君が言うほど
彼らの日常賛歌
-第一部「 Starter and Assaulter 」
-第一章「 細い線 」
-第五話「 君が言うほど 」
-その一
「日記?」
家捜しを始めて間もなく、三人は、明りも点けずカーテンを閉めているせいで少々暗い居間に集まっていた。机の上には奇妙な書類の束が置いてあるが、そんなものには目もくれず、潤一郎の右手がひらひらと泳がせているノートに視線が集まる。
「そう、日記」
満足顔の潤一郎は、そういうと、ぱらぱらとページをめくり始めた。夕季は呆れ顔で毒づく。
「人の日記を読むのは変態の仕事ですよ」
「人の日記を読むのは人類共通の楽しみだ」
潤一郎は言いながら、目的のページを見つけて、二人の前に突き出した。丸テーブルに広げられたページを、二人は見た。そのページには、数ヶ月前の日付になっていて、ただ一言、痴漢にあったと、そして、それを彼氏に相談したというようなことが書いてあった。あまり書きたくなかったらしく短い文章だった。書きたくなくても書いてあるのは、日記が習慣として身についているからだろう。
「それで?」
「つまり、ただ被害者だけでなく、その近辺の者も視野に入れるべきだということだ」
その程度のことを思いついただけで、この男は満足顔になるのかと、夕季は眉間に皺を寄せながら渋い思いをしていた。それを見て、潤一郎は愉快そうに言った。
「お嬢さんよ。これだけじゃないぞ」
ページをさらにめくった。これを見てみろと言って、指差した場所は最近のページだった。また二人が覗き込むと、超能力という単語が目に入った。
「ふん」
桐得は目を細めた。顎に手をやって何かを考えているようだ。夕季は眉間の皺をとらないまま、顔をあげた。
「……私たちが、超能力という単語に敏感なだけで、これは単なる妄想じゃないですか?」
その言葉を受けて、ふうむと潤一郎が唸る。唸っているが、満足顔が基本になっていることには変わらなかった。
「そういう考え方もある。あるが、あやしいものは虱潰しに調べていかないと。異能というのは何があるか分からないからな。それにだ」
「この力で悪を裁くと彼氏が言ったと、書かれているしな。」
日記から目を離さないままに、桐得が話に割り込んだ。潤一郎が気分を害したようにコホンを咳払いを一つした。その仕草は、彼の若い顔には似合わないし、桐得がそんなことで止まるようなことは無いと、彼自身知っていた。
「……まぁ、お嬢さん。こういうことだ」
潤一郎が顎でしゃくって桐得を促した。気分を害して、話す気力も失せたというのだ。いかにも子供らしい。桐得は桐得で何を考えているのか分からない顔で淡々と話す。
「犯人は、この部屋に住む女性、真下恵理の恋人だ。自分の身に現れた超能力を使って、悪を裁くだとかいう子供じみた動機で、まず、相談された痴漢の犯人から殺した。二人目の理由は分からないが、これも何か、罪のある、いや、犯人からみて罪のあると見える人間なんだったんだろうな」
真剣な顔で夕季は聞いていた。
「一つ聞きたいんだけど、痴漢の方の犯人をどうやって見つけたの?」
「痴漢という言葉で調べて、一人の少女を自殺に追いやった事件に行き着いたんだろう。このあたりは、犯人自身に聞けば分かることだ」
面倒くさそうな顔で聞いていた潤一郎が後に続く。
「そんで、今、ここで、俺たちがやるべきことは、その彼氏さんについての手がかりを見つけることだ」
よし、散れ。と潤一郎が軽快に命令を出した。夕季も、犯人については納得したようで、また同じように居間を探し始めようとした。桐得も無論同じだったが、さっきとは別の部屋の扉に手をかけた。そこで、潤一郎の携帯が鳴った。銀時からだ。
「帰ってきたぜ。真下恵理が」
「足止めしてくれ」
「無理に決まってるだろ。さっさと逃げろよ」
数秒間の会話だけで、一方的に切られた。足音はしなかったが、この様子だと、銀時は電話を切った直後に逃走開始していることだろう。はぁっと年長者はため息をついて、二人の高校生に向き直った。
「部屋の主が帰って来たらしい。逃げるぞ」
言うが早いが、高校生二人は玄関へ走った。後に続いて、四十前の男も走る。律儀にも靴は玄関に置いてある。そもそも、銀時と違って凡人と身体能力が変わらない三人は窓から飛び降りて脱出することなどは当然不可能だ。三人は玄関を出ると、潤一郎が来たときと同じように能力を使いドアの鍵を閉めた。後は、平静を装って帰るだけだ。潤一郎は、実を言うと既に何度もこういうことを体験しているし、桐得のポーカーフェイスは崩れそうも無い。夕季もポーカーフェイスではないが、その図太さは桐得の折り紙つきだった。
三人並んでいると、さすがに怪しいので、潤一郎が前を行き、その数メートル後ろを高校生二人組みが歩くことになっていた。このアパートは、部屋を出ると、長い廊下のような通路があって、その突き当りが階段になっていた。三人が家捜ししていたのは三階の部屋。銀時が電話をかけたのは、部屋の主をアパートの階段を登りはじめる前だ。このちょっとした時間差のうちに、三人は、すれ違っても大丈夫なように部屋から距離をとる。こうやって何事も無かったかのように三人は無事アパートから脱出するのである。
カツンと、何かがコンクリートの床に落ちた。現代人ならば、あまり聞きたくない音だ。桐得はその音に気づいて後ろを振り向くと、落ちたピンク色の携帯を取りながら、女性の後姿に声をかけた。
「あの、携帯落としましたよ」
女性はその声に気づいて振り向いた。振り向き際に茶色がかった綺麗な髪の毛が風に揺れた。短めのタイトスカートの下から覗く細い足はすらりと伸びていて、綺麗だった。決して大きく主張するわけではない桜色の唇が言葉をつむぎだす。
「あら、ありがとう」
明るい顔が微笑みをたたえ、すらりとのびた白い腕が桐得から携帯を受け取ると、女性はそのまま立ち去った。桐得も、真逆の道を歩く。前で立ち止まって桐得のことを見ていた夕季の眉間に皺がよっている。
「今のって、」
「真下恵理さんだな。美人なのに、もったいないというべきか」
ポケットに手を突っ込んで、桐得はいつもの薄表情で歩く。声を潜めながら、しかし、怒りをこめて夕季は話していた。
「顔、覚えられたんじゃない?」
「問題は無い」
階段を降りるとき、桐得は一度、後ろを振り向いた。女性はちゃんと自分の部屋に帰っていったことを確認すると、右のポケットからメモ帳を取り出した。
「犯人の名前と電話番号、あとメアドも」
いつのまにか、桐得は真下恵理の携帯を盗み見ていた。
話の始まりなのに、前回の続きみたいな感じになってる。まぁ、しかたないですね。
前話、Crosswiseですが、その意味は、十字に、だとか、交差して、とかそういう意味です。交差して、これからどうなるんでしょうか。交差しての次に「君が言うほど」という話があるのだから、交差して君が言うほど、ということになりますね。
あぁ、意味不明。
いやいや、そもそもタイトルを繋げて文になるわけがないじゃないですか、ねぇ。
……文字化けしてた。繋という漢字、環境依存文字とそうでないのとの二種類あって、違いが微妙だから、分かりにくいorz
そういえば、ここのところ更新がめっきり減っていたのは、テスト期間だったからです。