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0話 アーティフィシャル-5

大切に思う気持ちは、おそらくだが、アーティフィシャルではないのだろう。

「もう、疲れたわ。解放してくれないかしら?」

「まだ、監禁生活は二日目だ。こんなんでのびてちゃ先が思いやられるよ」

どこにでもある、普遍的なアパートの一室。散らかったゴミやら、無造作に置かれた服やら布団やら、あまり綺麗な部屋ではない。

「超能力は疲れるの。腕を出しているだけでも消耗してくのよ」

後ろでに両手を手錠でつながれ、さらに右手の先から伸び出る三本目の腕はロープと手錠で自身の首につながれている少女。その異様な少女は整った顔に、長い髪をたらし、床に伏せていた。その少女は面倒くさそうな表情で疲れたと言った。さきほどからノートパソコンのキーボードをカタカタとと言わせていた痩せ型の男が、はぁとため息をついて、三本腕の少女を見た。

「俺が君にちょっかいを出していないだけ、ありがたいと思いなよ。文句をいってるとそのうち、」

「だって、死んじゃうんだもん」

「……、じゃあ、手錠をはずしてやるから犯してやる」

「外さないでいいわ」

「そういうと思ったよ」

そうやって、また男はパソコンに向き直る。

 少女には今二つの誤算がある。一つは、今かなり自分が衰弱していることだ。超能力が体に負担をかけるものだと、今になってはじめて知った。もう一つは、心から桐得に早く来てくれと願っていることだった。桐得に手錠をはずさせて、それでこいつを殴り倒してしまって、それで終わりだと思っていたのに。心から助けを求めるようになってしまうとは。

 今はまだ、平静を保っていられるが、そろそろ余裕がなくなってきた。その証に、額にうっすらと汗がにじむ。もう少ししたら、本当に危険かもしれない。本当に命が危ないような気がする。自分の三本目(サード・アームズ)に殺されるなんて、洒落にならない。


 ところで、六月十二日金曜日、今日この日にこの事件は解決するだろうが、その解決はあまりにもあっけないだろう。事件というものは普通、ある程度長引くものであるが、それには理由がある。犯人が分からないということだ。他にもいくつか理由がある場合が多いが、しかし、大体は犯人が分からないというのがまず第一にがあるだろう。

 もう、お分かりかもしれないが、今回の事件があっけなく解決する理由。それは、犯人がおおよそ分かっているということだ。彼らが以前解決した事件に、今回と同じ犯人がいる。これは彼らの推測であるが、しかし、確信のようなものが彼らの中にはあった。


 さて、話の舞台は七城高校(しちじょうこうこう)に戻る。昼休みももうすぐ終わるというころ、由理は次の授業に備え、教室の真ん中の自分の席で、参考書やらノートやらを机の上にだしていた。そこへ偽夕季が来る。腰を少し屈めて、目線を少し下げ、申し訳なさそうな顔を作る。

「さっきはごめんなさい。ちょっとイライラしてたの」

だけども、その仕草一つ一つは由理にストレスを蓄積させる。夕季は目線を下げることはしない。偽と本物の仕草が食い違っているのは当たり前のことだが、明らかな偽が平然と自分を夕季だと言い張ることが、むかつくのだ。

「いいよ。気にしてないし」

だが、今は、そんなことを言っている場合じゃないのも事実。よくよく考えてみたら、ここで偽夕季にまとわりつけない理由を作ってしまっては、夕季を助けられないなんてことになるかもしれない。

 偽夕季が席に着き、この教室の空席は一つもなくなった。チャイムが鳴る。さあ、この三つの授業が終わったら、由理にとっての本当の戦いがはじまる。


 六時限目終わりの休み時間、由理のマナーモードにしていた携帯がぶるるぶるると自己主張をはじめた。桐得からメールが来たとのことだ。

「俺に告白した少女、名前は真下恵理(ましたえり)と言うらしいが、昨日言ったとおり、偽夕季と同じくこの学校から出してはいけない。お前は、もしかしたら関係ないかも、なんて思っているようだが、そんなことはない」

……あの可愛らしい少女がこの事件に関係しているなんて、信じがたい。確かに夕季と桐得は関係あると言っているが、それをあまりにすんなりと真に受けてしまうのはよくないかもしれない。確かに、私も最初は簡単に信じたけど、よくよく考えたら馬鹿なことね。由理は根拠の有無を聞くためメールを返信する。すると、すぐに返事は返ってきた。

「ある」

「どんな根拠?」

今度は、返ってくるまですこし時間がかかった。メールなどせずに、直接話せばいいとも思われるが、教室には偽夕季がいることを考えると、これが最もマシな会話方法だ。

「メールで書くには長すぎるから、要点だけを伝えることにしよう。そして、一応だが、このメールを読むときは、周りに誰もいないことを確かめて読め」

その後の、数行に渡る文面は、由理から表情を奪い、そして、由理に超能力の“便利さ”を再確認させた。


 七限目も終わり、その後のホームルームも終わる。部活のないやつはこのまま帰り、部活のあるやつは部活に向かう。だが、今、この学校に異質な者が三人いる。その三人は、これから帰るわけでも、部活に向かうわけでもなく、戦いに挑むのだ。高峰由理は教室の隅の席でそそくさと帰宅の準備をする偽夕季に近づいた。気合を入れる。こいつをこの学校から一歩も出す訳には行かない。明星桐得は一秒でも早く桜庭夕季を助けるため、自身の“全速力”で学校を後にする。そして、偽夕季は彼のサインを聞くまで、この苦難を続けなければならない。


 明星桐得は誰にも見つからず、誰よりも速く、七城高校を出た。四階建ての普遍的な校舎にさよならを言う時間も消し、あたりの景色に同化することもなく、走り続ける。普段の彼はこんなに全速力で走るなんてことはしない。しないからこそ、数分も走っていないのに息切れだった。だが、数分も走っていないのに、目的地についていた。

 七城高校から直線距離にして東へ四kmほどの場所にある、法務局の支局。必要なものはここにある。

「名前さえ知っていれば、どこに住んでいるのか分かる。便利だな」

呼吸を整えつつ、独り言をつぶやいた。

 手っ取り早く地図を借り、そこで目的地を定める。どこにでもある普遍的な安アパートの一室に、そいつはいる。夕季もいる。幸い、ここから近い場所だ。場所もわかったんだし、このまま走っていこうと思ったが、少し休んでからにすることとした。肺が潰れそうだ。普通に走っていればこんなことにはならないのに、タイムロスを考えると、こんなことをする必要はないのではないか?否、それでもこの方がずいぶん早い。

 ところで、彼が何をしているのかということは、後々分かることなので、今は説明を省くことにするが、彼は超能力を持っている。ただ、その能力は彼自身の足を速くさせるようなものではないし、そして、実はこんなにポンポンと使っていいようなものでもない。

 日が少しずつだが傾き始めてきている。今は四時四十二分。一応、桐得の学校が終わってからここまで七分しか経っていない。しかし、七分だ。できるだけはやくやることを済ませて学校に戻らないと、由理の負担が増える。目的地も分かったんだし、彼はまた全速力で世界を駆けることにする。気がつけば、法務局の前から薄緑のブレザー姿の男子は消えていて、気がつけば、誰よりも速く歩道を走っていて、黒い短髪が風にふわふわ揺れるよりも速く、駆けるのだ。世界を、時間を。そして、二分後だ。彼が目的の一室へとたどり着いたのは。本当にそこが目的の部屋であることを、二度三度確認してから、彼はその部屋のチャイムを鳴らした。


 一年B組の教室が少しずつ朱を帯び始めたころ、偽夕季はうんざりとしていた。朝からずっと、私に張り付いてくる変な女、高峰由理。桜庭夕季とやらは、ずっとこんなのと一緒にいるの?馬鹿みたい。昼休み、由理が桐得に連れて行かれたとき、周りの人は「いつも二人で居るのにどうしたの?」と聞いてきた。それを聞いて、彼女は自身が偽だと気づかれることはあってはならないから、謝りはしておいた。しかし、よく考えると、由理も桐得も彼女が偽であると気づいているのだから、こんなところで芝居をしておく必要は無さそうなものだが。それでも彼女は今も夕季を続けている。なぜなら、彼女は彼女に偽夕季をさせている人物に逆らうことは無いからだ。

 それにしても、鬱陶しい。この女は私を学校から帰らせないつもりらしい。でも、そんなことになったとしても、対策なら考えてある。

「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」

「え?はいはい。いってらっしゃい」

にこやかに笑う由理を教室に残して、偽夕季は女子トイレへと消える。


「明星。さっさと戻ってきてよ。面倒だよ」

高峰由理はため息をつきながら、教室廊下側の一番前の席に座った。先ほど偽がトイレに行った。最初はトイレにいくなんて言い出したら、それも付きまとうつもりだった。しかし、桐得の推測を聞いてその必要がないらしいことを知った。

 まだ時間は十分ほどしか経っていないものの、明らかに刺を出しているような人間と十分も話し続けるのは喜ばしいことではない。だから、ある意味、次に起こることは由理にとって少しうれしいことであるには違いない。

 教室の前を桐得の彼女となった仔リスのような小さな少女、真下恵理が通りかかった。

「あ、恵理ちゃん。恵理ちゃん!」

彼女なら、私に刺々しく接することはない。そういうキャラクターだからだ。そして、由理にとってそんな彼女が監視する対象であるのは喜ばしいことであった。

 廊下で呼び止められた彼女は由理の方をきょとんとした表情で振り向き、静止した。対して、由理の方はさっきまででは考えられないハイテンションで、恵理に近づく。彼女のテンションが上がる理由、それは簡単なことだった。ただ、相手が可愛らしい。扱いやすいキャラクター。そういうことだった。

「あ、あの……誰ですか」

「あれ?もう忘れちゃったの?昼休み、桐得に勉強を教わっていた馬鹿だよ」

そういうと、恵理は三十度ほど傾けていた首を元に戻し、思い出したような顔と苦笑いを同時にこなした。

「あ、さっきは、すみませんでした。見苦しいところを見せてしまって……」

「ううん。そんなことはいいよ。それより、いろいろ聞きたいことがあるんだけど」

そういいつつ、小柄な恵理の体に腕をまわし、捕まえると、屋上への入り口へと向きを変える。

「いいかな?ちょっと付き合ってもらうよ」


 どこにでもある普遍的で汚らしいアパートの一室。唯一おかしなところといえば、手錠に縛られ息が少し荒く額に汗をびっしりと貼り付けている三本腕少女がいることくらいだ。そんな一室にチャイムが鳴り響く。パソコンに向かって、何やら打ち込んでいた細身の男がはぁとため息をついた。そのままそのあたりにあったガムテープを広い、少女の口を覆った。

「しばらくおとなしくしておけよ」

少女のほうは最初から諦めているらしく、だらりと長い髪をたらしたまま適当にうなずいた。

 新聞の勧誘だか何だかだろうどうせ。そうやって細身の男は玄関まで小走り。部屋に入れるつもりはないのだが、もし大切な何かの可能性が無いわけでもない。だから、ドアを軽くあけて何が来ているのか確かめる。

 誰も居ない。どうやら悪戯らしい。

「最近の餓鬼は。……鬱陶しいことこの上ない」

もう一度ため息を吐いて、ドアの鍵を閉める。先ほどの作業を再開すべく、部屋に戻ろうとして、気づいた。

 薄緑色のブレザー。平均よりも少し低めの身長。自分と同じような細身。黒い短髪はなびかない。そこにはさっきまで居なかったやつが腕を組み、仁王立ちしていた。たしかに、細身で低めの身長だが、そこには風格がある。何か、強者としての雰囲気がある。その強者は以前も、三本腕少女と組んで、彼の計画を邪魔した。

「そうだな。確かに、最近の馬鹿は、鬱陶しいことこの上ない」

明星桐得がそこにいた。

 

 以前、桐得と夕季は一つの事件を解決した。そのときの犯人こそが、今、桐得の前にいる痩せ型の男。そして、今回の黒幕もこの痩せ型の男。この男も超能力者で、しかも強めの能力を持っている。だがしかし、桐得や夕季の前には敵ではないことは確かだ。なぜなら、馬鹿だからだ。

「馬鹿とはいえ、前のように能力無しで戦うなんてことはできそうにないな」

「何だ。何でお前がここにいるんだよ!」

ふぅと桐得はだるそうに息を吐く。

「お前がドアを開けたからだ。それ以外何がある?」

「何だと!?そんな訳が」

無い。あんな小さな隙間、人が通れるわけが無い。そもそも通れたとしても、この痩せ型に見つからずに入ることは不可能だ。もし、桐得の言うことが本当なら、それを可能にする何らかの能力があるということだ。

 痩せ型は馬鹿ではあるが、馬鹿なりに、桐得への対抗策を考える。そもそも桐得が超能力者であることはなんとなく分かっている。ただ、その正体がつかめないだけだ。しかし、正体をつかむ必要は無い。俺の能力は強い。勝てるに決まっている。

Miracle(ミラクル) Air(エア) Rine(ライン) 」彼は自身の超能力をそう名づけた。空気のレールを作り出し、空中を動く物体の軌道を操作する。レールは自身にしか分からないから、これを使えば、相手はどこから攻撃がくるのか分からない。遠くからナイフを投げて、相手の好きなところを刺すなんて事も可能だ。単純に考えて、夕季の能力よりも強かったはずだが、負けたのは本人の知能の低さからだ。

 一応、いつでもナイフは準備してある。目の前の餓鬼はここまで準備がいいなどと思うまい。そう思って、ズボンのポケットに入ってあるナイフを出した。むしろ、持ち歩いていては街中で見つかったりした可能性も考慮するべきであるが、彼の超能力は上手く利用すれば見つからないように隠すことができる。あくまで、上手く利用すればだが。

 痩せ型はそのナイフを適当に投げた。力の加減もコントロールも適当だ。だが、それをミラクル・エア・ラインは補正する。力もコントロールも全て。そうやって、勢いのついたナイフは桐得の周囲を猛スピードで数回回転し、背後から心臓を貫く予定だった。だったのだが、桐得はそれを、回転中のそれを素手で掴み取った。掴み取ったそれをそのまま無造作に放り投げる。ナイフは床に突き刺さり、そのときコンと一瞬だけ嫌な音をたてた。

「本来なら後数回くらいは遊んでやるつもりだったんだが。学校に由理を残してきているし、何より夕季がやばそうだからな。今すぐ潰す」

痩せ型は開いた口がふさがらない様子だった。自分の強いはずの能力は、片手で簡単に止められてしまった。それがショックだったのだ。

Closeクローズ the Worldワールド ! 」 

本のタイトルでも呼んでみるような適当な声で、すらすらとはっきりと能力名を宣言する。そんなことをする必要は無いと桐得は言う。しかし同じように、宣言したほうが、能力を使用したかしてないかの区別がつきやすいとも桐得は言う。

 能力の発動後と発動前で変わったことというのは無いように見える。しかし、それは違う。音が無くなっている。動きが無くなっている。痩せ型の口は開いたままでふさがる事は無い。夕季の額の汗はそこからしたたり落ちることも無い。乱れた髪は乱れたままに、整うこともさらに乱れることも無い。なぜならば、時間が、世界が、止まっているからだ。桐得の全速力という異様な速さの走り、隙間の小さな玄関から気づかれずに入ってきたこと、猛スピードで動くナイフを片手で掴み取ったこと、これらのタネは全て、時間停止能力だった。

 痩せ型のポケットから鍵と携帯を盗み、そこに手錠の鍵があることを確認して、無防備な腹に二発、顔面に一発、パンチをお見舞いする。時間停止の世界では、痛みは感じない。そして、よろけることもしない。だが、時間が再び動き出すと同時に痛みを感じ、体は受けた衝撃の分後ろに倒れることになる。そのまま玄関に倒れこまれても迷惑だから、すぐ横にあったトイレに放り込んでおいた。そうして、時間は動き出す。トイレの中から何かがぶつかり落ちたりするような音、悲鳴が聞こえる。今ごろ痩せ型は顔面、腹への痛みを一度に受けていることだろう。それだけではなく、真新しくぶつけた痛みもあるはずだ。

 夕季の手錠をはずし、ガムテープもはがす。ガムテープは慎重にはがした。それはちょっとした気遣いと、あとで怒られたくないがためだ。それだけしてやると、夕季はすぐに立ち上がった。だが、ふらりとよろけて、桐得にもたれかかるような姿勢になる。額の汗が、乱れた髪が、息が、本調子でないことを雄弁に物語っていた。

「遅い、わ」

「悪かったな」

「えぇ、悪い。なかなかこないから、こんな、こんなに」

一応立つことも歩くことも可能だが、まだ少しふらつく。

「……ちょっと肩借りるよ。異論はないわね?」

「あっても聞かないんだろ」

そう言うと少し黙った。

「聞いてあげる。少しくらいなら」

桐得にとってその返答はうれしくもあり、ある意味不気味でもあった。だからこそ、異論は無しということにした。

 まだ夕季が本調子じゃない。ふらつきながら、桐得にもたれかかる。いつも強気な夕季のその姿は桐得にとって新鮮なものだった。トイレの中でのびているであろう痩せ型は放置して、汚らしいアパートの一室からさっさと逃げ出した。学校に残している由理のことが思い出されるが、夕季が走れそうにない。少々時間を食うのは仕方ない。

「どこ行くの?」

「とりあえず学校だな。お前を、お前の家まで運ぶ余裕はない」

痩せ型が住んでたアパートから夕季の家と学校ならどちらが近いかというと、明らかに学校だった。病院にでも連れて行けと言われるかもしれないが、やはり学校のほうが近いし、この衰弱は放って置くのが一番いい対処法だ。桐得は超能力からくる体への負担、そしてその衰弱も体験済みだ。だからこそ、一番いい対処法を知っていた。

 

 太陽がはっきりと夕日の色を示し始めるころ、夕季はふらつくことはなくなっていた。しかし、まだ、走るのはきつそうだ。もう、桐得にもたれかかることもなく、並んで人通り少ないの歩道を歩く。

「そういえば、一つ聞いておきたいんだけど」

「何だ?」

「何をしたの?傍目で見てたけど何が起きていたのか分からなかったわ」

「……当たり前だ。時間停止は傍目に見えることはない」

時間停止という言葉を聞いて、夕季は目を丸くした。

「数秒だけ、時間は止まる。だが、止めたら止めた分だけ、“時間停止を行えない時間”というのが出てくる。そういう面倒な制約はあるが、かなり強い能力だな」

時間停止能力。それは世界を、一瞬だけだが確かに、自らの支配下に置く能力。夕季の三本腕や、痩せ型の軌道修正なんかとはスケールが違いすぎる。例えば超能力の存在を認識している人がいたとして、どこにでもいそうな普遍的なこんな男子高校生に、そんなすごい能力があるなどとは誰も思わないだろう。

 しばらく歩くと、いつもの校舎が見えてきた。時間は四時五十一分。だいたい十六分間、由理に面倒を押し付けてしまった。本当のところは、桐得が痩せ型の家についた時点で、偽夕季を放置してやってもよかったのだ。なぜ、今まで残していたか。理由は二つある。次に会うとき、また桐得たちに害を及ぼすことのないように、というのが一つ目の理由。答え合わせをしたいというのが二つ目の理由だ。

「ところで、さ。学校行かなくてもいいんじゃない?」

「言い忘れていたが、学校にはお前の偽者がいる。今から学校に行くのは、そいつをどうするか、というところだ」

「へー。面倒なことになってたのね」

 二人が七城高校の校舎の前に並んで立つと、その校舎の屋上に、二人の女子生徒が小さく見えた。


 屋上。この事件の一番最初の動きはここで起こったのだった。桐得に小さな少女が告白したこと、それが事件の一番最初だった。今ここに集まっているのは、黒幕、そして適当に拾われた不良四組を除いた事件の当事者だ。明星桐得、桜庭夕季、高峰由理、そして、真下恵理。

「意外とはやかったね。もうちょっと待っていなかいゃいけないと思ったんだけど。で、どうするの?」

「そうだな、まずは、答え合わせでもしようか」

屋上から出るため唯一のドアがある側に、桐得、夕季、由理の三人は立つ。そして、そのちょうど反対側に恵理は一人おどおどとしている。

「あの、どういう、ことでしょうか?」

恵理は今にも泣きそうな目で、桐得を見た。それに対して桐得は、いつもどおりの無表情に、微苦笑を混ぜた。

「ゲームオーバーだ。と、いうことだ」

桐得は腕を組む。恵理は泣きそうな顔に困惑をプラスした。

「今から話すことは、ちょっとした推測だが、間違ってはいないはずだ。まぁ、間違っていたとしてもそのときはそのときだ。これは答えあわせなんだからな」

事件の解決というステップは、そのステップ自身の終盤へとたどり着いた。あとは、その脳裏に推理という形で浮かぶ事件の全貌を言葉にし、そして真実であると証明できる事物を提示するだけだ。

「とりあえず、順を追って話すとしよう。まず、この事件の始まりは、真下が俺を呼び出したところから既に始まっていた。事件の黒幕である痩せ型の奴は、俺と夕季を引き離すべく、真下にちょっとした命令を下したわけだ。そして、その命令どおり、真下は俺を昨日の放課後ここへ呼び出し、そして偽の告白をした。これは別に告白である必要はないように見えるが、恋は人を盲目にするらしいからな、そういうので俺の動きを少しでも鈍らせようとしたらしい。そして、俺が呼び出されているころ、夕季と由理は不良四人組に襲われた」

「なるほど、だから夕季は、私に恵理ちゃんに気をつけたほうがいいと言ったのか」

「そうよ。それで、不良四人組は私を指名していたから、それに、数週間前の事件のこともあったし、すぐに黒幕が誰であるか分かったわ。ついでに、三本腕サード・アームズ対策も万全らしいこともね」

三人はこの事件についての納得を深めていく。対照的に、恵理はどんどん困惑の色が強くなる。

「その後、ちょうど由理が学校に戻ってきている途中くらいだろうな。俺が真下の告白をOKしたとき、真下は逃げるように屋上から出て行った。それは真下というキャラクターというのもあるのだろうが、理由は他にある」

一呼吸置いてから、桐得は偽夕季=真下恵理であると言った。

 由理はため息をついた。夕季は目を丸くした。恵理はそろそろ意味が分からなくなりすぎたというように、言葉を挟んだ。

「何言ってる?意味分かんないよ。桐得君。どうしかちゃったの?」

桐得は面倒くさそうに首を横にふり、話を続けた。

「その後すぐに、俺は偽の夕季に捕まったんだ。屋上に何で呼ばれてたのか、とか、結局どういう返事を返したのか、とかそういうことを聞いて茶化してきたわけだ。だけどな、いろいろとおかしいんだ。夕季は由理と一緒に帰ったはずだし、夕季が茶化すとしたら、先に出て行った恵理をまず捕まえるはずだ。この二点で矛盾するわけだが、もし、真下が偽夕季だとすると、つじつまは合う」

「そして、偽夕季として桐得に先に接触しておくことで、由理が、私が誘拐されたことを話しても信じてもらえないと、そういうことかしら」

「そうだ。その後は、普通に夕季として、夕季の家に帰ることで、両親が警察に通報したりすることはなくなる。こうやって夕季として成り代わり、とりあえず痩せ型が目的を達成するまではそのままでいるつもりだったんだろう。結局、一日たたずにばれていたわけだが」

 こうして、事件の事実は解き明かされたわけだが、まだ、納得のいかぬ顔が一人いた。この事件の犯人側だとされた真下理恵である。泣きそうな目は、そのままに、だが、困惑の表情は怒りの表情へと変わっていた。

「よく分からないけど、でも、私が何かの犯人だって言いたいんですね?」

「そういうことだ」

「証拠は、あるんですか?」

そうだ。ここまで三人がしゃべったことは推理でしかない、下手をすれば単なる妄想でしかない。それが真実であるかどうかを確かめるためには証拠が必要だ。

「ある」

桐得は自信たっぷりにそう言った。

「まず、一つ。弁当箱だ。偽夕季と真下はまったく同じものを使っていた」

「そんなの、偶然です!」

「二つ。真下がこの学校に居るとき、偽夕季がいなくなっていた。これは今日の昼、由理に調べさせたことだ」

「この学校全てをくまなく調べられたわけがない。それに、偶然すれちがわなかっただけかもしれない!」

「三つ。痩せ型の携帯の中にお前とのメールがある」

そういって、自分のポケットの中から痩せ型の携帯を取り出した。これを見て、恵理の表情がさらに変化する。あふれそうな涙は、その場で止まり、怒りの表情は恐怖に近いものへと変わった。

「まぁ、本当にお前とのメールであるかは分からないからな。その携帯のメアドを教えてくれ。お前が白なら、これらのメールの送り主とはアドレスが違うはずだ」

恐怖は諦めになった。はぁ、とため息をつく。いつの間にか雲ひとつ無くなっていた空はもっとも夕日として最も綺麗な色で、輝いていた。

「その必要はない、わね。おっしゃるとおり、私は犯人側よ。動機とか、聞きたい?」

「いや、それこそ必要ないわ。あなたが折れてくれれば、それでいいのよ」

「折れてくれるだけじゃなくて、もう二度と危害をくれないようにしてほしいけどね」

ふふっと恵理は笑った。その表情は、見た目からは想像できないほど大人びて、憂いに満ちていた。

「それは約束できないわね。私は彼についていくだけだから」

「そうかい」

面倒ごとをふっかけてほしくは無い。そういう考えが桐得にはあるものだから、痩せ型と同じ運命にあわせてやろうかとも思った。しかし、夕季は行こうといった。そこにいる小さな女に興味は尽きたというような顔をして。桐得に、異論はないし、由理も同じようだった。

 

 学校の正門で既に、桐得たちと、夕季は道が分かれることになる。それでも、昨日、いや、ほぼ毎日、由理は夕季の方向へついていくわけだが、その理由はまた別の機会に話すとしよう。今日の由理は昨日と同じように桐得と同じ道を歩くことにしたらしい。夕季に手を振って、桐得と肩を並べる。二人とも今日はいつも以上に疲れた。小さくてチンケな事件だったが、それでも事件は事件だ。疲れないはずがない。

 オレンジ色の通学路を歩きながら、由理が聞いた。

「そういえばさ。恵理ちゃんの能力のことで、一つ気になることがあるんだけど」

「何だ?」

「あれって、夕季以外の人にも変身してたら、私たちは気づかないよね」

「あぁ、それなら心配はいらない。あの能力は、顔、声、体格、その他いろいろの詳細な情報がないと使えないはずだ」

桐得は、すらっと答える。

「そうなの?ってか、どうして知ってるの?」

「推測だよ。知っているわけじゃない」

推測。何気に、すごいことを言う。というか、すごいことをしている。由理は桐得と幼馴染ではあるが、実はこんなすごいやつだとは知らなかった。

「推測って、どうやって?」

「あの能力。人の姿をパクっていたよな。パクるということは、その元を知らなければならない。顔だけパクるならそれを見れば分かるし、声をパクるなら普通に聞けば分かる。だが、体格なんて制服の上から見ても分かるわけがない。だから詳細な情報が必要だ。そう考えてみたんだ」

「なるほど」


 六月の湿気は気がついたら消えていた。とはいえ、そんなものは、また数日経てば戻ってくるに違いない。違いないと予測ができているのだから、どうにかできないものかと思ってみるのだが、できるはずがない。なら、諦めて、この湿気を微塵も感じられない綺麗な夕日を浴びることを考えよう。どうにもならないものを考えて、今をブルーにするよりも、どうにもならないものは諦めて、今を、日常を楽しむことが一番である。

 事件は今日、六月十二日に一件落着となった。小さな事件だったが、その中には非日常のかけらがちりばめられていて、楽しげで愉快げなものだった。そのはずだ。そうだと願いたい。なぜならば、これが楽しげで愉快げではないと言うのなら、この物語を見るのは、少しだけつらいかもしれない。この先、この前、そこにある事件たちはどれも非日常のかけらがちりばめられているからだ。


- ゼロ話 アーティフィシャル 完 -

なげぇ。

いや、うん。前の分で次で0話終わりますなんて言ってしまったから、3つ分くらいに分割できただろうに、しませんでした。

長いです。すみません。

ですが、内容としては結構面白かったでしょ?いや、自分のものが面白いかどうかは自分で評価しにくいですから、実際面白くなかったー!とかあればそういうメッセージを送りつけてやってください。実際面白かったー!という人は、星多めに評価をつけてやってくださいww

さて、この0話の、「アーティフィシャル」ですが、これは真下恵理さんの能力名です。この真下恵理というものもおそらく、誰かからパクってきた姿なのかもしれません。


次回からこの彼らの日常賛歌は本格的に動き始めます。たぶん。期待しててください!!がんばりまっすので。

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