに聞いていると、高木夫人は「ちょっと宜しいかしら」と言った。
「さっき、山田さん、部屋を出るときに自分のボストンバックを持って出たように見えましたが……」
半澤と高木は「しまった!」と客室を飛び出た。出て正面、ホールの向かい、玄関の扉はロープで巻いて固定されたままだった。キッチンに走り、勝手口の扉は固く閉ざされているのを確認する。
上から物音を聞き、半澤と高木は二階へと走った。
山田は廊下に四つ這いになり、壊れた一眼レフのあたりを、何やら必死に探していた。
「お前!」
駆け寄った半澤は、山田の背中を銃床で殴った。
早乙女たちは研究室にいた。
地下には研究室の両開きの扉があり、それに向かい合うように、エレベーターが設置してある。
早乙女は工藤に開けるように頼むと、彼はポケットから、たくさん鍵の付いたキーホルダーを出して開錠した。開けると、中は空調が効いて涼しかった。
かなり広い近代的な空間で、様々なロボットの部品、組み立て途中らしい機械、大型コンピュータに繋がれた介護ロボットなどがあった。頭部にはシーツがかけられている。工藤は、引っ越してから、この地下室だけ改装した、と言った。
机の上には、昨日の配布資料や、レジュメが置かれている。早乙女はその中から、参加者リストを手に取った。
「高木夫人の名前だけありませんね」
「昨日は強引について来たと、おっしゃっていました」と氷室。
早乙女が「予約は何時されたのですか?」と聞くと、工藤は、
「ひと月前には招待客は決まっていましたが、高木さんは二人分申し込まれただけで、お連れ方の名前は、お聞きしてませんでした」と答えた。
コンピューターのディスプレイが数台並んでいる。早乙女は適当にキーを叩いてみると、セキュリティーコードを入力するように表示された。
「厳重ですね」
「当然です。これは、スーパーコンピューターを使っても、そう簡単には突破できませんよ。研究の心臓部ですから」
大きな頑丈なキャビネットがあった。鍵付きの引き出しには、日付やラベルが貼られている。
「いちおう、紙媒体とメディアの記録も残してあります」
「開けられますか?」
早乙女が言うと、工藤は再びキーホルダーを取り出そうとした。
「お待ちくださいませ」
氷室が言って、キャビネットの鍵シリンダーを指さした。
「こちらに不自然な傷がございますが、工藤様、ご存じですか」
工藤は「いえ、以前はなかったように思いますが」と言って、それをよく見たあと、鍵を差し入れて、出し入れしたり、回したりして、そのような傷ができないことを確かめたが、はっとして、入り口のドアに走り、そこの鍵穴にも傷がついているのを確認した。
「防犯カメラの映像を確かめてみます」と言って、部屋の隅のデスクトップが置いてある机で、なにやらキーボードを操作した。
「ここにカメラがあるのですか」早乙女が聞くと、
「ええ、あそこ、隅の棚の上に隠して設置してあります。」と答えた。
ログを確認すると、二十三時十分に防犯システムが再起動していた。工藤は、研究室の映像記録を確認し、「ええと、これだ」と言って再生を始めた。
零時以降、暗闇が続くので、早送りする。
零時五十五分。突如、研究室の照明がつくと、ある人物が侵入して来た。
「この人は……」
工藤と早乙女は身を乗り出してディスプレイを見た。