82.懸賞金をかけられる
アレクサンダーは苛立っていた。
今日の帝国軍は王国軍の士気の高さに押されていた。
戦も三日目になると疲労が蓄積し怪我人も増える。それを狙い兵の数が多い帝国軍が完膚無きまでに叩きのめすはずだった。
アレクサンダーはこの戦でナディール王国を陥落させ、二八〇年前のように帝国の領土へと取り戻すつもりで挙兵した。
いつもの倍の数の偵察を送り込み、王国の軍事力を推測して、五万もの兵を集めた。事前準備も用意周到に進めていた。
それにより圧倒的な軍事力で王国軍を征圧するつもりでいたが、苦戦を強いられているのは帝国軍の方だった。
───ナディル帝国軍陣営、戦略会議。
アレクサンダーを含む七名の重役がテーブルを囲んでいた。
「ネオリス、あのやたら頑丈な剣の正体は判明したのか?」
アレクサンダーが偵察団の団長、ネオリスに問うた。
王国軍の精鋭部隊と、所々にいる腕の立つ者が手にしている武器がとてつもなく強い。そのせいでどうしても軍が前に進まなかった。その武器により帝国軍の楯は破られ剣は折られ兵は切り倒されていくばかりだった。
「はい、王国軍へ潜入した密偵の報告によりますとあれはミスリル製だそうです。支給品ではなく貸与品で戦に勝利すれば下賜されるのだとか。」
「ミ、ミスリルだと?!」
「馬鹿な!伝説の鉱物だぞ!」
「ミスリルがあんなに数多く存在するはずない!」
「密偵の調べは確かなのか!」
ネオリスの報告に重役たちは信じられないとばかりに声を荒げた。
「ミスリルならばあの強度は納得いく。ミスリル鉱山でも見つけた可能性を考えればまとまった数の武器を揃えられるのも不可能ではない。」
ただ一人アレクサンダーだけが冷静に言葉を返す。そしてもう一つ疑問に感じていたことを聞く。
「ネオリス、もう一つ疑問なのが王国軍の士気が高いのと怪我人が少ないように思える。何か王国側に秘密があるのか?」
アレクサンダーは自軍の兵が多くの負傷者を出したことに比べて、王国軍の負傷者の少なさに違和感を感じていた。しかも動きに疲れを感じさせない。
その原因を探り、対策を練らなければこの戦の勝利を手に入れる頃には、損失が多大なものになってしまうと考えている。
「幾つか要因があるようです。
まず一つは、ポーションの品質の良さでしょう。
王国軍が普通に使っている『特製ポーション』の他に、高級品でもある『超特製ポーション』も大量に準備しているようでした。」
「あの『超特製』か・・・。
私も極秘に入手した疲労回復の超特製ポーションを服用したことがある。
あの効き目は確かに凄かった。
外用の超特製ポーションの効果とはいかほどなんだ?」
「聖力四の上聖女に治癒を施して貰うのと同等の効果があるようです。」
「なっ!聖力四と同等?!」
「そんなポーションがあったとは・・・。」
重役達は顔色を青くさせた。
そんな重役達とは反対にアレクサンダーは薄らと口角を引き上げた。
今まで何度も密偵を送り込み、『超特製ポーション』の調合方法を探ろうとリカルド商会の薬師に接触を試みた。
しかしポーションの使用期限を伸ばす方法だけは入手出来ても『特製ポーション』と『超特製ポーション』の調合方法はどうしても入手出来なかった。
秘密裏にポーションを入手し、優秀な薬師にどのような薬草や水を使用しているのか研究させたりもしたがそれでも突き止められなかった。
欲しい。どうしても欲しい。
伝説とまで言われているミスリルの剣を何本も用意できる国。
聖女の治癒と同等のポーションを調合する技術のある国。
アレクサンダーはナディール王国をより一層欲した。ナディール王国を手に入れれば覇権も夢ではない。
歴代の帝王の夢でもあった覇権を自らが握り、覇王となる日が近づいている。
そう思い、アレクサンダーはこの戦を必ず勝つことをふたたび決意した。
ネオリスは言葉を続ける。
「そして他にも・・・。
ナディールの王女である、エリザベートが後方支援で聖女の治癒を施しているようです。
重傷者の完全治癒なら一日一、二人、中傷者なら二十人程治癒しています。それが騎士や兵士の忠誠心を集めているようです。」
「やはりエリザベートもこの戦場にも来ていたか。
『ナディールの大聖女』などと言われて調子に乗っているらしいが忌々しい。
重傷者の完全治癒を一、二人施した程度で大聖女だと?笑わせてくれるわ。
我が王妃リリーティアの治癒の方が聖力が断然上ではないか!」
アレクサンダーは眉間に深い皺を寄せ、エリザベートを罵る。
王妃のリリーティアとはアレクサンダーがまだ王太子だった二年前、十九歳で婚姻を結んだ元男爵家の令嬢である。
治癒の能力を持ち聖力も六と高い娘だった。聖力が三以上ある上聖女は非常に珍しく、聖力が六ともなるとナディル帝国では保護の対象となる。それが故に、将来は大聖女になるのではと呼び声が高い。
二人はリリーティアが十五歳の頃、通い始めた学園で出会った。
ストロベリーブロンドの髪をふわりと内巻きにし、琥珀色の大きな瞳を持つ彼女は、男性の庇護欲をそそる守ってやらなればと思わせるような娘だった。
アレクサンダーは、そんなリリーティアを愛した。
しかし当時のアレクサンダーには、幼い頃から婚約している女性がいた。
デストワーグナー公爵家の長女であるスーザンという令嬢だった。
スーザンは美しく大変有能な女性であったが、冷淡な性格が受け入れられず婚約を破棄した経緯があった。
男爵の家柄で王族との婚姻に相応しくなかったリリーティアは、名門デストワーグナー公爵家の養女となり結婚に至った。
「陛下のおっしゃる通りです。
次期大聖女と噂に名高い王妃様を差し置いて、『大聖女』を名乗るなど許し難いことです。
しかし、騎士や兵士の求心力になっているのは間違いありません。注視するに越したことはないでしょう。」
重役の一人、参謀を務めるザッケロニウスという初老の男が冷静に言った。
「ふうむ・・・そうだな。」
アレクサンダーが何かを考えるそぶりを見せると、偵察団団長のネオリスが発言を続ける。
「偵察の者から一つ気になる報告があります。」
「気になる?」
「はい。エリザベートとエリザベートの御身代が、歌い子のようなことをしているようです。
就寝前の時間帯にやぐらのような舞台に上がり、兵士や騎士の故郷の歌を歌ったそうです。
それを聴いてから就寝するようなんですが、よく眠れすっきりとした気分で目覚められるのだとか。
それが今日の、王国軍が優勢となった原因の一つと考えられます。」
「───エリザベートが邪魔だな。」
「───。」
アレクサンダーがぼそりと呟く。
邪魔だという言葉に重役達は賛同するかのように口をつぐみ、その意味を察した。
「エリザベート一人を殺るだけで王国軍を崩しやすくなる事に間違いありません。
私に考えがございます。
エリザベートを不当に『大聖女』を騙る大罪人として懸賞金をかけるのです。
それを軍のみならず、広く公布すればエリザベートも堂々と活動は出来なくなります。
そしてこちらが特別に策を講じなくとも誰かが殺ってくれるでしょう。」
そう提案したのは参謀のザッケロニウスだった。
「うむ、懸賞金か。生かしたまま捕らえれば使い道も多い女だ。生け捕り金貨一〇万枚とし、殺せば金貨五万枚とする。これでどうだ?」
金貨一〇万枚とは城を持ち貴族と同様の生活ができ、金貨五万枚とは平民が一生豪遊できる金額となる。
「「「御意!!」」」
こうして満場一致でエリザベートに懸賞金がかけられることになった。
それは翌朝の出撃前の集会で帝国軍全体に発表された。
その後帝都の政府にも伝令が行き、ナディル帝国全土に発布されたのであった。
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その日の戦いは懸賞金欲しさで色めき立った帝国軍が後方支援のエリザベートを狙う勢いは凄まじく、中にはエリザベートの暗殺に向かう者さえいた。
もちろんエリザベートに懸賞金がかけられた事は帝国軍に潜入していた密偵によりライオネルの耳に入っていた。
「女であっても、それが上聖女であっても平気でその様な策を弄するか!」
ライオネルは帝国軍の非情さに怒りを覚えた。この様な卑怯な帝国軍に負ける訳にはいかない。
直ぐさまエリザベートを王城へ返そうと考えたが、帰城の道中で襲われることを危惧ししばらく後方陣営で待機することを命じた。
エリザベートとマリエッタの護衛でもあるロビンとケビンにもミスリルの剣を持たせているが、護衛を数名増やし、巡回する警備も増やした。
同時に王城にいる父親でもある国王へ手紙をしたため、エリザベートを安全に城へ帰すための護衛団を依頼した。
待機を命じたエリザベートには医療活動を自粛させ、どうしても聖女の治癒が必要な場合のみそれを許した。




