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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第一話 プロローグ「800万分の3の青酸カリ」
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1.爆破予告

第1話 800万分の3の青酸カリ (全5)


挿絵(By みてみん)



 子供のころ、絶対に刑事になるんだと、猫屋敷ねこやしきまさるは決意した。巣鴨署の萬年巡査長の父親より出世して、見返してやるんだと頑張ってきた。しかし大学でも、警察学校でも成績は中の下。昇任試験は三回落ちている。派出所勤務が続いたが、それがつい先日、なぜか突然辞令が下り、本庁の刑事となった。上官に聞いても理由はさっぱり分からない。そのうち訳を知ってる人に聞きたいと思っていた。


 猫屋敷は目の前のドアを見た。

「毒入り清涼飲料水及び爆破予告事件捜査本部」と墨汁で太く書かれている。

 彼は喉をごくりとならした。刑事になって初めての事件である。

 中には刑事部長をはじめ、刑事部や警備部、生活安全部、所轄の署長など雲上の人たちが集っている。

 時々、目つきのするどい刑事が、茶髪の彼を横目で睨んで部屋に入っていく。

 入るのを躊躇していると、「早くしなさい」と係長からメールが届いた。

 彼は、見られていたのかと思い、周囲や天井を見渡したが、それらしい監視カメラはなく、不思議に思いつつも、おそるおそるドアを開けた。


 捜査員でごった返す広い部屋。整然と机が並べられ、その上にはパソコンやら書類やら携帯電話などが散乱していた。

 一人が立って報告している。


「現在、被疑者の勤めていた府下ふげ工場では、一日当たり約百十五万本のスポーツドリンクを製造していたようです。それを一週間倉庫で保管し、再度検品後に出荷するので……」


「毒物混入の確率は、八百万分の三か……」


 部屋の一番奥、テーブルの真ん中に座っていた男がつぶやいた。太い眉。捜査一課長の谷垣たにがきである。その隣には、禿げた男が不安そうに座っているが、彼は副本部長におさまった府下署署長だった。



 その日の昼。

 一人の中年男が、ふらりと警視庁を訪ねた。受付の係に、爆弾を仕掛けたと言った。すぐさま連行し、取り調べが始まった。

 爆発物の種類、量、場所などについてはまったく話さない。

 男は取調官にパソコンでインターネット上のあるサイトを開かせると、そこには黄色の背景に稚拙な爆弾の絵が描かれていた。真ん中に、刻刻とカウントダウンされるデジタルタイマー、その下に三つのパスコードを入力するタグボックスがあった。

 解除するには正しいコードを入力する必要がある。誤ったコードを入力した場合、あるいはカウントがゼロになると、どこかで大爆発が起こる、と男は言った。



「単なる愉快犯じゃないのか」


 そういう意見もあったが、彼の所持していたペットボトルの中身を化学分析して、皆、顔色を変えた。

 男は汗を拭いながら言った。


「青酸カリが混ぜてあります。今、うちの会社では、ペットボトルにプレゼントキャンペーンのシールが貼ってありますが、それらのうち三本に、これと同じく、致死量の青酸カリが入っています。プレゼントの三つの応募コードを入力すれば解除できます。毒の入っているボトルが当たりだなんて皮肉ですよね……」

 


 佐藤健二。四十二歳。

 飲料水メーカー「四ツ谷ヨントリー」府下工場で技術主任をしていたという。



 捜査本部。

 報告は続いた。


「鑑識、科捜研、警備二課、手の空いているもの総動員で検査しています。はじめは各種クロマトグラフィーなどの分析装置を使って見つけようとしていましたが、まったく進まず、現在は平行して、簡易測定キットなどを使って検出を試みています。が、それでもまだ三千本弱しか検査できず、毒物の入ったボトルは発見できていません」


 捜査員たちは皆、時計を見た。

 爆発は明日の正午。タイムリミットまで二十時間。


「いったい全部調べるのに何時間かかるんだ」


 府下署署長が言うと、捜査主任官が電卓を叩き、「このペースなら百十二日、たとえ検査数が倍になったとしても……」とつぶやく。


「ぜんぜん間に合わんじゃないか! 犯人を確保しているなら無理やりにでも自白させろ! はやく爆弾を見つけて解除するんだ! もしうちの管内で死傷者でも出れば……」


 署長が悲壮感を漂わせて叫んだ。


「被疑者はあれから硬く口を閉ざしたままです。現在は毒物や爆発物の入手元や交友関係から捜査を進めて……」


 猫屋敷が入った時、捜査員たちは誰も彼に注意を払わなかったので、彼はほっとした。見渡すと、後ろの方の席で、彼を見て片手を振っているグレースーツの女性がいた。彼はそそくさと、そこへ足を運んだ。


「どう?」


 と聞かれ、猫屋敷は自分を上目遣いに見る凛々しい女性に顔を近づけた。甘い花の香りが彼の鼻腔をくすぐった。


「い、いけそうっす。餅柿もちがきさんはすでに工場に行ってシステムを調べ、道具を調達したっす。鑑識に確認したアレは四台までなら、今すぐ使用可能っす」

「了解」


 女性は彼の肩を叩いてから、立ち上がった。猫屋敷は頬を染めて、本部長のもとへ歩いて行く彼女の後ろ姿を見た。

 彼女は本部長の前に立つと「刑事部長」と言った。捜査資料を確認していた谷垣は「ん? なんだね」と眼鏡の上から彼女を見た。


「指揮権をいただけますか?」


 署長は、「な、何を言っているんだ君は! 分をわきまえろ!」と、いきり立ったが、谷垣はそれを手で制した。


「君は、たしか」

「はい。特命捜査対策室、不可能犯罪係の早乙女さおとめ弥生やよいです」


 どこからともなく「不能班か」と陰口が聞こえてくる。


「なぜだね」と本部長が尋ねると、早乙女は静かに答えた。


「明日の正午までに毒物入りを見つけ出すためです」





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