85.聖女の矢①
マリエッタの放った黄金の矢は四本に分かれ、一本目はエリザベートを刺して銀のプレートネックレスを奪って逃げた兵士に当たった。
もちろんその兵士はナディール王国の兵士ではない。敵軍であるナディル帝国の傭兵部隊の一員だった。
エリザベートに懸賞金がかけられ、大金が手に入ると知ると仲間の二人と共謀し、決行に至った。
三人は戦場で倒れた王国兵の兵士服と装備品を奪うと、それに着替え王国軍に紛れた。
一人は持っていた火薬を使い、エリザベートの護衛の注意を引きつける爆発役を受け持った。
もう一人は、エリザベートを殺す役割の男の太腿を切りつけ、スカーフで止血すると肩を抱えて王国軍の医療班まで運ぶ役割を担った。
そして最後の一人が胸に小型のナイフを忍ばせ、あえて仲間に太腿を切らせてエリザベートを殺す役割を担った。
犯行の手順はこうだった。
仲間の一人が殺し役の男の右太腿を切りつける。
それをエリザベートに治癒させる。
完全治癒の一歩手前で運び役の男が爆発役の男に合図を送る。
合図を受けた爆発役の男は持っていた火薬を使い小規模の爆発を起こす。
その爆発で護衛の注意が逸れたタイミングで、殺し役の男がエリザベートの心臓を目がけてナイフを刺す。
そして討伐の証拠となる、王族の身分を証明する銀のプレートネックレスを奪って逃げる。
最後にその銀のプレートネックレスを帝国政府へ提出すれば、金貨五万枚が手に入る。
そのような算段だった。
マリエッタの放った矢は『聖女の矢』と呼ばれ、別名『女神の審判』と言われている。
これはセディア神を信仰する者達にとって最も女神に近い存在、大聖女だけが持つ能力の一つである。
その能力とは、物事の罪と罰の判断を女神の意思に委ねるというものだった。
聖女の矢に射抜かれた者は、無罪なら矢は消滅し何も起こらない。
しかし有罪ならば射抜かれた心臓から蔓のように鎖が伸び、罪に見合った罰として身体のどこかの自由が奪われる。
その昔、大聖女にその矢に射抜かれた者がいた。
ある者は暴力を振るったために手足の自由を奪われ、またある者は言葉巧みに人を騙したために声を失った。
しかしその鎖も罪を認め心からの反省をすれば解かれるというものだった。
そして『女神の審判』により罰を受けた者は、どのような権力からも捕らえられたり、刑罰を処されたりすることはなかった。
誰しも女神の下した罰に異議を唱える事などできないからだ。
エリザベートを刺した男を射抜いた聖女の矢は、後方から飛んで来たにもかかわらず途中で進行方向を一八〇度変え、心臓に突き刺さった。
心臓に突き刺さった矢は一瞬発光し、その刺さった根元から鎖が顕れた。
それは意思を持った生き物の如く、うねりながら全身を這い回った。
鎖は喉に絡みつき声を奪い、両手に巻きつき両手の自由を奪う。そして鎖は下半身にまで伸びると両足の自由まで奪った。
全身をがんじがらめにした後、鎖は動きを止め、矢と共に体に溶け込むように消えていった。
この男を追いかけていたロビンは己の目を疑った。自分の横を黄金に光る矢が通り過ぎると、前方に走る男を回り込むように旋回し心臓目がけて突き刺さったのだ。
男は逃走をピタリと止めると、どこからか顕れた鎖を体中に纏わせ倒れた。
「もしや・・・聖女の矢なのか・・・?」
ロビンは身動きが取れなくなった男を見下ろした。
男は何とか動こうと鼻息荒く、ロビンに助けを求めようと必死で目で訴えていた。
「俺に切り捨てられなくて良かったな。水もない、普段人も通らないこの荒野で一人寂しく頑張るんだな。」
ロビンは冷めた声色でそう言うと、男の手に握られていたエリザベートのネックレスを取り返した。
(これを取り返したところで姫様は戻られない・・・。)
己の不甲斐なさ、後悔を呑み込むとネックレスを握り締め、急いでエリザベートとマリエッタの待つ後方陣営へと戻って行った。
二本目の聖女の矢は運び役の男に、三本目は軌道を変えて爆発役の男の方へと飛んで行った。
そしてエリザベートを刺した男と同様、発現した鎖は二人の声を奪い、両手足の自由を奪った。
この後、声と両手足の自由を奪われた三人の男は、
誰にも助けを求めることもできず、
誰にも拾われることなく、
水さえも与えられることなく、
飢えと渇き、
昼の暑さと夜の寒さ、
そして荒野に捨て置かれた孤独、
風の音しか聞こえない寂しさの中、
流れない涙を流しながら五日目で命が尽きたのであった。
只今、第二章の下書きの執筆中です。
第二章から、マリエッタにも恋愛をしてもらう予定です。恋愛要素をなるべく織り込んでいくつもりなので、カテゴリーを異世界の恋愛に変更します。




