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あたしも聖女をしております  作者: 斉藤加奈子
第一章

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69.橋を落とせ!!

 エリーには傷ひとつ付けてはいけない。そう思って、エリーを背にして護身用の短剣を手に構える。


警備兵がいて、護衛騎士のロビンとケビンがいて、武術にも長けた側仕えのジェシカとメリッサもいたので、わたしとエリーにまで剣先が届く事はなかった。


だけどわたしは必死だった。

気持ちが。


ザイデライト家の屋敷で敵兵に挟まれた時は、この訓練された敵兵から何とかエリーを守らなければとそればかり考えていた。


吊り橋までの夜道、暗闇の中を駆け抜けた時は人の形がかろうじて分かるくらいの視界だった。エリーの存在だけは捉えていたけど、何処に誰がいるのか分からない。


近くで剣戟の音が聞こえた時だった。突如腕を振り上げる男の人影が近付いた。


見えない、暗い、怖い。緊張状態でまともな思考が止まったわたしは、教わった通りの基本に忠実に動く事しかできない。


『脇を締めてサッと振り抜きサッと戻る。相手を仕留めようと思わなくてもいい。それは護衛騎士の仕事だ。』


そう教わったことを思い出し、わたしは瞬時に一歩踏み出し同時に短剣を横に振り抜く。そして素早く一歩退く。


剣先に何か引っかかる感触はあったものの全く手応えがない。


しかしその後誰かがその男を切りつけた。「ぐあっ!」という叫び声と共に男が遠退いて行った。


「無事か?」


「は、はい。」


威厳のある落ち着いた低い声。どうやら陛下に助けて貰ったようだ。この国で一番偉い人に助けられた事にドキドキしながら闇の中を駆け抜ける。


吊り橋の前には既に帝国兵と警備兵が剣を交えていて先に進めない。その中へ一際体格の大きな警備兵長のマーティン様が一人、戦斧を振り回しながら突っ込んで行った。


「今のうちに!お急ぎ下さい!!」


まるで吊り橋を守る守護神の如く、一切の帝国兵を近寄らせないマーティン様がそこにいた。

マーティン様の横を通り抜け、吊り橋を渡る。


ランタンを持った警備兵が先導するものの、その明かりは頼りなく足下が殆ど見えなかった。


踏み板の間から川の流れる音が聞こえてくるが、見えるのは闇。


揺れる。足下が覚束ない。闇に吸い込まれそうな恐怖心を振り切り、よろけながらも吊り橋を渡り切った。


帝国兵よりも早く橋を渡り切ると、橋からこちらに向かって来る帝国兵を迎え撃つのは簡単だった。


橋を渡って来る警備兵は迎え入れながら、帝国兵は迎え撃つ。最後にマーティン様を迎え入れたのと同時だった。


「ライオネル!橋を落とせ!!」


「はっ!!」


ライオネル殿下が吊り橋のロープを剣で切っていく。


ロープが切れた瞬間、吊り橋のバランスが崩れ、橋の踏み板を連ねた部分がねじれて大きく撓む。


「やっ、やめろ!うわっ!!」


「わっ!あーー!!」


暗闇の中、まるで蟻が落ちて行くように黒装束の帝国兵が落ちて行った。


容赦なくライオネル殿下とアントニオ様が吊り橋と、鉄鉱石の運搬用ロープリフトのロープを、剣を思いっきり振り上げ切断していく。


ライオネル殿下が吊り橋の踏み板を繋げている最後のロープを切り離した。


かろうじて吊り橋に掴まってぶら下がっていた帝国兵と、さっきまで繋がっていた吊り橋が、ゆっくりと、撓みながら、弧を描き遠ざかっていった。



───その瞬間から、ビザンテ鉱山はナディル帝国のものとなってしまった。



誰も何も言わない。無言だった。


先ほどまで帝国兵と剣を交えていた警備兵の息切れだけが聞こえる。


その時だった。


「くるっくー。」


?!


わたしの近くから変な音が聞こえた。

ランタンを持った警備兵がこちらに明かりを向けてきた。そのせいでわたしの顔が照らし出される。


「マリー、あなた・・・お腹空いてたの?」


違う!横暴です、濡れ衣です!まるでわたしが犯人ではないか!!こんな変な音出してません!


「ちっ、違っ!!わたしでは・・・。」


「も、申し訳ございません!!私です!!」


わたしが否定しようとしたところにかぶせるように自白したのは、わたしの右後ろにいた警備兵だった。


その変な音を出した警備兵は、まだ年若く、わたし達と年齢が変わらないようだ。

クリクリとはねた赤毛と大きなブラウンの瞳がランタンに照らされ潤んでいるようにも見える。


そしてよく見るとその警備兵の兵士服の胸元からは、ひょっこりと顔を出して、「くっ、くっ。」と鳴く生き物がいた。


───鳩だ。


人の胸元は暖かいらしく、鳩の機嫌は良さそうだ。


「コーネル、その鳩は何だ?」


その若い警備兵の名前はコーネルという名前らしく、少し呆れた口調で警備兵長が尋ねた。


「はっ、はい!!

オリバーの裏切りの証拠を探せとの指示に従い!その証拠としてナディル帝国とのやり取りに使う、鳩を押収してまいりました!

この鳩が帝国側へ飛んで行ったなら、裏切りの証拠になると思ったのです!!」


「「あぁー。」」


なるほどねぇ。と言わんばかりの感嘆の声があちこちで漏れた。


「鳩って証拠になるのか?」


「鳩が飛んでいなくなったら証拠として残らないじゃないか。」


「いや、証拠になるんじゃね?」


ざわざわと証拠になるとかならないとか言い合っているうちに、陛下の意見を仰ごうという雰囲気になり、皆黙って陛下の方を見つめた。


「・・・ん、んんっ、・・・コーネルとやら、よく頑張った。その鳩は証拠にならないこともないような気がする。既に物証をゲイルが手に入れた故にそれは手元に残さずとも良い。

夜が明けたらその鳩を飛ばすぞ。そしてその行く先をここにいる皆で確認する。

それでここにいる者全てが証人となるであろう。」


「はいっ!!ありがとうございます!!」


証拠能力があるのかないのか良く分からないが、陛下は若い兵士の頑張りをお認めになった。そして夜が明けたらその鳩を飛ばし、皆でその鳩が帝国側へ飛んで行くかどうかを確認する。


少し楽しそうな陛下の横顔を見つめ、なんだか陛下の事が身近に感じる夜だな、と思った。


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