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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第二話 「自動人形館の殺人」
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4.聴取×検視(1)

 早乙女と氷室は、二階の東側、南から二つ目の部屋に足を踏み入れた。


 窓の前、一人用のソファーに、女性が深く腰掛けて死んでいる。半澤によると、名前は清野凉乃、二十九歳。白いワンピースの中央、みぞおちに出刃包丁が突き刺さっていた。

 早乙女は合掌すると、注意深く観察しながらカメラで撮影した。


「正面から一突きね。何度も刺した形跡はないし、防御創は何もない」


 氷室は目を閉じて手を合わせたまま、何やら経を唱えていた。

 もう一つソファーと、丸テーブルがあり、その上には、二つのグラスが置いてある。中には薄茶色の液体が残っていた。


 ベッドにはきれいに布団が敷かれてある。使った形跡はない。その上に彼女のハンドバック。中を確認すると財布や化粧道具、スマートホンなど。財布の中に身分証はなかった。

 キャビネットは埃をかぶっている。落ちている物は特にない。カーテンは閉まっており、窓のカギは締まっていた。侵入した形跡はない。部屋の照明は消えている。冷暖房設備はない。


「これから検視や指紋の採取をします。氷室さんには聴取をお願いしても宜しいでしょうか」


 早乙女が言うと、彼は「承知いたしました」と、再び被害者に手を合わせて、部屋を出た。




 人質は両足を縛られ、両腕は胴体の後ろで縛られていた。


「それでは皆様お辛いでしょう」


 と、氷室は人質の拘束を緩めてはと提案した。

 再び縛られようとしていた蓮見はそれに賛成したが、半澤と他の人質は躊躇した。


 半澤にとっては殺人犯が逃げる可能性があり、他の人質は、この中に隠れているかもしれない殺人犯が野放しになる可能性を恐れた。

 が、このままでは確かに苦痛であり、トイレや水分補給が不自由なので、両手首だけ胴体の前で縛ることで、皆、妥協をした。


 洋館は警官隊に取り囲まれている。猫の子一匹逃げ出すことはできない。

 

 氷室は、昨日から今朝までの半澤の話を聞くと、一人ずつ客室の東側にある食堂へ連れて行き、聴取を始めた。




 高木伸一郎は縛られた腕が不快らしく、しかめっ面をしていた。顔には殴られたあざが赤黒く残っていた。


「なぜこんな目に遭わねばならんのか」


 氷室は「まことに災難でございました」と心から同情し、昨日からの行動を聞いた。


「私はですな、先生の研究には将来性があると思っていまして、前々から、投資させていただいたのですが、ええ、結構な金額です、今回は進捗を確認するため、やって来たわけです」


「奥様もロボットに、ご興味お有りなのでございましょうか」


「いや、あいつの興味と言ったら、美味いものを食うか、買い物か、噂話だけで、ま、それは忘れてください」


 高木は昨晩の行動について話しはじめた。


「屋敷に戻った時は、ええ、五時半過ぎでしたが、そのあとは、客室で時間を潰し、夕食は七時十五分でしたな。腹が減って待っていたから、よく覚えていますよ、それから、ええと、八時二十分に、先生が「風呂が入った」とすすめてくれたので、あ、そうそう、その時は、記者と家内と一緒に、客室でニュースを見ていました。で、軽くシャワーを浴びて、家内と代わりましたな。九時くらいにあいつが客室に入って来たので、一緒に酒を飲みましたが、あいつは九時四十分には部屋に戻った。ほんとは、私とじゃなく、女同士で話をしたかったんじゃないですかな。二階の南、大きいダブルベッドの部屋です。少しして、あの若者カップルがやって来て、青年の方は風呂へと行き、娘の方は私の少し離れた椅子に座って待ちました。彼女は実にいい娘でしたな、妖艶というか、少し話をしましたが、残念なことにすぐに、青年の方が風呂から出て来ましてな、十時十分くらいです。娘は部屋を出て行きました。ええ、それが彼女を見た最後ですよ、誓って本当です。ええ、その後ですね、彼と一緒に飲みましたよ。彼女を褒めると、どんどん酒を飲みました。十一時すこし前には彼は酔いつぶれ、私も飲み疲れたから、彼に肩を貸して二階へ行きました。エレベーターがあったのは助かりましたな。彼を部屋に入れ、私も自分の部屋に行って寝ました」


「その時、奥様は」


「布団をかけて横になってましたな。一つのベッドで、嫌だなと思いましたが、まあ、仕方ないと思って寝ました。朝までぐっすりです。六時くらいに起きましたが、早くから人様の家をうろつき回るのもあれですから、部屋にいましたが、そうしたら、突然、凄まじい悲鳴がありましてな、ええと、七時くらいですな。部屋を飛び出たところ、すぐ右でしたが、部屋の扉が開いてまして、あの娘が殺されて、青年の方がそれを抱きしめて激しく慟哭してた訳です。そりゃ驚きましたよ。後から来た家内は腰を抜かしました。その左隣の部屋から出てきた娘は、慌てて警察に電話をかけとりました。誰も部屋に入ろうとはしませんよ。しばらくすると、青年は部屋から出て来まして、ええ、狂った目をしてましたな、狂信者というか、私は、殺されると思って家内と部屋に駆け込んで鍵を掛けました。何か武器は、と探していると、扉の鍵が壊されて、こう、捕まった、という訳ですな」


 高木は自分の縛られた両腕を動かした。


「彼はずっと、犯人は誰だ、正直に言え、と喚いてました。あれは、演技じゃないですな。ええ、私は人を見る目はあります。彼は殺人犯じゃない。そう、実はですな、私、推理小説協会の理事をしていまして、謎解きには自信が、自慢と言ってはなんですが、あるのですな。よろしければ、私が、推理して犯人を見つけ出しましょうか」


 氷室は「お気持ち感謝いたします」と言って微笑んだ。



 高木裕美は氷室に言った。


「昨日の朝、休日だと思っていたのに、主人、突然出かけると言いましたの。私、少々強引に付いて来ました。今考えれば、止めとくべきでしたわ。でも昨日までは、それは楽しいものでした。若いお嬢さん方と料理をして、ええ、とても美味しかったです。あの可愛らしい気立ての良いが、あんなことになるとは、可哀そうに、ほんとうに酷すぎます。刑事さん、絶対に犯人を見つけてください。そして早く助けてください。主人の部屋に戻って来た時間? いえ、分かりません。起きてはいましたが、時計は見てなかったので、でもその後は、ええ、気は進みませんでしたけど、一緒に寝つきました。ええ、夜中は何度か目が覚めましたが、朝まで部屋を出てません。ええ、主人はずっと一緒に寝ていました。ええ、私、眠りが浅いもので、ちょっとの刺激で起きてしまいますの。だからそれは確実です」


 氷室は行動を詳しく聞いたが、料理で軽い火傷をしたくらいで、伸一郎が言った以上のことは出てこなかった。




 早乙女は清野凉乃の検視をしていた。

 写真を撮りながら、死体の隅から隅まで観察する。両腕は胴体に付け、両手は臀部とソファーに挟まれた格好だった。縛られた痕はない。四肢を触り、硬直を確認する。目が閉じていたので開けて角膜を見る。わずかな口の隙間から中を見る。硬直がひどく大きく開かない。床にビニールシートを敷き、その上に彼女を横にする。ソファーは血液を大量に吸い込んでいたが、血は床にまで垂れてはいなかった。


 包丁を抜き取るのは力が必要だった。シルクの高級ワンピースを、胸までまくり上げて、刺創を丁寧に観察する。深さは八センチ近い。刃先だけでなく包丁の柄に血が付いている。レースのショーツを脱がせ、臀部や足部の死斑を写真に収める。


 直腸温度を確認した時だった。

 早乙女は、「これは」と温度計を凝視した。





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