Third Arms = 桜庭夕季 -3
第一話
-その三
数字が書かれているほうが裏だって、知ってた?
転校生なんて来たこと無いから、結構右往左往していたりします。
少年が無い雲を見上げた頃、少女はその後ろでコインを投げた。コインとは、少女の財布に入っていたどこにでもある普通の百円玉だ。
左は窓。前の少年はぼーっと空を見上げている。右の生徒は黒板の文字をノートに写すのに必死らしい。後ろには誰も居ない。それを確認すると、右手の平に百円玉を握り、机の上にまっすぐに伸ばした。手首のスナップだけで、コインを軽く、自身の目の高さくらいまで投げ、そのまま落ちてきたコインを右手でぐっと握り締める。そうして、右手を開くと、そこには何も無い。もう一度、右手をぐっと握り締めて、開くと、百円玉は再び現れる。使えるわね。と少女は心の中でそっと呟き、そっと微笑んだ。
少女、もとい、桜庭夕季は転校してきてからしばらくの間、ちょっと時間が空いたときなんかに、新しくできた友達相手に、ちょっとしたテーブルマジックを特技として披露した。手品の評判はよく、そして、そのトリックを見破る者は一週間たった今でも現れない。
「と、いうわけで我らが天才、桐得君にそのトリックを見破ってもらいます」
昼休みの食後のちょっとした空き時間に、窓際最後尾の席に数人の生徒が集まる。最後尾の席に夕季が、その一つ前の席に桐得が座っていて、桐得は体を横に向けて、夕季のテーブルマジックを見る体勢にはなっていた。なっていたが、あまり興味は無さそうな表情をしている。夕季の机の右側に男子一人、女子二人、その中には由理もいた。
「俺は天才じゃないんだが」
「成績いいでしょ?」
「中学の時はな」
「今もそうなんじゃね?」
「分からない」
かばんの中をごそごそと物色して、財布を見つけ出した夕季が顔を上げた。今まで誰にも見破られたことのないマジック。この無表情を崩すには最適かもしれない。そんなことを考えた。しかし、無表情を崩すことにどんな意味があるのだろうか。単なる自己満足かな。と夕季は心の中で自分のことを鼻で笑う。夕季の爛々と輝く瞳に対し、桐得はいつものような色無しの目をしていた。
「手品を見破るのに必要なことは成績じゃないわ。発想とか洞察力とかそういうものよ。……果たして、天才のキリエちゃんにはそういうものがあるのかしら」
夕季と桐得、この二人の仲はあまり良くない。この二人が初めて顔を合せたときから今の今までまったく会話をしていなかったことからも分かるだが、お互いに、相手が自分に合わないタイプだと考え、避けていたのだ。
「そんなことは知らないが、少なくとも、安っぽい挑発に乗らない程度の冷静さは持っているつもりだ」
これは手品を見破るとかそういう問題ではなかった。隣に居る三人は思う。勝負だと。この二人はこれから真剣勝負をするのだ。相手に負けたくない、こんな奴に負けたくない、そういう一心で。これは引き合わせなかったほうが良かったのではないか。そんな三人の心配など当事者である二人には関係ない。勝負は既に始まっているのだから。
ポンポンと百円玉を数回真上に投げる。手首の軽いスナップで、準備運動でもするかのように。さて、そろそろ始めようかしら。そんな言葉を混ぜて夕季は微笑んだ。もう一度百円玉を投げて、今度は右手でぐっと握り締める。コインを握り締めるとき、ガッツポーズをするような感じになる。そして、ゆっくりと右手を開くと、そこにコインは無い。開いた右手をさっとひっくり返すと、コンコンと音を立てて机にコインが転がった。それを今度は左手で拾う。するとコインはどこかに消えている。両手を合わせて、目の高さで振ると、今度は夕季のスカートの右ポケットからコインが出てきた。
夕季のテーブルマジック、主にコインを使ったものは、日を追うごとに成長していった。最初の、ちょっと消えるだけというのもまだ誰にも見破られてはいないのに。
「……とりあえず、右手で百円玉を消したのは、ガッツポーズのときに袖の中に入れただけ、後はひっくり返したときに袖から出せばいい」
「他は?」
「左手で消した、というのは、……拾う振りをして滑らせてどこかに隠せばいい。そうすれば、その後両手には元から百円玉は無いという事になるし、ポケットから出したのは、最初から入れておけば問題は無い」
桐得はふぅとため息を吐いた。安堵のため息などではなく、この程度か、という勝利のため息だ。だが、対する夕季は笑っていた。ひっかかった、というような笑い方だ。
「残念ながらはずれね」
「ん?」
「私が今回使ったのはこのコインだけよ。ポケットには何も入っていなかった。制服の袖は確かに一度だけコインを隠すのに使ったけど、君の言ったタイミングじゃない」
夕季は袖を肘の辺りまでたくし上げた。彼女のマジックはここからが真骨頂だ。一部の人間は桐得と同じ推測を立てたが、結局、最後のマジックでその推理を突き崩されてしまうのだ。
「同じ事を二度やるとばれるって言うからね、簡易なものしかやらないけど。もう一度、挑戦させてあげるわ」
これで夕季は袖の中にコインを隠すということをできなくなった。またコインを投げるところから始めた。同じようにマジックを進めていき、そして左手でコインを消すところまで来た。開いた左手を机の上に真っ直ぐ伸ばしたままで、今度は右手と同じようにガッツポーズを作った。そして手のひらを上にして開くと、コインは左手の中にちゃんとあった。
「これで、どうかしら」
一通りやり終えた夕季の顔は満足げに輝いていた。対して、このマジックへの推理を完膚なきまでに叩きのめされてしまった桐得は、しかしさっきと変わらぬ無表情で、顎に手をやり頭をフルに働かせていのであった。
ところで、なぜこんなに更新が遅いのかといいますと、思いつかないんです。話が。そろそろ第一章の脊髄が思いついてきた感じで、まだアバラもないし、肉もないし、下手すれば、後から推敲するときに一部分丸々吹き飛ぶかもしれません