君が言うほど -4
第五話
-その四
それ以降、しばらく桐得と夕季が会話をすることは無かった。夕季と弁当を食べているときも食べ終わった後も話しをしていた由理は、先の口論まがいがもう一度起こらないかと、少し期待を胸に抱いていたのだが、結局何も無かったのである。何も無かったから、仕方が無いので、夕季とずっと話していた。夕季は誰かといるとき、その表情をころころと変える。表情が豊かなのだ。今は、先の桐得と口論していたときのようないらだちを前面に押し出した顔ではなく、小さな少女のように、かわいらしい笑顔を見せてくれる。その笑顔が、由理は、たまらなく好きだった。その笑顔を壊すのは惜しいのだが、少し興味があって、それに、話の的にされる本人は珍しく席を立ち、どこかに行ってしまったので、桐得のことを聞いてみた。
「ねぇ、桐得と何かあったの?」
思ったとおり、夕季は眉根を寄せた。
「何も無いわよ。どうして?」
「え。だって、すごい言い合いだったじゃない」
「あー。そういえばそうね」
さっきの勢いから考えれば、何となく拍子抜けする答えだ。
「そういえばって。その程度の事には見えなかったけど……」
はぁとわざとらしいため息を夕季は吐いた。
「何それ」
「さっきはさっき、今は今ってことよ」
「えーと、それって、嫌い嫌いも好きのうちってこと?」
由理が小首をかしげて言った。夕季は怒り出すことも無く、あまりに的外れな言葉に吹き出しそうになった。
「言うときは言う、言わないときは言わないってこと。」
まだ由理は首をかしげていた。
「桐得の悪口をそこかしこでばら撒いても、その場の空気を悪くするだけでしょ。そういうことは本人にだけ言えばいいの。それに、反論できないところで愚痴るのは卑怯だと思うしね」
なるほどとばかりに相槌を打つ由理の後ろで、いつの間にか帰ってきていた桐得が呆れ顔をしていた。夕季がそのことに気づく。
「何か文句あるの?」
夕季の視線に気づいて、由理が後ろを振り向いた。
「あんな物言い。普通、反論できないだろ」
「あんたは反論したんだからいいじゃない」
夕季はしれと言った。桐得は呆れ顔のままだったが、答える気もしないと言わんばかりに、適当に夕気の前の席に腰を下ろした。当然のように、夕季の方は向かない。桐得はそのときに、ふと気づいた。級友の目に点々と嫉妬のようなものが含まれていることを。思えば、夕季と由理の二人組みは、現在絶賛青春中の男子諸君にとっては、ぜひともお近づきになりたいものだろう。そのお近づきになりたい二人組みに平然と話しかけていく桐得は、少なからず羨ましがられるのだ。しかし、冷静になって考えると、つながりがあるとはいえ、最悪な関係であるのは、見て取れると思うのだが。このとき、なぜか由理も桐得に対して、奇妙な眼差しを向けていた。由理の記憶では、桐得は特に用がないときに自分から離しかけていくことは無かった。気まぐれか、それとも、何かしら特別な気持ちを抱いているとか。いろいろと思考をめぐらせるのだが、由理の沸騰した頭では、変な結論しか出てこないのは、言うまでもないことだった。
桐得が嫉妬の視線に気づいて、しかし、すぐにどうでもよくなり机から教科書を出し、由理がばかばかしい結論に至って、ため息をつき、夕季が空を見上げたとき、五限目への予鈴がなった。ところで、時間が少し前後することになるのだが、桐得は休み時間の間、一年C組にいた。
「よう」
「お、おう?」
桐得に頼まれた生徒に呼ばれて、仲間内から抜け出てきた鬼は予期せぬ来客に間抜けな顔を晒していた。桐得は面白い奴だと思ったが、薄表情と無口からその言葉が出てくることは無かった。桐得がここに来た理由は、シンプルなものだ。銀時に二人目の被害者を調べる方法を確認して、それだけ済ましたらさっさと帰ろうと考えていた。桐得は二人が、いや、潤一郎が、いかにして情報を得ているのか知らない。知らないが、大体の見当はついていた。それを確認しにきていたのだ。
「で、どうなんだ?」
「すまん。知らない」
事情を説明すると、二つ返事で否定された。仕方が無いので軽く礼を言ってさっさと帰ることにした。すると、銀時は一瞬目を丸くして、不思議なものを見るように桐得を見た。
「何だ」
「使い物にならんな、とか言って、帰るんだと思ってたぜ」
桐得の常に疲れているような言い方を真似していた。
「使い物にならんな。……これで満足か?」
銀時が桐得の真似をしたなら、桐得もその言葉の真似をした。
「……満足です」
テンションを下げて、そう言うことしか銀時には出来なかった。
この一週間で、第一章は完結させる!
……できるかな?
いや、そのくらいの意気で行かなきゃ。
推敲は後回しにしよう。一章が終わって、一息ついて一気に推敲。
そうしよう。
ところで、この第五話。どうも、桐得の嫌味最強伝説ですよねただの。