45.騎士と宴会
ナディール王国では、成人となる十六歳から飲酒が認められている設定でお願いします。
誤字脱字報告ありがとうございます!感謝です!
騎士だらけの宴席というものに初めて参加した。普段礼儀正しく、紳士らしく接してくれる態度とは違って「うぇーい!」と言いながらぐいぐいと木製の大きなカップを空にしていく。エールという発泡酒が騎士達の間で親しまれている様だった。遠くの席からは肩を組みながら「わっはっはっ!」と楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
同じような楽しみ方は出来ないけど、普段見られない騎士達の陽気な姿に、わたしも少し楽しい気持ちになる。
「王女殿下はお酒は嗜まれるのですかな?」
エステルスーン辺境伯の、シュナイダー様が葡萄酒の瓶を片手にエリーに話しかけていた。
「いいえ。お酒は食前酒程度ですの。」
そう、エリーもわたしもまだ食前酒くらいしかお酒を飲んだことがない。
でも食前酒がいけたんだから葡萄酒だっていけるんじゃないかと思う。だって葡萄だし。
「では、多少なりともいけますね。
この白の葡萄酒は、飲みやすくて貴婦人方に人気の酒です。少しだけ如何ですかな?」
「ええ。いただくわ。」
シュナイダー様はエリーの目の前のあるグラスに、白の葡萄酒をゆっくりと注ぐ。そしてわたしの目の前のグラスにも同じように注いでくれた。
エリーとわたしはグラスを揺らしながら鼻に近づけ香りを確かめる。熟し過ぎた果実のような香りと、お酒の独特の香りが合わさって、あまり美味しそうでは無い。でもきっとこれが大人の香りなんだと思う。
ゆっくりと静かに喉を鳴らせば、果実のように甘い様な、でも辛い様な、爽やかな様な、苦い様な、複雑な味がした。
変な味。でもなぜかもう一口、もう一口と口に含みたくなる味でもあり、お酒とは不思議な飲み物なんだと思った。
「王女殿下の治癒の能力はもちろんですが、献金を受け取らずに、しかも医療の知識に基づいた治癒に感服致しました。
御身代のお方も、医療の知識に加えて、ポーションの調合技術も素晴らしい。
お二人のご活躍は、どの上聖女でも敵いませんな。」
エリーは、本心では嬉しい癖に、何でもない様な表情をした。でもわたしには分かる。すっごく喜んでいることを。だってわたしにしか見えない角度で手のひらを握りグッと自分の体に引き寄せていたからだ。
「私は王女として、国のためを思えば当然の事をしたまでですわ。私も辺境伯が城を避難所として開放したり、一人の村民のために頭を下げられる姿に感銘を受けましたのよ。」
「いやはや。それは恐れ多い。」
シュナイダー様がそう謙遜すると、目尻に皺を寄せて微笑んだ。人のいい親戚のおじ様という感じで、とても安心できるお人柄だ。
「お父様、私にも王女殿下にご挨拶させて下さい。」
「おお、そうだな。」
シュナイダー様の後にやって来たのは辺境伯のご嫡男、グレーデン様だった。
グレーデン様もわたし達の事を褒めてくださり、グラスに葡萄酒を注いでくれる。
ふとグレーデン様の後を見たら、エステルスーン騎士団の副団長とか、大隊長とか、小隊長とか、それからそれから・・・。
ズラーッと葡萄酒の瓶を片手に持った騎士達が行列を作っていた。
こんなにもたくさんの騎士達と挨拶を交わすのは正直大変だな、と思っていた。でも皆褒めてくれるし、美しいとか言ってくれる人もいるし、だんだん楽しくなってくる。
あれ?わたしもしかして酔っ払ってる?
そう思いながら、何人目の騎士との挨拶かは数えられなくなった頃だった。
エリーではなく、わたしに話しかけて来る若い騎士がいた。
「私、エステルスーン騎士団、国境警備隊第三班所属、ペドロ・サントスと申します!先日の捕虜収容所で聞いた貴女の歌に感動しました!最近、母を亡くしまして、その亡き母がよく歌ってくれた歌だったのです!大変懐かしく思いました!」
「あ、ありがとうございます。」
捕虜収容所で歌った歌とは、題名は分からないが、村の子供たちが歌っていたアマリィス草の歌だ。栄養失調の少年にねだられて歌ってあげた。
御身代には不必要な事は話しかけてはいけない決まりがあるため、わたしはいきなり話しかけられて少々面食らってしまった。
「ずうずうしいのは承知でお願いがあります!あの歌をもう一度歌っていただけませんでしょうか?」
「え・・・。」
どうしよう。酔っているせいか歌いたい。全国民謡コンクールで全国大会で唄った腕前を披露したい。あ、あれは前世での腕前だった。
わたしがどう言って返答すればいいのか困っている時だった。わたしの右に座るエリーの、そのまた右に座るライオネル王太子殿下が声をかけてきた。
「いつ歌なんて歌ったんだ?俺は聞いてないぞ。」
「あ、あの栄養失調の捕虜の少年にねだられまして・・・。」
「いいじゃない、マリー。なかなか情緒的な歌だったわよ。歌って差し上げなさいよ。」
「そ、そうですか?そこまでおっしゃるなら・・・。」
わたしが歌いたいからではないのよ。騎士のペドロ様にどうしてもと懇願され、ライオネル殿下に聞いてないと拗ねられて、エリーに絶賛されて歌えと命令されてしまったら、忠臣として歌うしかないのよ。本当よ。
わたしは立ち上がり姿勢を正す。
そして息を深く吸い込み歌い始めた。
「♪
湖の畔に咲いている
可愛い花はアマリィス─── ♪」
わたしの声はよく通るのか、始めはガヤガヤと騒々しかった会場も、水を打ったように静まり返った。
「♪
遠くで雲雀が鳴いている
思い出すよ母さんの子守歌───♪」
まるで聞き入るように皆動きを止め、こちらを見つめる。わたしも調子が上がってくる。感情を込めて歌う。ついでに小節も入れてみる。
ああ。懐かしいこの感じ。
「♪
紫色の可憐な花びら
小さな花はアマリィス
遠くで響く木を切る音
思い出すよ父さんの大きな手 ♪」
歌い終わると、賑やかだった会場が嘘のように静かで、あちらこちらで鼻をすする音が聞こえてくる。
あれ?泣かせてしまった?
この場をどうしたらいいのか戸惑っていると、エリーまでも立ち上がった。
「マリー、『よく泣く騎士達への歌』、いくわよ。」
少しだけ顔を赤くしたエリーがニヤリと笑った。
あれか、あの歌か。王城で騎士に治癒を施すと騎士達が泣くので、その様子を基にエリーが作曲したあの歌だ。
わたしはコクリと頷くと、エリーと呼吸を合わせて一緒に歌い出した。
『♪
一人で泣いてるそこの貴方
苦しみを耐え抜き涙を堪え
歯を食いしばりひとり泣き
さぁもう泣かないで涙を拭いて
私の前では我慢しないで
思う存分泣きなさい
ルーララー 大空へ
ルーララー 駆け出すの
貴方のもとへ エリーとマリーが癒してあげますわ ♪』
またまた気分良く歌ってしまった。アドリブでハモってみたりする。いい感じだ。
歌い終わると、騎士達は鼻をすするどころかおいおいと一斉に泣き出した。この曲でそこまで泣けるか?と不思議になるほど泣いている。だからわたしが思うに、騎士達はあえて泣いているのだろう。多分ストレス解消だ。
わたし達が席に座ると、わたしに歌ってくれと懇願した騎士ペドロ様が涙ながらに話し出した。
「亡き母は厳しくも、優しい母でした。王女殿下と貴女様の歌に慰められ、明日も頑張る気力が湧いてきました。誠にありがとうございます。」
「少しでも励みになれば何よりです。」
そう言葉を返すとペドロ様は跪き、深々と頭を下げると、仲間の騎士の輪の中へ戻って行った。
会場のあちらこちらでは、なぜか女性の名前を叫ぶのが聞こえてくる。
「ナターシャ!待っててくれー!」
「エミリー!お前に早く会いたいー!」
「母ちゃーん!母ちゃんの手料理が食べたいー!」
その様子を唖然とした顔で見ていたライオネル殿下は、
「エリーの導きの能力が影響しているのか?もしかするとマリエッタ嬢にも導きの能力があるかも知れないな。」
と呟いた。その呟きはまんざら嘘ではないと思わせるような会場の雰囲気があった。
「ジェシカ、メリッサ、そろそろエリザベートとマリエッタ嬢を部屋で休ませろ。それと王女が酔って人前で歌ったとは、とてもではないが陛下の耳に入れられない。内密に頼む。」
「はい。私共も叱られてしまいますからとてもご報告出来ません。」
「兄上、私達はまだ───。」
「ならぬ。」
こうして、エリーとわたしは右の腕にはそれぞれ側仕えのジェシカとメリッサ、左の腕にはそれぞれの護衛騎士のケビンとロビンにがっしりと組まれ、反論の余地無く部屋へと連れ戻されてしまった。
翌朝、エステルスーン辺境伯やエステルスーン騎士団の皆様に見送られ、王都への帰還の旅へと出立した。
生まれて初めて味わった二日酔いは───少し気持ち悪かった。




