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Laugh with

第七話

 夕日が綺麗だ。もうすぐ今日は終わり、そして何回か日の終わりを経ると五月も終わる。事件も終わったし、寄せ集めの異能者チームも解散になる。最近はどうも終わることづくしだ。潤一郎は書斎の椅子にふんぞり返るように座っていた。書斎には彼一人。椅子をくるくる回して夕日を背に浴びたり見たりしている。結局二人目の被害者からは何の手がかりも得ることができなかったし、得る必要すら無くなった。調べている途中で桐得から連絡があり、もう終わったことと伝えられた。

「やっぱりな。思ったとおり無駄足だ」

携帯のメールを見て、潤一郎はため息を吐いた。隣にいる銀時が怪訝な顔で覗き込んでくる。説明も面倒くさくなって、潤一郎は右手に持った携帯をつきつけた。一瞬面食らって、そしてやる気を奈落のそこへ捨て去った銀時を一瞥し、斜めに構えた太陽を眺めた。傲慢で偏屈な角度は明星少年みたいだ。折りたたみ式の携帯が潤一郎に同意を示すように手を叩いた。無機質なものに慰められても余計に疲れるだけで、ポケットに滑り込ませておいた。

「そういえば、桐得は犯人をどうしたんだろう」

 後ろでふと思いつく銀時を、潤一郎は疲れと非難を混ぜ合わせた目で振り返った。振り返っただけで何も言わなかった。

「あいつのことだし、嫌な予感がするんだが」

「おおよそ、お前と同じだろうよ」

そう言うと、とぼけた頭をした銀時から目線をはずした。悪人は、鬼の力でもって、再起は一応可能な程度に痛めつけてやるのだ。法で裁くことが出来ず、殺すなんて勇気は銀時には無い。いや、そもそも殺害を肯定していない。悪人をそのまま野にはなってしまうことになるし、後々復讐される危険性もあるが、それくらいしか策は無い。桐得も大体同じような結論に達しているはずだ。桐得もまだ子供だ。悪に対して残酷になりきれるはずもない。それに、善悪とかそういうものに興味は無さそうだったのもある。

 とりあえず事件自体は終わっていた。机の上にある簡単なメモ書きを見ながら数十分前のことをちらりと頭に浮かべた。ついでに椅子も止めた。メモ書きに添えてある写真を見ながら、ため息をついた。手入れのされていない長い髪の毛が表情をぼかしている。発育不足としか言いようの無いその華奢な少女は何ゆえ殺されたのだろうか。思いついたが、すぐに考えるのをやめた。あとで桐得に聞けば答えてくれるかもしれない。動機くらいは聞き出しているだろう。それに、犯人ばかりをかまってやるのはもう終わりである。事件が解決した後は、この世を去ってしまった彼らに哀悼を、尊い命が奪われたことに憤りを、悲しみを、花にして捧げるのだ。そしてこの一件を言葉にして遺すのだ。彼らへのせめてもの何がしである。


 翌日。昨日と同じような空を背負って、緑が勝った薄灰色のブレザーが花束の数を一つ増やしていた。新しい綺麗なガラスで閉じた古本屋の前には、もう死の痕跡は残っていないが、花束がいくらか添えられていた。明星桐得の細く白い手が簡素な花束から離れる。目を閉じて手を合わせると、できた輪の中を桐得の後悔と哀が駆け巡った。名前も知らない。顔も知らない。そんな誰かを守れなかった。桐得は自分の日常が、正体不明の殺人鬼によって汚されるのを防ぎはした。だが、目の前で、自分の力さえあれば何とかして守れそうだった命を守れなかったことを、悔いていた。

 桐得はふらっと立ち上がった。半ば頭脳が呆けていて、足元の花束を見つめる目の焦点はずれている。しばらくすると、ため息をはき、目を閉じ開けて、意識を取り戻した。

「ねぇ、君、あの子の知り合い?」

歩き出そうとした桐得は、背を捕まえて声をかけられた。振り向くと、桐得より頭一つ分くらい小さな位置から少女が見上げていた。幼い輪郭にくりくりとした大きな目が特徴的だったが、それよりも、雪のように白い肌と染めているとしか思えない灰色の長髪がより目についた。頭の後ろでポニーテールにしていてよく似合っているのだが、その灰色は目立つ。ぱっと見た感じでは、少女は中学生の二年か三年くらいだ。化粧はしていないが、髪を染めていて不良くさい。髪以外のところ、表情や身なりにはそういったところは感じられないのだが。

「いや、知り合いじゃない」

とにかく普通に答えることにした。髪が灰色だというだけで、不審なところも無ければ、桐得が警戒心を持つ理由も無かった。

「このあたりに住んでる人、でもないよね?」

「あぁ」

同じ町内であるが、判戸町はだだっ広いので、同じ町人同士でこういう会話がたまにある。桐得の答えを聞いて、少女は頭を捻った。ふーんと何かしら考えている。おおよそ、桐得がなぜ花を添えるのかということだろう。桐得は少女の疑問に答えてはやらない。聞かれたら答えるが。少女はいい問いが思い浮かばなかったのか、諦めて別のことを言った。

「ま、どうでもいいや」と前置きしたあと「とにかく君が、渋い顔をする必要は無いと思うよ」

桐得は度肝を抜かれた。といってもやはり薄表情ではあるが。

「俺は渋い顔なんてしていたのか?」

少女はふわふわ笑う。

「してたよ。こんな感じ、悔しそうな感じで」

少女は眉根を寄せてみせた。微細な変化だが、その微細さゆえ桐得のポーカーフェイスの真似だとすぐに分かる。この少女、かなりの観察力があるようだ。

「そうか」

ため息でも吐きたくなった。疲れを感じたのだ。それが何に対しての疲れなのか、桐得は心当たりすら無かったが、同時に奇妙な安堵のような感情もあった。そのためか、自然な笑みを桐得は浮かべていた。誰かを挑発するために作ってきた嘲笑とは違い、今や誰も見たことの無いものと化した桐得の自然な笑み。学校でもこんな笑顔を作ったことは無かった。

「ほーぅ」

「何だ」

桐得の微笑みを見て、少女が何か思いつく。

「君、笑うとかわいいね」

そういうと自分も負けないと言わんばかりの笑みを作った。

「かわいくない」

「かわいい」

「うるせえ」

言いながら桐得はあははと声に出してまで笑っていた。ちゃんと笑顔になれたのは久しぶりだった。久しぶりだが、顔の筋肉はちゃんとした笑い方を覚えてくれていたらしい。しっかりと幸せな笑顔ができあがっていた。

「君は笑っていたほうがいいよ。皺なんか作らずにねー」

そういうことだから。少女は桐得の肩をぽんぽんと叩きながら、そのまま通り過ぎて歩いていく。振り返った桐得に目に写る少女の後姿に、違和感のあるものが一緒になっていた。傘。古くなった大きな傘が後ろでに引きずられていた。空を仰ぐと、茜色以外の色は見えないというのに。

 薄表情に一瞬だけ色がついていた桐得は、またその色を無くした。無くしたというとネガティブな響きがするが、元々無いものだ。心配はいらない。足元の花束を見る。自分の目的は果たしたのだし、帰ることとしよう。桐得は、少女に背を向けて歩き出す。

第一章「 細い線 」完


……伏線!?

やや、次の章に続くなにがしです。

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