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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第二話 「自動人形館の殺人」
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5.聴取×検視(2)

 早乙女は凉乃の遺体をシーツで覆うと、窓をあけた。

 見下ろすと、雨の中、カッパを着た剣崎刑事が立っている。早乙女は手を振ると、一つの包みを彼に投げた。




 一階、食堂。

 氷室は工藤(まなぶ)と向かい合って座っていた。彼の左手には大きめの絆創膏がはられていた。彼は、これは昨日、掃除の時に怪我をしたと説明した。


「はい、昨日は、開発の現場やロボットのお披露目がありました。クラウドファンディングで今後の資金を募る宣伝のためです。午後三時から五時までの予定でした。皆さん帰宅するはずだったのですが、土砂崩れがありまして、急遽、宿泊することになったのです。私は、部屋とか寝具とか風呂などの準備をするのに手一杯になりました。泊まる事は想定していませんでしたから、普段使っている部屋しか掃除はしていませんでしたので、他の部屋にも急いで掃除機をかけました」


「その時は停電だったとお聞きいたしましたが」

「ああ、充電式の掃除ロボットです」

「介護ロボットは使えなかったのでございますね」


「ええ、あれは一応バッテリーを積んでいますが、まだ試作機なので、システムは研究室のコンピューターが担っているのです。まあ、ラジコンみたいなものですね」

「なるほど」


「ええと、それが、五時から七時くらいまでです。七時過ぎくらいに、ここで皆さんと食事をとりました。ええ、久しぶりに楽しい食事です。はい、いつもは一人です。その後、たしか八時くらいには電力が復旧しました。なので、風呂を入れて、皆さんに入ってもらいました」


 氷室はその順番と時間を聞いた。


「順番ですか……、たしか年齢順だったと思います。高木夫妻、記者の山田さん、それから蓮見さん、それから半澤さんで、清野さんです。詳しい時刻は分かりませんが、かかった時間は、ええと、計算すると、一人、二十分前後くらいでしょうか」


「貴方は?」


「私は、ええと、いろいろサニタリー用品とか、タオルとかスリッパとか探していました。くつろげるように、客室にグラスやお酒をならべて自由に飲めるようにしました。風呂は、たぶん、十一時前くらいに入りました。それから、研究室へ行って、コンピューターや防犯システムの再起動を始めました。停電でシャットダウンしていましたから。UPSといって、停電や落雷の時にも安全にシステムを終了させる機器がありましたが、起動時には、メンテナンスやエラーの確認修復などで時間がかなりかかります。たぶん、十二時を過ぎると思いましたので、立ち上がるのを待たずに研究室を出ました。ええ、鍵はかけました。客室に立ち寄ると、蓮見さんがいたので、少しお話をしました。ええと、十二時前、たぶん五十分くらいです、彼女は、私が大学の職員だった時の学生です。私のロボット開発に一番理解を示してくれる方で、今は、事業を起こされて活躍しています。三、四十分話して、お互い部屋に戻って休みました。はい、彼女は東側の南から三つめの部屋です。ええ、あの事件のあった部屋の北隣です。私は西側の北から三つめの部屋です。いえ、いつもは南側の中央の部屋で寝ていましたが、広くてベットが大きいので、その日は高木夫妻に使ってもらいました。そのあとですか。いえ、二、三時間は寝付けませんでした。ええ、疲れていたと思いますが、気が張っていたんだと思います。夜中、気になる事? いえ、別に、でも、誰かが廊下を歩いている気配はありましたが、時間ですか、いや、暗闇で時計を見ませんでしたし、誰だって夜中にトイレに行くぐらい、あるんじゃないですか、あ、そう言えば……いえ、何でもありません」


「どんな些細な事でもかまいません。お聞かせくださいますか」


「ええと、ですね、客室に入った時、ちょっと鼻炎気味ではっきりとは分からないのですが、煙草のような匂いがしました。蓮見さんがいたのですが、彼女はいつも窓際や玄関でしか吸わなかったと思います。ちょっと珍しいかな、と思いました。私としてはどこで吸っても構わないのですが。え、他に、ですか……、特に、あ、いや、気のせいだとは思うのですが、寝る前なんですが、蓮見さんと別れたあと、自分の部屋に入る直前、女性の声を聞いたような気がしました。ええ、女性です。一瞬なんですが、喘ぎ声のような、でも、その後何も聞こえなかったので、やはり気のせいだと思います」


 氷室は、朝は何をしていたのか聞いた。


「五時くらいに目が覚めましたので、研究室へ行って、システムとロボットのバックアップを含めてチェックしていました。損傷を受けているか不安でしたので。すこし熱中しすぎて、気がつけば八時前になっていました。皆さんの朝食のことなどすっかり忘れていて、慌てて一階へと上がると、客室では三人が縛り付けられてソファーに座っていました。半澤さんが銃を肩にかけて、蓮見さんを縛っていました。ええ、蓮見さんは必死に説得していました。半澤さんは私を見ると、お前か、と怒鳴って向かって来ましたが、その時は、私には何が何だか分かりません。脅されて、私も拘束されました。銃ですか? いえ、見たこともありません。客室のロッカーに入っていたとは、後で知りました。いえ、鍵がないので開けたことはありませんし、何が入っているかなんて知りませんでした。この家は、叔父の遺産で受け取っただけですので。あんな危険なものがあったとは……、研究にかまけて、なおざり過ぎでした。反省しています」


 氷室は防犯カメラについて聞いた。


「こんな場所ですから、まあ、気休め程度ですが一応設置してあります。なにせ大切な研究成果がありますから。何千万何億出しても、私の技術が欲しいという企業はたくさんあると思います。場所ですか。ええ、玄関にひとつ、それから家の外全体が見まわせるように、外壁の四角よすみに一つずつ、あと地下の研究室に一つあります」


 氷室は、最後に清野凉乃を見たのは何時か聞いた。


「ええ、たしか、十時半過ぎだと思います。廊下で会った時、「ありがとうございます。いいお湯でした」と言って二階に上がって行ったのを覚えています。


 工藤学は「私は犯人じゃありません」と言った。


「ここに来られた方は皆、ロボットの開発を支える大切な方々です。どうして殺すことができます。どうか殺人犯を捕まえてください。お願いします」


 工藤は氷室に頭を下げた。




 山田次郎は、雑誌「AIテクノロジー」の記者だった。彼の額には、たんこぶがあった。


「工藤先生は業界では有名ですよ。数年前、帝東大学の教授を辞めて、こんな山奥に籠って、一人で研究を始めたのです」


 山田は氷室に言った。


「日本最高のロボット研究者の自宅に泊まれるなんて、滅多に、というか、一生に一度あるかないかですからね。ここぞとばかりに取材しました。ただ工藤先生は雑用に忙しかったようなので、ちょっと準備を手伝ったり、家の中を散策させてもらいました。ええ、もちろん許可は貰ってますよ。食事が終わって、しばらく客室で高木さんとお話をしたあと、高木さんは風呂に行ったので、私は部屋で写真を整理しました。二階の西側で、北から二番目の部屋です、九時くらいですかね、風呂の番だと言われましてね、ちょっと入って、次の人を呼びに行きました。ええと、あの女性の社長、蓮見さんです。彼女は結構やり手でしてね、コンピューター関係の事業ですが、大成功していますよ。時間? 九時二十分ころだったと思います。で、また整理をしたり、先生を探して散策したり、え、そう言えば、十一時前くらいですが、風呂に入浴中の札が掛かってたいから、もしかして、やっと先生も、お風呂に入れたかなと思いましたね。それから客室をのぞくと高木さんが酔っぱらった若者を介抱していました。手伝うか聞いたら、大丈夫だと言われたんで、二階の自分の部屋に戻って寝ました。え、ええ、朝までずっと部屋です。あ、一度トイレに行きましたが、それだけです。はい。で、朝です。大声に飛び起きて、部屋を出ました。女性が殺されたことに一瞬放心しましたが、若者があの部屋から出てくると、我に帰りまして、ジャーナリストの魂っていうんですかね、それが燃え上がって、一眼レフを持って、殺害現場の写真を撮りまくりました。そしたら、彼が客室から銃を持ち出して戻って来て、私の襟首をつかむと、廊下に投げ飛ばし、で、これです」


 山田は、自分の額を氷室に見せた。


「一眼レフ高かったんですがね。壊されました。データは無事だといいんですが……」


 氷室は微かに困った顔をした。




 早乙女は包丁や、テーブルの上にあった二つのグラスなどから指紋を採取した。それから一階へ下りると、指紋スキャナで、一人ずつ指紋を撮影した。

 半澤が「僕は犯人ではない」と拒否したが、早乙女に、


「あなたが犯人だと証明するためじゃありません。発見した指紋を絞り込み、犯人を特定するために必要なのです。凉乃さんのためにも、どうか、お願いします」


 そう言われ、彼は銃を片手で抱えながら、しぶしぶ指紋を撮らせた。




 早乙女は餅柿に電話した。


「清野凉乃のスマホのロック、解除できました?」


「虹彩認証と指静脈認証の組み合わせですよ、生体認証なのに持ち主が死んでいるし、こんなセキュリティ、普通なら……」

「できないの?」

「いや、そうは言ってませんが……」餅柿は小さな声で言った。


「餅柿さんを信じてるわ。あと、今、人質全員の指紋と、現場に残された指紋データを転送しました。照合の方もお願いします」

「了解です」

「立てこもり犯は、半澤勇、二十七歳、彼の指紋もあるから、よろしくお願いします」


 餅柿は「えっ!」と素っ頓狂な声をあげた。


「どうやって犯人の指紋をとったんです?」

「頼んで、よ。結果が出たらすぐ教えてください。じゃ、また」


 そう言って早乙女は電話を切った。




 氷室が、山田を連れて客室に戻って来ると、早乙女は「ちょっと」といって氷室と部屋を出た。


 それを見送った蓮見は思い出したように、「次、私の番だから、行ってくるわ」と半澤に言って、扉に向かった。


 早乙女は客室の角を右に曲がったところで氷室と会話していた。


「検視による死亡推定時刻ですが、二十三時二十分から、零時四十分の間です。死因は失血死。凶器は胸に刺さっていた包丁で、座っていた所を一突き、ほぼ即死でしょう」


「他に傷などは」


「いえ、争った形跡はなく、信じられないくらい綺麗なものです。おそらく、テーブルに残されたグラスから考えると、一緒に飲んでいた犯人が、彼女を薬物で眠らせた上で殺害した、とも推測できますが、血液検査などの結果が出るまでは、なんとも言えません」


 氷室は静かに聞いていた。


「それから気になる点が……」


 早乙女は氷室に近づき、声をひそめた。客室を出た角では、蓮見がその話を聞き顔色を変えた。




 蓮見冴子は、食堂で早乙女と氷室と向かい合って座っていた。手首のロープは外された。楽になったのか、彼女は手首をプラプラ振ったり、肩を回してほぐした。


「本当に、痛ましい事件ですわ。とっても良い子でしたのに、あんな目に逢うなんて、私、犯人が許せません。刑事さん! 絶対に捕まえてください!」


 早乙女は「任せてください」と答え、昨日のことを聞いた。


「はい、昨日は私と、彼女、清野さんと、高木さんの奥様と夕食を作りましたの。停電でしたけど、コンロやガスオーブンなどは使えましたので、凉乃ちゃん、鳥の丸焼きを作りましたわ。皆、それは驚いて、しかもハーブやスパイスの香りが、ちょうど良くって、実に美味しくて……」


 蓮見は目頭を拭いた。


「八時くらいから片付けを始めましたの。先生が、あ、先生というのは工藤先生ですが、お風呂を入れてくださって、高木さんはその準備に行かれました。片付けは、私と凉乃ちゃんと、彼、半澤君の三人でした。二人とも、しっかり者で、ほんとお似合いでしたわ。片付け終わると、三人で、こっそりお茶をしましたの。昼間のケーキが残っていましたから」


 早乙女が「ケーキ?」と言うと、蓮見は、

「ええ、プティ・プランセのケーキですわ」と答えた。

「あの表参道のですか」

「はい」

「ザッハトルテで有名な、予約待ちでいっぱいの店ですか」

「ええ」

「宅配もできたのですね」

「そのようですわね。私も知りませんでした。私も今度、頼もうかと思って……」


 氷室が「おほん」と咳払いすると、早乙女は先を促した。


「ええと、何でしたっけ、そうそう、あと、コーヒーを淹れて、ええ、ここ、食堂です。九時過ぎくらいに、私もお風呂の準備でもしようと思って部屋に行って、二十分ころにお風呂に入りました。出たのは九時五十分くらいです。半澤さんの部屋に、順番よ、って言いに行きましたら、二人でおしゃべりしていましたので、二人は一緒に下に行きましたわ。私は部屋で休みました。転寝をしてしまいまして、目が覚めると、十二時すこし前でした。たぶん五十分くらいだと思います。客室に、高級なお酒があったのを思い出したので、ちょっといただこうかしらと、下におりて、ワインオープナーを探している時、ちょうど先生も客室に入って来ましたの。ちょっと疲れているようでしたわ。一緒に赤ワインで乾杯して、あ、乾杯とは言っても、先生は形だけで、舐めるだけです。私、お茶を淹れてさしあげました。三、四十分くらいお話しして、残っていたグラスなどを先生と一緒にキッチンに運んで片付けてから、部屋に戻りました。その時は零時三十五分だったと思います。その日は、ワインのおかげか、ぐっすり眠れましたわ。え、気になる事ですか。いえ、特に、煙草? 風呂上がりに、自室で一服しただけです。ええ、ああ、そういえば、昼間は玄関で吸いましたわ」


 蓮見は「でも……」と手を握りしめた。


「朝、隣から叫び声が聞こえて来まして、私、すぐに部屋を出ましたの。凉乃ちゃんの部屋をのぞくと、あの子、こ、殺されていて、私、どうしようかと震えましたが、すぐに百十番しました。半澤さんが我を忘れて、どこからか、銃まで持ち出して、皆に乱暴をはたらくので、私、必死になって止めようとして、落ち着くように説得しましたの、警察にまかせましょう、絶対に凉乃ちゃんを殺した犯人を捕まえてくれるから、って、でも……だめでした。お願いします。彼を止めてください。彼を人殺しにさせないでください。そんなことしたって、凉乃ちゃんは……」


 早乙女は蓮見の手を取って言った。


「大丈夫です。ご安心ください。犯人は、私たちが、必ず捕まえてみせます。これ以上、誰も殺させません」





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