0話 アーティフィシャル-2
超能力。それは、常人にはない超人のみの特権。
明星桐得は、今までに経験したことの無いスピードで心臓を動かしていた。いつもならドクンドクンと脈うってくれるはずなのに、今はドクドクと、ともすれば怪しい薬か何かを注いでるのかと間違いそうな擬音で、血液を体中にめぐらせていた。
それもそのはず、今から彼は小さく可憐な少女に告白されにいくからだ。そして、彼自身は恋愛ごとに耐性がない。無さすぎる。よって彼はあと一歩が踏み出せずにいた。
ここは、誰もいない放課後の七城高校の屋上。少女は桐得を理由を告げずに呼び出した。しかし、呼び出したときの様子からして、告白だとかそういう類であると想像せざるを得なかった。そのせいで、屋上にでるドアの前から動けずにいる。先ほどから少女の姿は見えているので、これがドッキリなどではないのは確実だ、たぶん。だからこそ、よけいに出づらい。桐得としては。
どうすればいい。いや、どうするもこうするも、出て行くしかない。告白じゃない可能性だってある。それに、もし告白だとしてもだ。何もうろたえることじゃない。喜ばしいことだ。答えに困る。そんな訳は無い。二択だ。相手が気に入らなければ振ればいいし、気に入れば付き合えばいいじゃないか。そうやって、気持ちを落ち着かせ、ドアノブをひねる。屋上から階段へ、するりと入ってきた風は無機質な感触で桐得の適当にのびた髪を、桐得のほほを、撫でた。
「しかし、納得いかないわ。あんな可愛い彼女ができるなんて」
「どうして?」
時間軸としては、桐得が屋上のドアの前で、行くか行くまいか躊躇している頃合だろう。二人の少女が今日は部活が無いので、いつもより早めの下校をしているところである。片方の少女は肩の辺りまで髪を伸ばしていて、身長は世間一般の高校生の平均レベル。もう片方は腰のあたりまで伸ばしたまっすぐな黒髪が印象的で、先に紹介した少女より5cmくらい身長が高そうだ。両者に共通していえることは、下校中なので、白を基調としたセーラー服であること、通学用のめんどくさそうなバッグを肩にかけていること、梅雨の季節なので、傘を手にぶらさげていること、そして、互いに常識をもつ人から見ると美少女であることだ。
二人の話題は、今現在学校にて告白されかけの明星桐得のことだ。じめじめした鬱陶しさを忘れさせるために、とりあえずこういう話題は最適かもしれない。
「どうしてって、まずあんな暗い性格だし、運動神経無いし、容姿は普通レベルだし」
黒髪ロングの女子は桐得のことをよくは思ってないらしい。そういえば、この少女は桐得と、同じ教室にいた。
「でも、ゆうちゃん、いつも話してるじゃん」
「前の席があいつだったから」
「名前で呼び合ってるじゃない」
「キリエって馬鹿にできるから」
はぁ。と小さくだがはっきりとため息をつく。返事だけ見てみると、嫉妬しているようにも見えるけど、そんな雰囲気はまったくない。何を考えているのか分からない少女。それがゆうちゃん、もとい、桜庭夕季。まぁ、それがいいんだけど。短髪少女、名前は高峰由理というのだが、彼女はそんなことを考えながら、黒髪ロングの夕季と歩いていた。
「まぁいいよ。恋敵は少ないほうがいいもんね」
「何言ってるの?二人とも最初から眼中にいないわ」
「えー。ケチー」
どのあたりがケチなのやら。
ここまで見ると、ただの恋愛物語の切れ端である。しかも、人物の紹介もないままに、唐突に告白という大イベントが出てきたり、しかしそれをすっ飛ばしているあたり、あまりに突飛すぎて上手くない下手な物語だ。しかし、すでに物語は始まっているのだ。そう、それはまず、彼女らの前に刺客という形であらわれた。
判戸町というのは田舎でもあり都会でもあると、確かそう説明した。その言葉通り、微妙な高さのビルやらマンションやらが点々と存在し、それに似合うまばらな人口が群れていたり群れていなかったりするのだ。彼女らが歩いている場所は、人通りが少ない。少なすぎる。その上ポツリポツリと建っているビルやらマンションやらのおかげで遠くからは見えそうに無い。何者かに襲われるとしたら、大体こういう場所である。そんな所を通学路としているのは、家のある場所に問題がある。ともかく、彼女らは襲われたのだ。
「誰?何のようかしら」
「ただの不良だ。あんたを誘拐しにきた」
四人。全て男だ。どこにでもいるような馬鹿な不良。承り太郎とかそういう部類の賢そうなやつは見えない。ヘラヘラした笑いが鬱陶しい。しかし、誘拐とは……。桜庭夕季は考えた。普通の不良なら、ここで金をせびってみたり、相手が女子なんだからちょっかいだしてみたりするはず。しかし、誘拐とは……。穏やかじゃないわね。それに、わざわざ私を指名している……。由理とは違って、私の家は裕福じゃないわ。身代金目的なら、もっと高く金をせびれそうな方を誘拐していくはず。あるいは、どちらも。なのに、私を誘拐するというのなら、おそらく別の目的が……。あぁ、大体わかりかけてきた。
わかりかけてきたら、何というか馬鹿馬鹿しくなった。しかし、立場を考えると、馬鹿馬鹿しいなんて言っていられない。
桜庭夕季がこうまで冷静でいられるのには訳がある。どんな状況でも切り抜けられるという安心感を与えてくれる必殺技のような物をもっているからだ。しかし、夕季は少しその冷静さを失いそうになる。推測だが、手の内が読まれている可能性があるからだ。
「どうするの?」
由理が顔を近づけ、小声で問いかけてきた。相談しているのはバレる。だが内容は聞こえない。夕季が伝えるのは必要最低限だけでいい。
「逃げて、そして桐得に何が起きたか伝えて。あと、桐得に告白した女の子には気をつけること」
「ゆうちゃんは?」
「誘拐されるわ。ここであなたが無駄にがんばる必要はない」
「……わかった」
由理があまりにも素直なのには理由がある。彼女には、断片的ではあるが、“事情”を聞かされている。それに、彼女は勘がいいのだ。どうにもならないだろうということを、持ち前の勘で悟っているのだ。
四人程度だと、囲んでも完璧に隙間をつぶすことはできない。もちろん、壁なんかをつかえば容易だが。由理はその隙間を見つけ、できる限りの力をこめて地面を蹴る。走り抜ける。夕季のため、逃げる。もちろん、簡単に逃がすつもりはないのだろう。一人が壁になるよう移動する。しかし、そんなものは夕季が払いのける。夕季は由理の後ろから、手を伸ばした。ちょうど、由理の右肩の上に夕季の右手があるような感じだ。もちろん、こんなものじゃ払いのけるどころか、誰にも届かない。しかし、それは、一般人の場合だ。
この桜庭夕季は超能力者である。
ピンと伸ばした白く綺麗な指先。そこから、するりと、白く綺麗な腕が出現する。その腕は勢いをつけて、由理の前に立ちはだかろうとした男をぶん殴った。
「サード・アームズ。だったか?だが、そんなもん、」
「分かってる。でも由理は逃がせるのよ」
それだけ。でも、今一番必要なのはそのこと。夕季が殴りつけた隙に、由理はもうある程度逃げていた。後は少しでも時間を稼げば、由理は絶対安全になる……。
いつもなら、超能力として出現させた三番目の腕は出てきた場所にするすると戻ってくる。というか戻らせる。なのに、今日は何かに引っかかったように戻ってこない。いや、もとより、こういう作戦だとは分かっていた。三番目の腕の手首にかかる金属質の違和感は、全国民にとってお世話になりたくないものだった。
「手錠。いい手ね……」
そんなものを使わなくても、腕を掴んで離さなければいいだけのこと。しかし、こいつらはより確実に夕季の三番目の腕を無力化するため、手錠をいう方法を使ったのだろう。
「チェックメイトだっつうんだっけ?それより、桜庭夕季。本当はお前を好きにしてやりたいんだが、」
「雇い主に止められてるのね。ありがたいことだわ。お礼を言わなくちゃ」
自称不良四人組は由理を追いかけようとはしなかった。四人がかりで、超能力者桜庭夕季を護送することにでもしたらしい。それなら、別に暴れる必要も無い。夕季は素直に連れて行かれることにした。
数分後。目の前で大切な人が誘拐されていく恐怖を、何もできなかった不甲斐なさを胸に、高峰由理は七城高校に帰ってきた。冷静に考えると、帰宅部である桐得は帰ってしまっているような気がするが、一応見てみることにした。一年B組を。このとき、彼女は衝撃的なものを見てしまうことになる。
男子と女子、それぞれ一人。楽しそうな話し声が廊下にまで響いてきていた。一体誰かなどとは考えることも無い。声でわかったから。そこにいる彼らのことは声でわかったから。だからこそ、誰がいるのか確かめずには入られなくなった。
乱暴に引き戸を引いた。いつもは生徒をいらだたせるのに一役買っているおんぼろ引き戸は衝撃に耐えかねて、レールからはずれ倒れた。
「うわっ」
「何!?」
「何といいたいのはこっちの方だよ」
教室内にいたのは明星桐得と。いつもなら、告白された明星をからかう為にこの少女が待ち構えていたように見える。だが、今は事情が違う。
「なんで、あなたがここにいるの?」
誘拐されたはずの桜庭夕季は一年B組にいた。
初へんてこ能力。ちなみに、この話はプロローグの後にあるべきものなので、能力についての詳しい説明はしてません。