52.二度目の派遣
52話から63話は大規模災害にあった村での医療活動のお話です。リアルな描写は避けているつもりですが、苦手な方は読み飛ばして下さいませ。
誤字脱字報告ありがとうございます!感謝です!
二度目の派遣はとても急だった。行き先はアムラダディ領。
ナディール王国の南部に位置する、温暖な気候で自然が豊かな地域だ。
なんでも山間部で大規模災害が起きたらしく、王都へ救援要請が来たためわたし達が派遣される事となった。
災害が発生したのは昨日の事だそうで、夕方早馬が到着。そして今朝早くに救助隊として騎士団が被災地へ向かった。少し遅れて医療団や救援物資などの支度が整ったため、これから出発するところでの陛下からの命令だった。
エリーとわたしは急ぎ支度を整えると、ブラウン・フリューゲル医師が団長として率いる医療団に同行する形でアムラダディ領へと向かった。
今回の旅は少しでも馬の数を減らす必要があったので、馬車に乗って行く事になった。
大規模災害が起こったのは、アムラダディ領の山間部で、ワダリ村という農家の多い村。
ワダリ村の少し手前にあるラムール村に医療所を設置し、わたし達が救援活動する拠点とすることになった。
ラムール村には既にアムラダディ領の医療団が活動を開始しているため、そこへ王都からの医療団と救援物資が合流する形だ。
道中の街で一泊の宿を経て、そのラムール村にあともう少しで到着するという時だった。わたし達を待ち構えるように一台の豪奢な馬車が路肩に停まっていた。
明らかに高位貴族のものである、豪奢な馬車の前にわたし達一団は進行を止めた。するとその馬車から若い二人の男女が降りてきた。
その若い男女に仕える従者が、こちらの馬車に近づき、御者をしていた護衛騎士のロビンと何かを話している。
話を終えたロビンが、用件を伝えるため馬車の扉を少しだけ開けた。
「失礼します。王女様、アムラダディ侯爵家のご嫡男ニコラス様と、ご令嬢のドロシー様が是非、挨拶をなさりたいとのことです。」
「・・・分かったわ。」
一刻でも早くラムール村へ到着し、救援活動をしたいところへ嫌な足止めを食わされた。
しかし相手は由緒ある侯爵家のご子息とご令嬢。無下にする事もできず、挨拶だけでも受けようと馬車から降りる事となった。
アムラダディ侯爵家は、ナディール王国にある七大侯爵の一つだ。
ナディール王国が建国されるおよそ二六〇年前に、初代ナディール国王の独立に寄与し、仕えた家柄である。
それはナディール王国の歴史書にも明記されており、七大侯爵なしにナディール王国の建国は実現しなかったとまで言われる名家であった。
その七大侯爵の一つ、アムラダディ侯爵家の嫡男ニコラス様と、ご令嬢のドロシー様が顔に微笑みを浮かべて立っていた。
二人ともこれから夜会でも始まるのかというような派手な装いで、とても場違いに感じられた。
そんな二人とは対象的に、わたし達は装飾品は一切身に付けず、モスグリーンの制服を身に纏っていた。
ニコラス様とドロシー様は一瞬、わたし達を見定めるように目線を動かすと、どこか満足気に微笑んだ。
「ようこそ、アムラダディ侯爵領へ。
王女殿下におかれましてはご機嫌麗しく存じ上げます。当主である父が所用で来られないため、当主代理で私が挨拶に参りました。」
「ニコラス・アムラダディ殿、ごきげんよう。建国記念の祝賀会でお会いして以来かしら?」
「覚えていただき、光栄でございます。あの時の王女殿下は大変美しく、眩いばかりでしたが、今日は大変慎ましやかな装いで・・・。
こちら、妹のドロシーです。王女殿下と同じく今年、成人を迎えます。」
ニコラス様の「慎ましやかな装い」という嫌みにも聞こえる言葉に軽い苛立ちを覚えた。今から災害に遭った者を助けに行くのに派手なドレスなど着ていられない。むしろそんなわたし達より被災地に近いこの場所で派手な装いのニコラス様とドロシー様の方が違和感を感じる。
「お初にお目にかかります。ドロシー・アムラダディと申します。私も聖女判定で治癒の能力が三あることが判明いたしました。成人を迎えましたら、アムラダ神殿にて、上聖女として活動する予定にございます。」
「よろしく、ドロシー嬢。あなたも治癒の能力をお持ちなら、被災した領民のために治癒をしてみてはいかが?」
「お言葉ではございますが、王女殿下。女神へ捧げる献金をまともに出せない者に、聖なる力を費やす訳には参りませんわ。」
自領の民が大変な思いをしているのに・・・。聖女活動は他人に強要されるものではないため何も言い返せないものの、ドロシー様の意見に賛同する気にはなれなかった。
「そんなことより王女殿下、せっかくアムラダディ領へお越しいただいたのです。私が領地を色々とご案内致しましょう。アムラダディ領は自然が豊かで風光明媚な所も多くございます。街へ出ますとおしゃれな店舗も数多くございますよ。」
そんなことよりと会話を断ったニコラス様は、エリーを観光へ誘う。
もう、理解ができなかった。
己の領民のために王女殿下がわざわざ出向き、救援活動までしてくださるというのに。それを感謝するどころか全く気にも止めていない様子だ。
わたし達は物見遊山にでも来たと思われているのだろうか?普段あまりイライラしないわたしがイライラした。
「結構ですわ。これから一刻でも早くラムール村で救援活動をしなくてはなりませんので。」
「それは残念です。では、夕食と夜休まれる部屋を当屋敷にてご用意しております。是非、ご遠慮なくお越しください。」
「お心遣い感謝します。では、夕食と休む部屋のご提供、お言葉に甘える事に致しましょう。」
エリーはアムラダディ家の招待を受けることにした。王族が拠点にずっと留まるより、夜間だけでも貴族の屋敷でお世話になった方が周囲に気を遣わせることがないだろうと判断したのだと思う。
また夕刻、アムラダディ侯爵家のお屋敷でお会いする約束をして、わたし達は再び馬車に乗った。
ブラウン団長が心配そうにこちらを見ている。ロビンが大丈夫だと軽く手を振ると、再び医療団一行はラムール村へと走り出した。
エリーとニコラス様そしてドロシー様との会話は、ほんの十分にも満たない短い時間でのやり取りだった。しかしその短い時間で、噛み合わない価値観や感性を感じ、とても不愉快な後味を残していった。




