76.マリエッタのおかげ
誤字脱字報告ありがとうございます!
ヴィクトールは報告書を片手に、一人ほくそ笑んだ。
「ふっ、やはりミスリルだったか。」
アロイド山の調査をさせたところ、ミスリルの鉱脈を見つけたとの報告だった。
また一つマリエッタに借りを作ってしまったか。
ただでさえも、大して聖力の高くないエリザベートと、聖力が高いと思われるマリエッタを共に行動させることで、本来なら成し遂げられない完全治癒をエリザベートの功績としてしまっている。
そのお陰でエリザベートは『ナディールの大聖女』とまで言われるようになった。
そうとも知らず素直にエリザベートに従う彼女に、何一つ報酬を与えていない。
そして今回、ミスリルの鉱脈の発見に寄与したのならそれなりの褒賞があって然るべきだ。
しかし表立って褒賞を与えてしまってはマリエッタには妖精が見えるということが公に知られてしまう。
そうなれば神殿の神官どもが黙っていないだろう。
マリエッタが御身代を退任するときの謝礼金に上乗せするしかないか・・・。
ヴィクトールは深いため息をひとつつくと、ライオネルを呼びビザンデ鉱山の住民達の移動計画について進捗状況の報告をさせた。
「そろそろマーティンとゲイルがビザンデ鉱山へ到着する頃だ。住民達の様子は報告は来ておるか?」
「はい。潜入している諜報員の報告によりますと、我々が脱出した当初は見捨てられたと嘆く者がほとんどだったそうです。」
「うむ、そうであろうな。」
「そこで諜報員を使って、住民達に秘密裏にナディール王国へ移動するための準備を進めよ、と命令を下しました。
鉱山での仕事が捨てられないとの反発もありましたが、ビザンデ鉱山が数年で閉山に追い込まれる可能性を伝えたら、皆素直に命令に従うそうです。」
「住民の受け入れ先の手配はどうなっている?」
「はい、受け入れ先のサムロスへレス領のチャンへレスの砦の方には、一時的に住民を収容できるよう、食料や生活物資の手配をしています。
住民が砦に到着した後の、アロイド山の麓への移動手段には幌馬車、中継地には軍事用の冬用テントと食料を運び込む予定となっています。」
「うむ。ビザンデ鉱山の住民達は、鉄鉱石の採掘から製錬、地金作り、鋳造までの技術者や労働者が揃っている。なるべくそのままアロイド鉱山でも活かしたい。
ライオネル、其方にもう一つ仕事だ。
住民達が移り住むアロイド山の麓を、ミスリル鉱石の採掘、製錬、加工、売買まで行う一大産業地として土地開発を進めよ。」
「はい、かしこまりました。」
「うむ、ビザンデ鉱山の住民と合併することになるアロイド鉱山の住民達には協力をあおぎ、なるべく軋轢が生まれないよう進めてくれ。」
「はい、かしこまりました。
ところで父上、父上はアロイド鉱山にミスリルの鉱脈があると確信していたように見えました。なぜあそこにミスリルがあると?」
「ああ、その事についてお前には言っても大丈夫だな。
──あそこには黒くて銀色に光る妖精がたくさん見えるそうだ。」
「・・・マリエッタ嬢ですか?」
「まあ、そういうことだ。」
ライオネルは顎に手をやりしばらく何かを考える素振りを見せると、意を決したように顔を上げた。
「父上・・・マリエッタ嬢を私の第二妃にすることはできませんか?」
およそ十年前にもマリエッタを第二妃にする話題が出たが、あの頃とは違い今回はライオネルの方から積極的に第二妃にしたいと言い出した。
ヴィクトールとしても今回のミスリル鉱脈発見のように国に利益をもたらすことを期待して、マリエッタを妃にすることに異論は無かった。むしろこのまま近くに置いておきたい。
「そうだな。マリエッタを囲い込むためにもお前の妃に据えるのも悪くない。
しかしマリエッタは男爵位の令嬢だ。
第二妃には国内の高位貴族の令嬢を娶れ。
マリエッタは第三妃として身近に置いておくのが得策であろう。」
「やはり第二妃は必要ですか・・・。」
「まあ、それ以前にエリザベートが手放さんだろう。」
「そうでしたね。」
ライオネルが小さく溜息をつくと、執務室の扉を叩く者がいた。「エリザベートです」と声が聞こえた。ライオネルは思わずマズいと声を漏らすと、ヴィクトールと顔を見合わせた。
エリザベートは入室の許可もないままガチャリと扉を開けると、その国の王と王太子にツカツカと詰め寄った。
「何をお話しなさっているの?!
マリーは私のものです!ライ兄上には差し上げられませんわ!」
「エリザベート・・・どこから聞いておった?」
「マリーを第三妃として身近に置いておくだとかその辺からですけど?
私はマリーを連れてずっと聖女活動を続けていく所存ですから!!」
「落ち着きなさい。其方がマリエッタを手放さないのは充分承知している。マリエッタを第三妃にというのもあくまで選択肢の一つであって・・・」
ヴィクトールがエリザベートをなだめていると、ライオネルはふと嫌な予感がした。まさかと思い退室の挨拶もしないまま急ぎ扉の外に出る。
そのまさかがその通りだったようで、足早に遠ざかって行くマリエッタの後ろ姿を見つけた。ライオネルは慌ててその後ろ姿を追いかけた。
✳
わたしがライオネル王太子殿下の第三妃?!わたしが?!
しがない 領地なしの男爵家の娘なのに?王室の歴史にも下位貴族の令嬢が妃になったっていう前例はなかったはず。
わたしはエリーにずっと付いていくって決めていたし、御身代を退任する日が来たらリカルド商会にお世話になるか、もしくは自分の工房を持って薬師にでもなろうって考えていた。
もしも幸運にも結婚することができたなら、その相手は宮廷音楽団の団長でもある父の部下を紹介して貰えたらいいな。とちょっとだけ思っていた程度だった。
それが思いもよらないライオネル王太子殿下の第三妃という話に、エリーと一緒にいられなくなってしまうという不安がよぎる。
それに男爵家の娘であるわたしにはとても恐れ多いお話だ。お父様には相応の持参金とか、嫁入り準備とか、必要以上の苦労をかけてしまうかも知れない。
でも大変光栄なことだし、ライオネル王太子殿下はドキドキするほどかっこいいお方だし・・・。
もう、どうしたらいいの?
頭の中ぐちゃぐちゃだよ。
「マリエッタ嬢!!」
不意にわたしの右腕をつかみ引き止める人がいた。
「あっ・・・。」
──ライオネル王太子殿下。
驚きと戸惑いでどういう顔をすればいいのか分からず固ってしまう。
わたしの腕をつかんだライオネル王太子殿下は慌てて手を放した。
王太子といえども令嬢の腕を掴むのは失礼な行為だった。
「あ、悪い。失礼した。」
「い、いえ、大丈夫です。」
「先ほどの話は其方も聞いておったのか?」
「いっ、いいえ、わたしは聞いておりません、何も聞こえませんでしたっ。」
国王の執務室での話が聞こえてたなんてとてもじゃないけど言えるはずはなかった。
ライオネル王太子殿下はわたしを見つめて表情を読み取ろうとしてくる。
ちょ、ちょっと止めて欲しい。そのゾクリとくる瞳で見つめられると落ち着かない。あ、殿下のお肌ってきれい。ってわたし何見てるの。殿下そろそろ見つめるの止めてー。
「聞いていなかったとしてもちょっと言わせてくれ。
先ほどの話は決して決定したことではないし、世間話みたいなもんだ。
父上も、母上も、そして俺も信頼している令嬢は誰かと考えたらマリエッタ嬢の名前が出ただけだ。
第一、エリーがお前を手放さん。
だから気にしないで欲しい。」
あぁ、本気の話じゃなかったんだ。よかった。悩んで損した。
「な、何の話なのかはわたしには分かりかねますが、かしこまりました。気にしないことにします。ご安心下さい。」
わたしはライオネル殿下を安心させようと笑顔で答えた。
「そんなあからさまにほっとした顔をすることないだろ。さすがの俺でも傷付くぞ。」
「えっ?
えーっと、決定したことではなくて非常に残念ですわ。」
今度は伏し目がちにあえて落ち込んでみせた。
「それはそれでムカつくな。」
ピンッとおでこをはじかれた。
「っ!!」
ちょっとそれは貴族の令嬢に対して失礼だと思うんですけど!
笑顔でもダメ、落ち込んだ顔もダメ、どっちもダメなら正解がないじゃないですか!
とおでこをさすりながらライオネル殿下を恨めしく思いながら見ていたら「ふっ。」と小さく笑われた。




