Third Arms = 桜庭夕季 -4
第一話
-その四
Q.桜庭さんの話じゃなかったの?
A.ま、まだ、終わってませんよよよよ
コインをどこに隠したのか。袖の中というのは無い。腕の影、というのも一応、腕を退けさせて確かめた。机の中、床は音がして分かるだろう。そもそもそんなところにやってしまえば、再びコインを出現させるという芸当はできなくなる。
分からない。桐得に夕季のトリックは解けそうも無かった。こういうとき、桐得は、諦めることにしている。いくらがんばっても分からないものは分からないし、そもそも自分ごときに解けるようなマジックはマジックとは呼び難いだろうと、そんな風に思っていた。だが、今日の桐得は、ふと、超能力、なんてものを思いついた。
「もう一度見せてくれないか」
超能力。そんなものを使う他人を、彼は認めるつもりは無かった。なぜなら、今の今まで生きてきて、そんな人間は自分だけだったからだ。自身の超能力を利用して、あやしいものは片っ端から確認するようにしていた時期もあったが、それでも異能を使う他者を見つけることはできなかった。久しぶりに、ふと、もしかして、などと少しでも思ってしまった。思い出しがてらに、一応確かめておくことにしたのだ。
「もう一度?チャンスは二度までよ」
敗北者は何をやっても敗北者と。夕季は、無駄なあがきすらピシャリと跳ね除けて、サディスティックな笑みで桐得を見下ろす。だが、桐得は、別に意に関しない無表情で、続けた。
「トリックは分かったかもしれない。だが、一つだけ確認しておく必要がある。さすがに二度も、自信満々に解いて見せて、それが間違いだったなら恥かしいからな」
「分かったかもしれないなら、言ってみせればいいじゃない」
「もう一度言うが、確認しなきゃいけないことがある。証拠も無いのに犯人を追い詰める探偵はいない」
「そう」
眉間に皺を寄せて、少しだけ考えてから、夕季は言った。
「じゃあ、もう一度だけよ。それこそ、自信たっぷりに見せびらかせて、暴かれちゃったら、私だって恥かしいし、悔しいし」
そうして、三回目のマジックが行われる。右手の平にコインを握り、投げて落として、手を開いて閉じて、コインは消えて無くなっていた。その瞬間、桐得は時を止めた。
時間停止能力。桐得は、この世界の時を止めることができる。止められる時間は彼のコンデションによるが、大抵の場合は、数秒で世界は動き出してしまう。だが、その止まった時の中を彼だけは自由に動くことができる。この能力を使えば、大抵のマジックはその種を暴かれてしまうだろう。それだけではなく、どんな人間も、桐得と喧嘩して勝つことはできないだろう。一流のスナイパーも彼を狙撃することはできないだろう。
「さて、時間は止まったが、一体今、百円玉はどこへ消えているのだろうか」
まずは、夕季の右腕をそっと持ち上げた。そっと持ち上げた理由は、時の止まっている時間は確かに触れられたことに誰も気づきはしないし、そんな感触も無いが、時間が動き出すと同時に触れたことを感触として知覚するからだ。だからそっと動かさなければならない。そっとならまだ、触れられたことを知覚しても、気のせいということで済まされるだろうから。とにかく、どこかに貼り付けていたりしないだろうか、と探すが見つからない。そのとき、ふと、気づいた。何かがおかしいことに。腕に触れたとき、桐得の心に何か引っかかるものがあった。それは何か。桐得の位置から見ても、由理たちの視点を真似て、上から見ても分からない。当たり前か。しかし、腕を半回転させて、親指が真上にくるようにすると、引っかかっていたものがよく分かった。
厚かったのだ。夕季の腕が。いや、違う。二重になっていた。右腕の上に、もう一つ、右腕があった。手のひらにコインを載せた右腕が途中で二つに分かれていた。三本目の腕が生えてきて、うっすらと重なっているような感じだ。コインはこの二つの右手の中にあった。最初からコインは移動などしていない。コインは右手の平と、もう一本の右手の甲の中に行儀よく、収まっていただけだ。
「つまり、これは、……超能力なのか?この桜庭とかいう奴は、俺以外の超能力者ということなのか?」
はたからその光景を見ることができたなら、目の前の、少し面倒くさそうな表情のまま動かない少女に向けて、桐得は話しかけているように見える。だが、それは違った。自分に問いかけていただけだ。自身の混乱を止めるために、自身の理解を目の前の現象に追いつかせるために。
混乱していたせいだろうか、夕季の腕を掴んでいた手に力が入っていた。それに、停止時間の経過に注意を払っていなかった。時がそろそろ動き出そうとしているということに気づいた。時間の動きは目に見えるものでも耳で聞けるものでもないが、自分の力によって世界を止めている桐得にとっては、それが分かる。急いで、夕季の腕を元の位置に戻す。あわてていたせいで、そして、時間が無かったせいで、そっと行動するなどということはできなかった。
空に静止していた雲が再び動き出し、教室の喧騒がしばらくぶりの音を桐得の耳に届け、時が完全に動き出したことが分かった。それと同時に、彼らの運命もまた、動き出していた。
桐得は自分が、額にうっすらと汗をかいていることに気づいた。目の前の少女が超能力者というなら、自分の他に超能力者がいたということだ。つまり、今までの桐得はただ運が悪かった、あるいは、良かっただけで、見つけていなかっただけなのだ。超能力者はこの世にまだまだ存在している可能性が高い。数日前のあの奇妙な事件も、もしかして、念力か何か、そういう超能力を持つものが、起こしたものなのではないか。桐得にとっては、それは不安につながることだった。なぜ不安に思うのか、なぜ、恐れているのか、それは彼自身にも分からない。
夕季は自分の右腕が、二本とも、誰かに触られたように感じた。いや、触られたのではない。掴まれた。それも自分の気づかないような一瞬で。
超能力が自分に備わったということは、どこかに同じように異能を持つ人間がいるとは思っていた。だが、それがすぐ近くにいるらしいということは、そして、自分がその同類であると知られたらしいということは、夕季の心にとってちょっとした打撃であった。一瞬、そのショックを表情に出してしまったような気がしたが、すぐに表情を作り直した。内心、ドキドキだが、それを表に出さないように必死に努力をする。そのせいで、目の前の桐得の変化に気づかなかった。
二人の変化に気づいた第三者が一人だけいた。由理だ。彼女は、人一倍勘が鋭く、そして、たまに変なことに気づくときがある。他人が気づかないようなことに気づくときがある。桐得の額にうっすらとうかぶ汗。無表情に変わりは無いが、何か、不安の色があるように思われた。夕季のほうも、一瞬、面倒くさそうな表情が消え、目を見開き、つまり、驚いていた。何かは知らないが、いつかも分からなかったが、一瞬にして何かが起こったらしい。
もしかして、父親が言っていた何かが起こる予感というのは、これに関係しているのではないか。由理自身も、何か大変なことが起こる、そんな予感がしていた。
Q.そういえば、前書き部分に、第一部とか第一章とか第一話とか書いているけど、随分と話を考えているんだね?
A.うん。夢だけなんだ。