表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/40

Third Arms = 桜庭夕季

彼らの日常賛歌

-第一部「 Starter and Assulter 」

 -第一章「 細い線 」

  -第一話「 Third Arms = 桜庭夕季 」

  -その一


その線は今はまだ交差しているのか、単に絡まっているだけなのか、分からない。

 平成二十一年の五月上旬といえば、まだ、彼らが出会う前の頃だった。その七人は、一部の者こそ知り合いであったが、まだ一つの団としての形を成していなかった。まだ運命の歯車は噛み合っていなかった。この事件は彼らにとってのはじまりだ。彼らが出会い、互いを知り始めた。そんな、始まりの事件だ。

 

 二人は同じ事件を見ていた。この町で起こった事件。昨日起きたばかりの事件だ。人が一人殺されたという事件。

 この程度のことなら、何ら不思議がるようなものでもない日常茶飯事だが―最も、人一人殺されるということが何でもないことは、日常というよりただの異常だが―これが異様な事件になるのは大きな理由があった。誰も見ていないのだ。この犯行の瞬間を。事件が起きたのは、普通の歩道だ。自動車が通る脇、通行人は多いし、そんななかで人一人が背後からナイフで刺されたなら、誰か一人でも見ているはずだ。なのに、誰も見ていないのだ。ナイフが背中から心臓に突き立つその瞬間さえ見ていないのだ。詳しくその事件を説明すると、次のようになる。判戸町のいたって普通の通り、学生が通学路としているような通りに、その通学中の学生やら、出勤中の会社員やらがいたころ。朝だ。そのとき、一人の男もそれにまぎれて歩いていた。彼は、ただ歩いていただけだった。普通に、周りの人と同じように。その彼の背中に、いきなりナイフが突き刺され、そして、そのまま彼は死んだ。それだけだった。誰かが背後に近寄ってナイフを刺したわけでもなかった。背後に誰かいたのを見た者もいなかった。

 二人は同じ事件を見ていた。弟はテレビで、姉は新聞で。

「妙な事件……」

「妙だ」

二人とも適当で平坦な声で呟いた。そして、机を間に挟んでお互いを見た。お互いの手元にはパンとそれを乗せた皿が置いてあり、いつもの朝食の頃だった。こういう事件の情報を得るのは近頃において普通のことであるから、それも普通だった。

 弟のほうは妙な胸騒ぎを感じていた。原因はこの妙な事件に違いない。犯人は何かしらのトリックを使ったと思われるはずだし、実際にその可能性が高い。だが、万に一つというものがあった。一方、姉はなんとも無いような表情をして、パンをかじっていた。その胸には弟ほどではないが、確かに妙だという気分はある。

「これはトリックなのか?」

弟の整ってはいるが平凡の域を出ない程度の顔には、少しの同様が見られる。

「トリックに決まってる。じゃなきゃあ、何があるっていうの?」

対して、誰が見ても美人だと評価するだろう姉の顔には、何の変化も無い。

「万に一つがあったとしたら……」

「目の前にあるじゃない。もし、これがそうなら、万に二つということになってしまう」

「そんな適当な話じゃ、」

「そんな適当な話よ」

何かを心配するような弟に姉は真剣な眼差しを向けた。姉には弟の心配が何であるかは分かる。だが、弟と同じほど大きなものとは感じていないようだ。

桐得(きりゅう)。あなたのそれは異常なものよ。万人にあっちゃたまったもんじゃないわ」

平然と残酷なことを言ってのける姉だが、彼女は自分の弟が嫌いだとかそういうことじゃなかった。言いたいことは素直に言う性格だっただけだ。

「それにね。相手が何であれ、警察が暴いてとっつかまえるだけよ。一般人のあなたが心配することじゃない」

そういうと弟のほうを向いて、やさしく微笑んだ。弟は無言のままその微笑を見返して、少し間をおいてから同じように微笑みかえした。あなたの言うとおりです。あなたの言うとおり、警察が全て解決してくれるでしょう。という返答の意がこめられいてた。

 しかし、桐得は心の奥で納得していなかった。本当に万に一つという可能性があるような気がしていた。そしてもしそうだったら、警察は捕まえられるだろうか、そして、警察が捕まえたとして、それを立証することはできるのか、はたまた、それは立証されるべきなのか。だが、彼は一般人だ。調べる必要も、調べる力も無かった。

 桐得はテレビから目を離すと、目の前のパンを頬張った。そして、薄緑色のブレザーを引っ掛けて、いつもどおり学校へと足を運んだ。そこで何かしら事件が起きていようと、それに自分がどんな関心をよせようと、自分は最後まで関わることは無いのだ。それに不満もないし、そして不満に思う必要もなかった。


 最近、桐得の通う高校である七城高校には、みなが話の種としてることがあった。それは、この高校に転校生が来るということだった。それだけでも話題になりやすいものなのだが、この五月という中途半端な時期に、一年の転校生が来るらしいからだ。

 桐得にとって、それは別に関心のあるようなことではなかった。転校生など、別にどうということはないのだ。何か美少年だとか美少女だとか、天才だとかそういうことを期待しても、転校生は向こうでは普通の生徒だったのだろうし、そんな妙な称号がついているような奴がくるわけがない。いつか読んだSF小説の主人公もそんなことを言っていた。その小説で出てきた転校生は妙な美少年ではあったのだが。

 桐得の今の最大の関心事は今朝の事件だ。他に関心のあることがないので、それが関心事ということになっているが、別なことに関心を示し始めたら、すぐに忘れてしまうだろう。

 朝のホームルームが始ろうという時間になって、一番窓側、教室の後ろという隅の自分の席のさらに一つ後ろに、空いている席があることに気づいた。そういえば、転校生が今日来るとか来ないとか言ってたな。男だったっけ?男子の半分は男だと知って愕然としてたり、逆に女子のほうはどんな美男子がくるのかとかうるさかった。教師が新しいクラスメイトをつれて教室に入ってくる。桐得も興味はほとんど無いながらも、それを見る。四十台相応の皺のある背の高い男性教師―主に古文の授業をやっていて、随所に笑いを散りばめてくる授業は生徒たちに好評だった―の後ろについて来た生徒は、どうみても白を基調とした制服を着ていた。この学校で白を基調とした制服を着ているというのは女子生徒であるということだ。男子は薄緑ノブレザーで、女子は白のセーラーだからだ。

「……県の高校から転校してきました。桜庭夕季(さくらばゆうき)です。一年間よろしくお願いします」

転校生の決まり文句を弾んだ調子で言いながら頭を下げたのは、腰の辺りまで黒髪が真っ直ぐと伸びた、誰が見ても文句の無い美少女だった。



 

ようやっと一話が始まります。

この章のテーマは線です。たぶん。

たぶんというのは、それが第一話のテーマになるのか、第一章のテーマになるのか、今考えながら書いているからです。


なにはともあれ、続きをお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ