58.葬儀
布に包まれた遺体の埋葬が終わると、神官が村人達の前に歩みを進めた。
本来の葬儀(本来というよりお金持ちの葬儀)は、遺体は棺に入れられるし、式は神殿で執り行う。そして聖女の聖歌組の『鎮魂の歌』が捧げられた後、墓地で埋葬されるのが本来の葬儀だった。
今回の葬儀は貧しい村人の、しかも災害に見舞われた人達のためのものだ。
しかも季節が夏ということもあり、遺体の埋葬を先に済ませ、その後神官を呼んで祈るだけの簡素な葬儀だ。
その葬儀が今、始まった。
「尊い命が、女神のもとへと旅立ちました。
愛する者を失った悲しみは深く、受け入れがたいものです。
しかし私達は、亡くなった者達を弔い、心からの安寧を願わなければなりません。
さぁ、冥福を祈りましょう。」
神官の言葉で村人達や参列者が目を閉じ、手を組んで祈り始めた。
それを合図にわたし達は歌い始めた。
被災し、愛する人を失った人達のために。そして、愛する人を残して亡くなった人達のために。
──どうかその悲しみが少しでも癒されますようにと。
「♪
愛しい貴方の
美しく穢れなき魂よ
女神のもとへいざ還らん
我らは貴方を忘れはしない
空より高い気高さと
海より深い愛情を
女神の愛に包まれて
貴方の魂は静かに癒される
我らの願いはただ一つ
愛しい人よ安らかに眠れ ♪」
優しく通り抜ける風、森のさざめきと小鳥のさえずりが聞こえる中、わたし達の歌声が響き渡る。
すると祈りを捧げていた人達の悲痛な表情は和らぎ、穏やかなものへと変わる。頬を伝う涙は美しくも見えた。
その時だった。
祈りを捧げる人達の、組んだ手が一瞬だけ、ほわっと白く光った。
───『祈りの光』だ。
それは導きの能力がある上聖女が『鎮魂の歌』を歌い、それに合わせて祈りを捧げると、祈りが目に見える光となって現れるというものだった。
上聖女の能力が高いと、『祈りの光』は天まで届くと言われている。
しかし、祈る者が心からの祈りを捧げなければ発現しないので、『祈りの光』を見たことがある者はいても、それが天まで届いたところを見た者はいない。
───これが導きの能力なのか。
目を閉じて祈りを捧げていたため、村人達はその現象に気が付いていないようだった。二、三人、気が付いた人もいたが、一瞬の出来事だったため、気のせいだと思ったようで首を傾げる程度だった。きっと村人達は『祈りの光』というもの自体知らないのかもしれない。
わたし自身、葬儀というものに参列したのは初めてだったので、もちろん『祈りの光』を目にしたのも初めてだった。
わたし達が帰るときには、村人達は胸元で手をクロスさせて頭を下げ、見送ってくれた。言葉は無くても感謝の気持ちを込めた礼であることが分かった。
わたし達は思いつきのような親切心で『鎮魂の歌』を歌ってみたが、この人達を少しでも慰めることができたのだろうか?
家族や親しい人を亡くし、家や畑も壊され、それでも生きて行かなければならない被災された人達を。
そんなことを考えながら、ラムール村の救護テントへと戻った。
ラムール村への帰り道、黙ったままのエリーはどこか思い詰めた様子だった。
そして口を開いたのは繋いであった馬に乗り、しばらくした時だった。
「マリー、貴女も見た?」
「はい、『祈りの光』が発現してました。」
「正直なところ、導きの能力が一の私に、『祈りの光』を導き出せるとは思わなかったわ。予想外だったけど歌って良かったわ。」
「はい、これでワダリ村の人々の心の痛みも、癒されてくれたらと願ってます。」
「マリー、これからも私に付いて来て欲しいの。
治癒の能力で人々を助け、導きの能力で心も救って行く。
父上にも、兄上にもできない方法で、私はこの国の歴史に名前を刻んで行くわ。」
「はい、エリーならきっとできると信じてます。それにわたしは付いていきます。どこまでも。」
エリーは今、はっきりと言った。
国王陛下でも、王太子でもできない方法で歴史に名を刻むと。
わたしは歴史に名を刻むなんて考えたこともなかった。
そんなわたしにできることは決まってる。
エリーの側で、エリーを支えること。
エリーはじっと前を見据え、王女としての決意を新たに自らの歩む未来を見つめていた。




