LifeRomans -3
高峰由理の常識はもうその形をとどめていない。
道端に花束が供えられてあった。ここに置かれたいくらかの花の内、二つは、夕季と同じ超能力を持った者だ供えたものなのだが、夕季はそれを知らない。そもそも、この通りを見たのはほとんど一度で、そのとき、花束が一つ二つ置いてあるのは見たのだが、そんなことはすぐに忘れ去ってしまっていた。だから、今ここで花束をみるのもほとんど初めてと一緒である。自分も花を供えた方がよかったかもしれない。そんなことを思いつつかがみこんだ。どうしてここに来たのだろう。理由は、無い、ただふらふらと迷い込んだようなものかもしれない。いいや、この花に、この場所にまつわる話をしていたから、というのが理由だ。後ろに立って夕季の背中に陰をつくる由理が、口を開く。
「嫌な話だね」
由理はここまで歩く途中、夕季が関わった事件のあらましをほとんど聞き終えていた。いつも明るいその顔がかげる。夕季は振り返ることも無く、すくっと立ち上がって、言い放った。
「どこにでもありえる話よ。その実体は、特別なものじゃないわ」
ため息を吐く夕季の表情は見えない。
「冷たいね」
「そうかもしれないわ」
それだけ言って、由理のほうを振り向いた。言っていることとは反して、夕季は実に軽快に笑っていた。目を見張る由理に、さらに言葉をかける。
「でも、そういうものでしょ?」
そういうもの、とは、何がそういうものなのだろうか。さも当然のように言った言葉は、人に死に冷たいことに対してか、それとも新聞やテレビの話題を途絶えさせること無く起き続ける事件に対してか。夕季の切れ長の目の奥を見つめても、判断はつきそうに無い。しかし、見つめていると、夕季が由理の背後を見ていることに気付いた。目を凝らして、遠くをのぞくようなそぶりだ。幽霊でもついているのだろうか。現実味を帯びてきた事柄だから、そういう冗談は願い下げだ。
しかし、夕季が見つめていたものは、冗談ではなかったし、それ以上にたちの悪いものだった。灰色の長い髪を風になびかせて、その華奢な両腕に、小さな体には少しつりあいの取れていない大きめの古い傘を抱いて走るその人は、まさしく先の話題に上っていた幽霊少女だった。その華奢な体をつつむどこかの中学のセーラー服がそれを確信させる。しかし、その少女は以前由理と会った時とは雰囲気がまったく違っていた。まるで死がそこまで迫っているような、いいや幽霊だから死という概念は無いのかもしれないが、そんな切羽詰った顔をしていた。後ろを振り返って何かがいないことを確認すると、肩を上下させながらその足を緩めた。少女を注視する夕季や由理には気付いていないようだ。「ねぇ、」という由理の一言に、上気した顔であわてて振り返り、そのままあわてて驚いた。
「そんなに驚かないでよ」
頭一つ分、とまではいかないまでも自分より背の低い少女を、上から眺めながら由理は微笑んだ。今この瞬間に、少女がほとんど絶望に心を食べられてしまったことにも気付かずに。夕季は由理の後ろで冷たい顔をしていた。幽霊少女とやらが目の前に現れてしまったものの、いざ現れると信じられなくなる。
少女はきょろきょろとあたりを見回す。由理には答えないで。ただ、二人の背後に一つの人影を見つけて、今度は由理にも分かるほどにぎょっとした。
「君たち、その子の友達かい?」
渋い声は夕季の後ろから聞こえた。黒いスーツ姿は、この六月には少し暑苦しいが、若干白い肌にはよく似合っていた。すらりと長身な男は、その色白顔にうっすらと、しかし、確かな、勝ち誇ったような表情を浮かべていた。
「友達ではありません」
夕季は男の方を見ようともせずきっぱりと言い切った。夕季の目には由理と少女が映っているが、少女はこそこそと口を動かさないように頑張って由理に何か伝えている。
「そうか?俺にはてっきり友達のように、」
「ところで、あなたは誰でしょうか?」
男の言葉をさえぎった。この男、何かしら幽霊少女と関係があるのは間違いない。その関係は、少女の様子から察するにいいものではない。ここはとにかく素性を明らかにさせるべきだ。自分達のことは教えずに。
「俺か?俺はその子の親だよ」
嘘だ。その場にいる全員が嘘だと分かった。嘘をついているのは何かやましいことがある証拠。夕季は、何をするべきかを理解していた。このまま、少女とは無関係を装い、信じ込ませ、少女を置いて去っていくことだ。幽霊だというんだから、何をされても大丈夫だろう。死にはしないだろう。ただ、そんなことをするのは夕季の良心が邪魔をする。ふと、桐得の顔が浮かんだ。あいつなら、最善の策というやつを、何の戸惑いも無く実行するだろうなと思うと、絶対に自分はそうしないと頑なな思いができた。それに、
「嘘をついているのは、何かやましいことがある証拠」
由理は、やはり、放っておかない。驚く少女の手をぐっとつかんで離さないようにして、走り出す。一瞬後ろを振り返って軽快に言った。
「逃げるよ夕季」
逃げる前に、夕季はくるりと男の方を振り向く。そのくるりの反動を生かしたまま右拳を握り締めて男の腹めがけて放った。こんなもの、普通なら簡単に受け止められてしまうだろう。だが、夕季は普通ではない。右手の先から出るもう一つの右手も同じように加速する。結果、その力も速さも普通の二乗だ。思ったとおり、受け止めようとした手が間に合わず、拳はドスと鈍く音を出しながらその腹を打った。男はがくりと膝をつくようにその場に倒れる。手をついて立ち上がろうとするが、痛みがそれを拒む。
「ごめんなさい」
楽しそうに言って、夕季も二人の後を追った。
PCが壊れました!Yeah!
ハードディスクが昇天されましたので、取り替えてもらっています。ということで、無更新でした。
ところで、今もPCは帰ってきてません。他人のPCを借りて、ということになってます。