君が言うほど -2
第五話
-その二
「な、え?どうやって」
「能力を使ったんだ」
階段を折りながら、涼しい顔で桐得は言った。
「どんな能力?」
夕季は表情を、面くらい顔から真剣な顔にシフトさせながら聞いた。すると、桐得は少し楽しそうな声音で答えた。
「言わない」
言わないというよりも、下手に能力を教えることはまずいことだと桐得の勘が告げているのでいえないだけだった。今のところ、桐得の時間停止能力は、止めた分だけ止められないという性質以外は、戦いや、トリックを見破ること、あるいはトリックをしかけることにおいて、桐得の経験不足が足を引っ張っている場面もあるが、ほとんど完璧な性能を誇っていた。だが、そんなものは作戦次第でどうにでもなるものだ。そもそも、桐得は、夕季の能力の秘密を知り、それを利用して従わせているのだが、桐得も相手に教えてしまっては意味を成さない。
そっけない桐得の一言を受けて、夕季ははっとため息を吐くと、芝居くさい仕草で肩をすくめながら、階段を足早に駆け下りた。階段が折れ曲がる踊り場で桐得に向き直る。
「女子を脅して好き勝手するだけあって、相当性格悪いわね」
相当という言葉に語気を強めて言った。もっとも、全体として、荒々しく吐き捨てるような言い方だが。対して桐得は表情どころか声すらも平坦だ。対照的だが、桐得は相手のことを自分に似ていると言う。
「お前みたいな肝の据わった図太い奴は、女とは呼べない。男だ」
桐得としては、あの日、夕季を脅して配下にしたあの日、夕季はもっと恐怖する、あるいは、しおらしくなるだろうと思っていた。確かに、言うことは聞くが、恐れなど無く、平然と反発するし、皮肉も言う。陰でこそこそと悪口にするのではなく、あくまで、正面からぶつけてくる。
「ありがとう。褒め言葉と受け取っておくわ」
夕季は棒読みしながら一つしたの階に下りた。並ぶ広葉樹たちが、ざわざわと騒ぐのを傍目に見ながら桐得は夕季に追いつこうと足を速める。
「マゾヒズムにでも目覚めたか?」
「前向きなだけよ。馬鹿」
桐得も追いつくと、そこには壁にもたれかかって腕組みをしている銀時と、その横で二人を待つ潤一郎がいた。
「酷い痴話喧嘩だな。犬どころか鬼も食わねぇぞ」
二人の若者が苦い顔をして、いっせいに抗議をした。
「ありえませんから。殴りますよ」
「人を人外みたいに言うな」
夕季の冷徹に一蹴する声音と、銀時の感情的な抗議を笑って受け流しながら、後ろで薄表情のままでいる桐得に話を振ってやった。
「お前は否定しないのな」
「下僕に代弁させた」
当然だと言わんばかりの口調に、振り返る夕季はキッと睨みつけた。二人の七城生に恐怖を覚えた銀時が一歩引いた。はぁと肩をすくめて潤一郎が呟いた。
「アホらし」
肩を怒らせて夕季はさっさと先を行く。その後ろを悪びれることも無く桐得がついていき、一歩置いて銀時も歩く。最後尾になった潤一郎が歩き出そうと振り返るとき、銀時や桐得がちらと見た広葉樹が目に入った。広葉樹たちは、風に泳ぎ、青々としたそのみずみずしい体を太陽にさらしているようだ。そんな言い回しを頭の中に浮かべた。彼は、ふと思いついたとき、見たものを小説的な言い回しで表す癖がある。思いつかなければ発揮されないから、癖とは言わないのかもしれないが。
アパートを出て、街路樹の整列する道を四人は歩く。古本屋のガラス戸は新しいものに張り替えられていたが、そこに置かれた小さな花束は、事件があったことを忘れてはいなかった。無論、彼らもだ。彼らも彼ら自身が動く理由を忘れることは無い。銀時や潤一郎、桐得はもちろんだが、桐得に従わされる形で動き始めた夕季も、自分の意思で、事件を解決しようとしているのだ。悪が許せない、日常を守りたい、確かに赤の他人ではあるが、その者への無念、形は違えど、目的は同じなのだ。そのために、このいがみ合いの無くならない四人は、しかし、強固なチームワークを持っていた。それぞれ明後日の方向を向いて、協調性は無いが、考えていることは同じだ。次に、何をすべきかということだ。
「得たものは……」
一番後ろで、離れ行く花束と真新しいガラスを見ていた潤一郎が話を切り出した。三人の高校生は立ち止まって後ろを向く。
「真下恵理の恋人が怪しいらしい、ということだけか」
真剣な口ぶりと表情に、薄表情が付け足した。右手にメモ用紙を取り出して。
「それと、その恋人の名前とメアド、携帯の番号」
「お前、いつの間にそんなものを」
腕組みをしつつ銀時が呆れ顔をした。
「さっきの間に」
「答えになってねぇな、それ」
人の吐くため息は不幸の風の呼び込む。銀時のそれも呼び込んだが、銀時以外の三人は図太いので、回りまわって銀時のところにため息は帰ってくると、銀時の気分を落ち込ませた。
「で、どうするの?このまま、その恋人とやらのところに押しかければいいのかしら」
二人の様子を見ようともしない夕季がそれかけた話題を元に戻す。
「そんなとこだろう」
腕組みをして潤一郎は肯定した。
「待った。まだ、犯人と決まったわけじゃないだろ」
腕組みをして銀時は否定した。銀時が言うには、証拠がただの日記だけで、犯人と断定するには時期尚早で、二人目の被害者のことも、まだ何も調べていないのだから、そっちの方を優先すべきらしい。
「それもそうだな。じゃあ、二人目の被害者について調べておいてくれ。俺たちは被疑者を調べるから」
じゃあなと、桐得は手を振って歩き出した。話し合うことは、もう何も無いというように。あわてて、銀時が引きとめようとする。呆れたようにため息を吐いて桐得の後ろについた潤一郎が、右も左も分からぬ子供に説明するような丁寧な語調で言う。
「誰も犯人と決め付けてはいねぇよ。まだ被疑者の段階だからこれから調べようってだけだ」
「馬鹿にすんな!」
銀時の顔に馬鹿を言った恥かしさと馬鹿にされた悔しさが表れる。
「馬鹿になんかしてない。鬼を怒らせると後が怖いからな。まぁともかく、別行動になるが、そっちもがんばれよ」
「お前も別行動だ」
ケラケラと楽しそうに銀時をからかっていた顔に皺がより、首をひねって桐得を見る潤一郎の顔は苛立ち色を前面に押し出していた。
「なぜだ?」
「そのほうがはかどるだろ」
さも当然のように桐得は言う。
「俺じゃなくても、お前でいいだろ」
「俺は情報収集は苦手だ」
眉間に深い皺をたたえたまま、目を閉じて肩をすくめてため息を吐いた。その様子を、銀時は嫌な気分で、夕季は多少面白がって見ていた。ややあって、潤一郎が諦めたように言った。
「ああ言えばこう言う。お前には勝てそうにないな」
夕季と桐得は真下理恵の恋人、この事件に関して、今、一番怪しいと思われる者を、銀時と潤一郎は二人目の被害者について、調べることになった。もっとも、前者は、調べるというよりももっと荒々しい行動をとろうとしているのだが。
四人は帰途につく。途中までは同じ街路樹の並ぶ広めの街道を歩くのだが、まず、銀時が一団を抜け、次に夕季が抜け、残りの二人はしかし並んで歩いていた。二人の家は目と鼻の先というほどの近いところにある。桐得は事件が解決したら、また元の他人に戻ると言っていたが、互いの目の前に、道をはさんで向き合う形で家があるというのに、そんなことが出来るのだろうか。潤一郎は、一歩程度前を歩く少年の黒い短髪が揺れるのを眺めていたが、ふと、顔をあげて空模様に気づいた。遠くによどんだ雲が見える。いい気はしないが、この梅雨の時期らしいものでもあった。
「そういえば」
潤一郎は顔を下げて、桐得の後姿に話しかけた。
「お前は何で、この事件に首をつっこんでるんだ」
桐得は傲慢でまさに自己中心的な人間だ。そんな人間が一体何の理由があって、事件を解決しようとしているのだろうか。もっとも、まともに答えてくれるはずもないだろうがと、潤一郎は思っていた。
「日常を壊されたくないからだ」
間を置くことも無く、いつもどおりの冷静な声で、しかし意外にも桐得は素直に話した。歩きながら、潤一郎は少し驚いた。驚きながらも聞き返しておいた。
「何だそれ」
「言葉通りの意味だ」
なぜ、痴漢の常習犯を殺したり、あるいは、事故を起こさせたりすることが、日常の破壊につながるのだろうかと思い悩む。今の疲れた思考では、理由は考えても分かりそうにないが、それらは確実に桐得の日常を壊していくのだろう。桐得は賢いのだから、そうだと考えていいに違いない。さて、そう考えると、桐得は潤一郎が思っているよりまともな人間であるらしい。嘘をついていなければの話だが。
「ところでお前、友達いるか?」
「当たり前だ」
桐得は少し憤慨していた。こいつは利己的な奴ではないのかもしれない。いや、少しは、自己中心の気はあるだろうが。潤一郎は、この桐得という人間がいかなる人間であるのかと、頭を捻る。
会話分が難しい。
いや、なにが難しいって、会話させるとどこまでも霧がなくなってくる上に、テンポを維持しようと思えば、情景が薄くなりがちだし。
会話を少なくするために何をすればいいのかは分かっているんですが、どうも、皮肉的返答をさせたくて、させたらまた返さなきゃで増えちゃうんです。
皮肉をやめさせれば、この小説の特徴が減っちゃう。というジレンマ。
もっとも、ここは文章力が足りないんでしょうね。がんばって、鍛えます。