鉄拳ジャスティス -5
第二話
-その五
予告していたのに鉄拳が出てきません。
あらま。
男が電話によって、銀時のやる気を削ぎ落としていた数時間後。月曜日の夕方である。七城高校は、あとは部活に励む生徒たちを見守るだけで、今日一日の仕事を終えることとなる。桐得は部活をやっていないので、七城高校にまた明日と別れを告げて、帰途につくだけである。だがしかし、帰ろうとはしなかった。桐得はその足で、事件現場へと向かった。
「何もあるわけはないんだろうが」
既にいつもの歩道が復活していた。そこにはキープアウトのテープもない。片付けるのが少し早いような気がするが、しかし、実際にそういう事件を見たこと無い桐得にとって判断はつかない。さて、桐得は今自分がいる場所をぐるりと見渡した。歩道だ。普通の車道が二車線分あって、その脇に二メートルほどの歩道が二本。そして店や店や家やら。街路樹なんかがあるが、何か変わったところは無い。
警察が既に調べ終わった後なのだから、仮に何か、犯人につながる手がかりのようなものがあったとしても、見つけることは難しいだろう。ならば、なぜ、桐得はここに来たのか。実感がほしかったのだ。どこで、事件が起きたときいても、たしかにその場所は知っているが、何となく実感がたりなかった。ここで、人が殺されたんだな、という実感が。その実感を得たとき、桐得の心に不安が彩色する。何者か、正体の分からないものによって、この町で通り魔のような犯行が行われた。繰り返されるとしたら、確実に、この町の平穏が崩れ落ちるだろう。犯人は超能力者だとしたら、おそらく透明になることができる、あるいは、瞬間移動ができるだとかそういう能力だろう。はたして、それを証明することができるのだろうか。犯人を捕まえたとき、たしかに自分はそれが犯人だと理解できるだろうが、他の人は信用できるわけがない。どす黒い不安の日々を生きなければならない。
まばらな人ごみの中で、不安を正義感に変える。次の犠牲者が出る前に、犯人を捕まえてしまえば、まだ、気味の悪い事件、で済むかもしれない。平穏を守られるかもしれない。
まずは、何かしら手がかりをつかまなくては。夕季に被害者について調べさせてはいるが、もちろん、自分でも調べてみるつもりだ。もっとも、夕季とは調べる対象は違うが。
桐得が事件現場についた、ちょうど同じ頃。淡い緑がかった灰色ブレザーを肩にひっかけ、人の家でごそごそと何やらよからぬことをする輩がいた。逆立てた黒髪と端正な顔がかっこいい、高校生なので、美少年といったところか。その正体は、言わずもがなだが、阪口銀時だ。
「どうせ、また、手がかりはないのだろうよ」
自嘲的に呟いて、アパートの、さっぱりきれいに片付いた一室を見渡す。家捜し、といってもひっかきまわすように探すのではなく、ちゃんと、品物はもとあった場所に返すのだ。与えた損害は割った窓ガラスだけでも十二分にひどいものだろうから。それに、侵入者があったと感づかれるのは避けたい。だが一つだけ、もとの場所に返す気になれないものがあった。
「これ、何だろうね」
膨大なA4のコピー用紙にずらりと列挙されているのは、人の写真、スリーサイズ等の詳細な数値、名前。引き出しの中に、隠そうともせず入っていたのだが、いったいこれは、何だろうか。趣味か?だとしたら気味が悪い。それ以外か?だとしても気味が悪い。とりあえず、これは、もらって、いや、それはそれで気持ち悪いし、見つかるとやばいのか。銀時は元の場所に用紙の束を戻した。
成果無し。気になるものがあったが、それが今回の事件につながるようなものではなさそうだ。一応、報告はするつもりだが。銀時はため息を吐きながら壁にもたれかかった。横目で窓の外を見る。ブレザーを肩にひっかけ、壁にもたれかかり、もし、これが制服でなくて、そしてタバコでもくわえていたら本当に刑事ドラマのワンシーンだ。もちろん、この銀時が主役であるのは違いない。その何気ない仕草が見る人をひきつける仕草であると知らずに、銀時は窓の外を見ていた。少し休憩したら、帰るつもりだった。
浅い人ごみのなかに、ふと見つけた一人の少年は、その場で、何か考えにふけっているようで、壁にもたれかかって何かを考えている。と、そのとき、一瞬にして、その少年の姿が消えた。それを見つけた銀時は速かった。もたれかかっていた姿勢から、体を百八十度反転させて、窓の外を食い入るように見る。探す。いた。一メートルほど離れた場所に、少年の姿を見つけた。さっきと同じようにただ立っているだけに見えるが、ポケットに右手をつっこむ一瞬、何かが光ったような気がした。
「手がかりが全く無いと思ってたら、通り魔だったわけか。タチ悪いな、畜生」
吐き捨てるように言うが早いか、その手で、窓を明け放ち、その足で、裏の家の屋根を蹴るが早いか、後者だ。とんとんと数歩走るだけで、二軒、家を通り越した。振り向いて、豆粒のような少年を人の中から見つけた。そうすると、銀時はさっと屋根を飛び降りると、家と家の間の、小さな隙間に身を隠した。深呼吸をして心を平静に戻す。次の被害者が出る前に、とっ捕まえてやる。そのためには、むやみに今ここで騒ぎを起こしてしまうのはよくない。銀時の心には、以前一瞬だけちらついた犯人への同情みたいな感情は既に無かった。ただの通り魔に同情する意味は無い。
隙間を抜けて、歩道にでると、車道をはさんだ向こう側に、少年が見える。よく見ると、あれは自分と同じ制服ではないのか。だが、そんなことに躊躇は無かった。むしろ、怒りをふつふつと貯めるだけだ。怒りをふつふつと貯めていたせいか、銀時の近くで起きた事故に、銀時は気づくことが無かった。
鉄拳は次回に出てきそうです。
少なくとも、次の次までには、鉄拳が出ます。
そして、第三話に移りそうです。